第46話 旅と魔道書と決意する私

 ぐいっと腕で涙をぬぐって、泣きじゃくる四人目の私を見つめる。


「終わりになんてしないよ。だって今度は、一人じゃないし、私はみんなのこと、憎んでないから」


 泣いている四人目の私に、その言葉は届かない。だって彼女は、とっくの昔にこの世を去っている人だ。

 だから――これは、そう、自分で自分に言い聞かせるための言葉だ。


「私、まだまだリディア先輩やパメラ先輩やエミリオくんやディータ先生や、オルティス先輩とだって青春を謳歌したい。何よりそこにクライスも一緒にいてほしい」


 嘆く彼女の姿が薄れていっても、私は拳を握りしめて自分を鼓舞し続けた。


「学園生活、まだ始まったばかりだし! 友だちだってできたばかりだし! こんなところで魔王になって青春を終わらせたりしてる場合じゃないんだよね! クライスとだって、馬鹿なことまだぜんぜん一緒にしてないんだから!」


 クライスはいつからこんな秘密を抱えていたんだろう。

 私の記憶が戻ること、ずっと怖かったのかな。


 私が思い出しても大丈夫だったら、あの張り詰めた緊張感はなくなってくれるだろうか。近いのに触れられない距離も、なんとかなるかな。


 ――なんとかなるって、信じたい。


「クライス……」


 たいせつなその名前を、胸に手を当てて呼ぶと、ぬぐったはずの涙がまたあふれてきた。


「だいじょうぶ、大丈夫にするから……」


 だから、もう一度触れてほしい。


 痛いくらい、そう思った。


 * * *


「覚悟は決まったようだな」


 目を開けると、相変わらずの笑みを浮かべたディータ先生が見ていた。


「そいつとも和解できそうか?」


 先生に顎で示されて、改めて魔道書に目を落とす。

 そうだった。そもそもこの魔道書をなんとかするのが目的だったんだよね。


 魔道書の構造をややこしくしていた魔法陣は、今私が記録された映像を見たことで役目を終えた。

 だからあとは、それを上書きしてあるべき姿にしてやれば、制御の魔法陣も組み込みやすくなるはずだ。


「大丈夫です。大丈夫にしてみせます」

「いいぞ、その意気だ」


 先生は手を伸ばして、私の頭をくしゃくしゃと撫でる。


「とはいえ、今日はもう遅いから寝とけ。勝負は明日からだ。必要な素材があったら馬車から使っていいからな」

「はい、先生!」


 私の返事を聞いて、先生は満足そうに部屋に戻っていった。


 あんなことを知ったあとでちゃんと眠れる自信はなかったけれど、先生が何かしていったのだろうか。私はそのまま、夢も見ないような深い眠りに落ちたのだった。


 * * *


 翌日から目的地に到着するまで、私は魔道書にかかりきりになった。


 役目を終えた記録映像はもう再生することもできなかったので、心置きなくちゃんとつながる魔法陣で上書きしていく。

 その上でただただ威力を上げるように強化されていた付与魔術をいくつか解除して、代わりに制御力を上げる魔術を付与していく。


 素材は工房付き馬車に積み込まれている分だけで充分過ぎるほどだった。積める量には限りがあるはずなんだけど、先生が必要になる素材を予想して積み込んでいてくれたみたいだ。


 工房付き馬車は揺れ対策もされていたけれど、それでもやっぱり少しは揺れるので、いつもよりもさらに注意力と集中力を要求される。


 おかげで私は宿に着く頃にはいつもぐったりしていて、外の景色を眺める余裕もなかった。


 宿でぐったりしている私に、先生は一日の進捗を見てアドバイスをくれる。半分意識を飛ばしそうになりながらもそれをメモして眠りにつき、翌日はまた作業。


 そんなふうに無心になって没頭している間に馬車は進み――そしてついに、私は七年前に飛び出した神座の国、聖女を祀る神殿を擁するアイネリアンにたどりついたのだった。


 アイネリアン特産の真っ白な大理石で作られた壮麗な石の都。

 それが神座の国の首都で、神殿の本拠地でもあるクィストラーエだ。


 懐かしい、という感じはまあ、しなくもない。

 どっちかというと相変わらずだな、という情緒がない感じの感想が勝つけれど、それはまあ思い入れの問題なので仕方がないと思う。


 先生の馬車は真っ白な五階建てくらいの建物が壁のように並び立つ、めちゃくちゃ広い大通りを抜けて、シルヴェスティアの本邸に向かった。


 ここに来るのは、実は初めてだ。クライスが暮らしていた場所だと思うと、なんだかそわそわしてしまう。


 幼い頃はほとんど一緒にいたけど、たまに実家に戻ったときのクライスはどうしていたんだろう。私が七年間消息を絶っていた間は……?

 生活感のない白亜の建物から、それを想像するのは難しい。


「さて、まずは次期当主殿と顔合わせだ」


 先生はそう言うと、颯爽と馬車を降りていく。

 車止めでは、いかにもベテランって感じの貫禄のある執事のおじいさんがうやうやしく先生を出迎えていた。


「お待ちしておりました、ディータ・トリビューティア様。この度は当家の騒動に巻き込んでしまいまして」

「ああ、いい。そういうかたくるしいのはごめんだ。イライアスに取り次いでくれるか」

「もちろん、ご当主様もお待ちでございます。ご案内いたしましょう」


 執事さんは先生の馬鹿でかい態度にも動じない。


 ……先生、なんかめちゃくちゃ慣れてるし、すごい偉そうじゃない? いったいシルヴェスティア家とどういう関係なんだ……?

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