決闘①

「一体何を考えてるの、ソラ君⁉」






 観客席の階下。




 アリーナ中央のリング横で準備体操をしていたソラに、ミリアリアが体当たりする勢いで詰め寄ってくる。






「自分でも馬鹿な事してる自覚はあるよ。分かってるから、ここは空気を読んで見ててくれないかな?」




「ふざけないでっ! そんなモノ読むくらいなら教会のブ厚い聖書でも読んでる方がまだ建設的よっ!」






 今にも掴みかかってきそうな剣幕のミリアリアに、ソラは困ったように苦笑した。






 あまりにも呑気で、緊張感がまるで感じられない。




 これから行われることの危険性をこの少年は理解していないのだろうか?






「……分かってるの? 団長が〝決闘〟を宣言してしまった以上、この場においてあらゆる魔術の使用が黙認されることになる。最悪、本当に命を落とすことだってあるかもしれない。団長の魔力に当てられて感覚が麻痺してるのかもしれないけど、腐ってもウェルズリーはこの国の騎士よ? 決して弱くはないわ」






 リングの中央でキースと共に佇むウェルズリーに視線を移す。




 確かにアウローラやキース、あるいはミリアリアからすればウェルズリーは格下だろう。






 だが、それがイコール自分ソラよりも弱いということにはならない。






 そもそもソラが魔力に目覚めたのはほんの数日前だ。




 技の練度も魔力の総量もウェルズリーに比べて大きく劣る。はっきり言ってソラに勝ち目などほとんどないだろう。






「それも分かってるよ。さすがに実力の差ぐらいは判断できる。自分があの人よりも強いなんて己惚れてるつもりはない」




「なら、尚更こんな決闘辞退しましょう。元々ソラ君がこんな決闘受ける必要なんかないんだから。引っ込みがつかないようなら私から団長に言うから。ね?」






 諭すようにミリアリアは言う。




 けれど、その提案に首を横に振った。








「いや、それはいいよ。ミリーさん」








 あまりにもはっきりとした物言いにミリアリアは目を見開く。




 それから苛立たしげにソラを睨みつけた。






「……どうしてっ? それならせめて理由を言いなさい、ソラ君。言っておくけど、私のためだとか言うなら、それだけは絶対にやめて。これは私の問題で、私が背負うべき荷物なの……そのせいでソラ君が傷ついたり、死んでしまったら、私はもう自分を許すことができなくなる」






 ミリアリアは自らの腕を掴み、握りしめる。




 血が滲むほどに強く。






 まるで今にも泣きだしそうな表情だった。






 罵倒も叱責もミリアリアは構わない。




 むしろ遺された者たちの怒りや悲しみを受け止めるのは生き残った者の責務だと思ってる。




 けれど、そのせいで無関係な人たちが巻き込まれるのは、ミリアリアに残された最後の矜持が許さない……ましてや、こんな小さな子供が傷つくことなどーーー








「大丈夫だよ、ミリーさん。これはミリーさんのために戦うんじゃない。これは僕の意地の問題なんだ」








 握りしめたミリアリアの腕を、ソラはそっと解いた。




 それから、つと手を伸ばして、ミリアリアの頭を撫でてやる。




 ミリアリアのためではないと言いながら、貴女が傷つく必要なんかないんだよ、と気遣うように。






「誰だって自分の好きな人が傷つけられたら怒るだろ? アイツは僕が憧れた騎士を馬鹿にした。僕はそれが許せないからアイツを殴りに行くんだ」






 脆く揺らいだその瞳を、ソラは真っ直ぐ見上げて笑う。






 騎士団ここでは自分は部外者で、こうして見学させてもらっているのはあくまでセリアやキースの取り計らいのおかげだ。






 だから、ここでのルールには極力従うし、邪魔だと言うなら大人しく出ていく。






 けれど、〝それ〟と〝これ〟とは話が別だ。






 言ってはいけないことが世の中にはあるし、ソラにだって絶対に譲れないラインがあるのだ。






 力強く見返してきた黒の双眸をミリアリアはぽかんと眺める。




 それから真白い頬を、かっ、と一瞬で顔を赤らめさせた。






「……ば、馬鹿じゃないのっ⁉ まさか、それだけのために自分の命を危険に晒すって言うのッ⁉」




「だから自覚はあるって……と、そろそろ行ってくるよ。あんまりモタモタしてると決意が鈍っちゃいそうだからさ」






 それじゃ、と最後にミリアリアの腕を軽く叩いて、ソラはリングへと向かっていく。








 ――あ、と。




 ミリアリアは遠ざかっていく小さな背中に手を伸ばした。






 本当なら、無理やりにでも止めなければならない。






 だって、何一つ論理的じゃない。






 意地とか憧れとか、正直そんな理由で納得なんてできるはずもない。








 けれど――そうと分かっているのに、その歩みを止める言葉は思い浮かばず、その背中は既に手の届かない距離まで遠のいていた。








「――ソラ君ッ!」








 ミリアリアは意を決して怒鳴るようにソラに声をかける。




 呼び止められたソラが振り返った。




 きょとんとしたその顔を、ミリアリアは少しだけ腹立たしく思って。






「……少しでも危険だと感じたら力尽くでも止めるわ。君の意地も決闘の作法も関係ない。それが私にできる最大限の譲歩よ」








 結局、口から出たのはそんな負け惜しみのような言葉だった。




 あまりにも恰好が悪くて、ミリアリアはバツが悪そうに桜色の唇を噛み締める。








 ただ、ソラはお許しが出たとばかりに、にっ、と太々しく笑った。
















「その前に終わらせるさ――見ててよ。あのスカした顔面に一発叩き込んでやるからさ」




































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