第111話 フラッシュバック
小さい頃は家に帰るのが嫌だった。
玄関にはいつも嫌がらせで落書きがされ、窓からは石や卵が投げ込まれる。近所の人からはひそひそと噂話をされ、クラスメートからは物を隠された。
母はいつも家で泣いていた。兄たちはグレてよく警察のお世話になり、そのせいで顔なじみになってしまった警察官からも嫌味を言われる。
すべてはクズの父親のせいだった。あいつのせいで人生が狂ってしまった。
だからこそ、耐えきれなくなった母を見かねて唯一支援を続けてくれていた親戚の計らいで引っ越すことになったときは、心から嬉しいと思った。
新天地ではこれまでの自分を誰も知らない。自分の家族のことを誰も知らない。
自分を受け入れてくれた皆のためにと、困っていることがあれば率先して手を貸した。頼られるのが嬉しかった。
母も少しずつ笑顔を取り戻すようになった。
もう人生が狂わされることはない。そう、思っていた。……高校に入学するまでは。
高校に入ってしばらくして、とあるいじめが起きていることに気が付いた。
最初は止めようとしたのだが、虐められている女子の姿を見たとき、昔の記憶がフラッシュバックした。
彼女――宮野叶は、昔自分を虐めていたクラスの女子とよく似ていた。名前も
その途端、急に自分の内側に黒い感情が湧き出てきたことを覚えている。
それからは、自分も積極的に虐めに加担するようになっていた。
多くの人には頼られる優等生を演じ、裏では叶に対して梓たちと一緒に虐めとして暴行を加える日々。
もう自分は弱くない。虐められる側じゃない。力を持つ側だ。
そんな思いを抱いて顔を殴った感触は非常に気持ちが良いもので。
そして気が付けば、自分の手は、否、全身は血で真っ赤に染まっていた。
「――うわああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
見たくもないものを見せられ、我を取り戻した勇が絶叫する。
もう全身がボロボロで、声を出すだけでも激痛が走るがそれでも叫ばずにはいられなかった。
慌てて震える体を抱きしめようとするが、両腕の骨は砕けて動かせそうにない。
さらに、夢だとばかり思っていた全身の血は現実で、目の前に事切れたゲルマンの死体が転がっていることで素っ頓狂な悲鳴を発してその場に座り込んだ。
「――ふぅーん。これがお前の過去なんだ。知らなかったな~」
「っ! 叶……」
大樹に使ったものよりもはるかに強力な呪いの力で勇の黒歴史を掘り起こしていた叶がニタリと笑う。
想像していたもの以上の収穫で叶としては満足だ。本物のトラウマを見つけることができて嬉しく思う。
笑顔のまま勇に近付き、優しく肩を叩く。
「大変だったわね。父親はパチスロ狂いで家庭内暴力の常習犯。その上借金を返すために強盗殺人とはね」
「お前に……何が分かる……!」
「……分かるよ。毒親なのは私だって同じだから」
そこだけは勇に同情するところだった。
まぁ、同情するだけではあるが。
「で、そんな父を心底憎んでいると」
「当然だッ! あんなクズなんて……!」
「クズ、ねぇ。お前だって自分の手で多くの人を殺してるのに。法律に照らしたらお前の方がよっぽどクズなんじゃないの?」
「うるさい黙れ……っ! 僕が殺したのは魔人だ……人間じゃない……!」
「……じゃあ、仮に魔人が人間じゃないから殺人じゃないとして、これはどう説明してくれるの?」
そう言い、勇の髪を掴んでゲルマンだった肉塊に顔を擦りつけさせる。
顔全体に血肉が塗りつけられ、猛烈な鉄の臭いに吐き気が込み上げてくる。
「ゲルマン団長、どんな思いだったんだろうね? まさか勇者に殺されるなんてさ」
「殺したのはお前だろうが……!」
「手を下したのは勇じゃん。責任転嫁するのやめてくれる~?」
煽るような声音でそう言う。
反撃の一つでもしてやりたいが、体を動かせないためにそれすらもできない。そのことがたまらなく悔しい。
叶が勇の頬に手を添え、勢いよくビンタして吹っ飛ばす。
偶然突き出していた岩場に体が当たり、太ももを貫いて口から悲鳴が発せられた。
「まだ死なないでよー? 私は全然満足してないんだから」
指を鳴らすと、今度は地面が割れて片足が落ち、再度指が鳴らされて地面の割れ目が塞がると共に足が挟み潰される。
闇の斬撃を飛ばし、潰された場所で足を切断するとすぐに闇の腕を伸ばして無理やりに出血を止めさせる。
調子に乗りすぎた。人体の脆さを危うく忘れるところだった。
叶には再生能力があるために問題ないのだが、勇にはないためうっかり出血多量のショック死で殺してしまうところだったと反省する。
まだまだ解放してやるつもりはない。
両手に小刀を作り、浮かばせて顔の周囲で回転させる。
「じゃあ、本格的に解体していこうか」
叶の残酷な宣言に、勇が顔を青ざめさせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます