第28話 叶の闇

 町全体をボロボロにしたところで、叶は魔物たちに攻撃中止の命令を送った。

 戻ってきた魔物たちは、漏れなく体が返り血で赤く染まっている。数もそれほどは減っていない。

 尤も、そのわずかな数が減った最大の原因も先ほど起こしたベリアルの爆撃魔法なのだが。

 町の住人の死体を食料として持ってきた魔物たちに苦笑いを返し、次々と異空間へと送還する。


「……これ、入りきるかな? 異空間に収納限界とかあったら大変だよ」

「まぁ、過剰戦力感は否めませんが」

「次からはこれの半分でいっか」


 正直、もっと数が減ると踏んでいた。まさかここまで人間が弱いとは叶も想定していなかった。

 魔物たちをすべて片付け、収まったことを安堵する。


「それにしても気になるな。便利だから使ってるけど、この異空間ってどこに繋がっているんだろう?」

「きっと邪神様しか知らないんだよ。あまり難しいこと考えすぎると大変だよ、カナウお姉ちゃん」

「それもそうね。……そうなのかしら?」


 自分で言っておきながら疑問を浮かべる。

 それから、改めて町の惨状を確認した。

 無事な建物は一つもない。静寂が支配し、見える範囲で動く者はいない。


「……ん?」


 死角から飛んでくる物体を察知し、闇で体を守る。

 闇に当たったのは小石だった。叶が石が飛んできた方向に体を向け、同時にレンとイリスも冷たい目を向ける。

 ボロボロの服を着た男の子がいた。小石を手に持って泣いている。


「父ちゃんを返せ……! 父ちゃんを返せこの化け物!」


 激しい憎悪がこもった言葉をぶつけられる。

 子どもから、これほどまでに強い言葉をぶつけられると何かしら思うところはある。

 だが、叶が浮かべた感情は違った。

 怒り、である。

 もう一度石を投げようとしたが、その前に母親らしき女性が男の子に覆い被さった。


「お、お許しください! 子どもがしたことです! どうか! 許して!」


 本来なら、平和な暮らしを奪い去った相手に向ける言葉ではない。

 だが、何もかもを失ったからこそ、子どもまで失うわけにはいかないと必死の懇願だった。

 必死の訴えに叶が頭を掻いた。ため息を吐いて振り返る。

 許してもらえたのかと母親が安心した。が、そう思った矢先に母親の顔近くを強風が吹く。

 闇の拳がゆっくり引き戻されていく。赤色の液体がポタポタと滴り落ちた。

 母親が視線を下げる。男の子は、頭を潰されて死んでいた。


「あ……あぁ……ぁ」

「いいよ。その子を殺すだけで許してあげる」


 闇の拳を消した。

 レンとイリスが侮蔑の瞳を親子に向け、三人で歩き出す。


「いやあぁぁぁぁぁぁ!! お願い! 目を開けてぇぇぇぇ!!」

「開ける目なんてどこにもないっての。というか、うるさい」


 上機嫌だったのに、邪魔されたことに腹を立てた叶が母親へと手を向けた。


「死んで。“ダークバレット”」


 黒い闇の弾を発射する。

 魔王の闇で作られた弾は、母親に着弾するとその身を漆黒に包んで殺害した。すべての細胞を壊死させる。

 と、その時叶はもう一つ気配を捉えていた。


「お母さん……? エイジ……?」


 ぬいぐるみを抱えたまだ小さい女の子。呟いた言葉から、先ほど殺した男の子の姉だと推測した。

 何が起きたのか分からないといった様子で座り込む。腕からはぬいぐるみがこぼれ落ちた。

 何もしていない女の子に、二人にしたような残酷な殺し方は気が引けた。そこで、叶はイリスに声を掛ける。


「イリス。できるだけ優しく殺してあげて」

「あ、殺しちゃうんだ。わかったー!」


 イリスは軽やかなステップを踏んで女の子に接近する。

 正面から優しく女の子を抱きしめると、そっと耳元に顔を近づけた。


「安心して。弟くんにもお母さんにもすぐに会える」

「でも……そこに……」

「そこにいるのはね、二人じゃないの。二人は別の場所に行ったんだよ」

「そうなの……?」

「そうなの。ね? 会いたい?」

「会いたい……」

「じゃあ、少し我慢してね」


 イリスが女の子の首筋に牙を優しく突き刺す。

 ある程度血を抜いて意識を軽く奪うと、苦しむことがないようにひと思いに背骨をへし折って殺害した。

 残った血もすべて吸い尽くし、口元を拭って叶の元へ戻る。


「ご苦労様」

「いえいえ~。それに、あの子の血はかなり上質で美味しかったですし満足でーす」

「……それで、カナウ様。次はどこに?」


 レンからの質問に、叶は地図を広げた。

 ロッカから平原を越えて、森を抜けた先にある都市を指さす。そこで、悲しい出会いがあることなど誰も知らない。


「次の標的はここにするわ。アルカンレティア」

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