第6話 豊田リョウタ

 視線が集まる一塁ベース。必死に走るリョウタ。それより、ライトの送球の方が一足早かった。リョウタの足より早く、一塁手のミットには白球が収まっていた。


 大きな体を揺らし、悔しさを滲み出し、ファッティな少年はベンチに戻ってくる。綺麗なライト前だけあって、皆の落胆もデカイ。


 打ち返したボールは甘い球では無かったはずだ。外角低め、技ありの一打。そう俺は思っている。


 

「遅ッ!」

「ライトゴロとかマジかよ」


 リョウタはうつむく。申し訳なさそうに下を向く。苦しそうに、苦しそうに足元を見つめていた。決して悪い当たりではない。打ち返しただけでも……それでも、足の遅さだけが目立って見えたのは間違いなかった。


 リョウタは悔し紛れか、次の瞬間、顔を上げると笑顔を作る。苦い顔から柔かな腑抜けた、いつもの顔に戻っていく。


「すんません、お腹が空いて力が出なかったッス」

「ったく、リョウタはホント食う事しか考えてねぇーな」


 ヨシユキが小突くと爆笑が生まれた。苦しそうに笑う少年は息も絶え絶えに、滝の様に汗を流していた。



「ナイバッチ。ライト前だ。悔しがれ、胸を張れ」

 俺はリョウタの背中を軽く叩いた。


「アウトじゃ意味ないだろ」

「ヨシユキ、今のバッティングを真似できるか?引っ張る事しかできない打者には、簡単にはいかない芸当だ」

「俺だって流せる。俺は長打を狙ってんだ。姑息なヒットはいらねぇーんだよ」


「いいッス、いいッスよ。青木先輩。ヨシユキ先輩が言うように足が遅いのは……アウトになったのは事実なんスから」

「だったら、せめて悔しいと思ったら悔しがれ。笑って済ませるな。オマエはバッティングの素質があるんだ!」



「いい加減にしろ!気持ちを切り替えようとする後輩を捕まえて、グダグダ言うな」


 ユウキの一言。顔を伏せるリョウタ。


「俺はそんなつもりじゃ」

「んっじゃ、どんなつもりだよ!」


 一歩前に出る。俺もユウキとの距離を詰める。その時、肘を掴まれた。––リョウタ?


「これ以上は」と言いたそうな視線。


「分かったよ」



 続く言葉は見当たらないまま、目の前の少年とのかちあう視線を弾いた。



 ツーアウトながら、ライナーは三塁。自ずと四番には期待がかかる。右バッターボックスには偉丈夫。我らがキャプテン、山井コウスケ。


 相手バッテリーの厳しいコースが続く。フルスイングは無常にも空を切る。


 ツーストライク、ワンボールとカウントを取られた四球目。高めの外した球に釣られるように手を出した。結果は内野フライ。ショートが大きく手を上げて、難なくキャッチ。


 一回、両チーム無得点のまま、試合は進む。

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