第43話 魔道書のややこしい秘密と私
みんなで方針を決めた翌日の朝には、私は先生の工房付き馬車に乗っていた。
なぜ工房付き馬車なのかというと、クライスが自室に置いていった魔道書の改造を進めておくため、だ。
勝手に持ち出していいのかは迷ったけれど、必要になるだろうと先生が言ったのだ。
「そいつを作ったやつの話はしたが、素材の話はまだしていなかったな」
七年ぶりに訪れる神座の国に向かう馬車の中で、先生はそう切り出した。
「珍しい皮だろう。そいつは神殿の宝物殿から、恐らくはイライアス・アル・シルヴェスティアがもらい受けたものだ。作ったやつもそうだが、シルヴェスティア家の長男もずいぶんと派手好みのようでな。少なくとも表面上は」
「先生はイライアスさんとは初対面、になるんですよね?」
顔合わせしておきたいと言っていたからそうなんだと思うんだけど、それにしてはなんだか含みのある言い方だ。
「さあな。でも一応、表の噂についてひととおりのことはエミリオ・ヴィッセルーダ に聞いておいた。派手好みのろくでなしという噂はあるが、それにしては金銭関係でも女絡みでも弱みらしい弱みが見つからないとのことだ。義弟との関係もよくわからん。周囲から軽く見られている割には、その印象を裏付ける決定的な何かはないんだ」
「つまり、それって……」
「ま、確実に何かあるってことだ。敵には回したくないところだな」
私は膝に置いていた魔道書に、思わず視線を落とす。
「この魔道書、その人がわざわざ作らせてクライスに渡した、ってことですよね」
「そうなるだろうな。破壊力がすべてみたいな魔道書は作ったやつの十八番だが、発注したイライアス・アル・シルヴェスティアの真意は謎だ。クライスウェルトを力に溺れさせたかったのか、あるいは」
ディータ先生はそこでわざとらしく言葉を切って、ニヤリと笑ってみせる。
「ま、それを確かめるためにも改造はできるだけ進めておきたい。まずはその中身をよく検めておけ。少なくとも『女神の涙』をどう使うかくらいは到着までに突き止めておけよ」
話は終わったとばかりに腕を組んで居眠りを始めてしまった先生に、私は深くため息をついた。
なぜかめちゃくちゃ協力的だけど、先生のこともよくわからないな……。
――ただの教え子だから。
本当にそれだけなんだろうか。
疑問は尽きないけど、まずは魔道書だ。
使用目的からして中に書いてあるのは魔術制御のための魔法陣のはずで、通読するようなものではないんだけど、魔法陣を読み解くのも付与魔術師としての大事な素養。それを読み解けなければ、魔道書を作ったり改造したりなんてできやしない。
私は馬車の揺れに対抗する酔い止めの魔法薬を飲み干してから、難解な魔道書の解読にかかった。
魔道書は思った以上に難解だった。
その難解さは組み込まれている魔法陣が高度だから、というのもあるけど、よく読み込むとどうもそれぞれの魔法陣のつながりがおかしいところがある。
本来なら続いたページには並べられない魔法陣を、むりやり強力な素材の力でねじ伏せて並べているところが何カ所かあるし、ほかにもだいぶむりやり構成したと思われる部分がいくつかある。
まるで、作った本人も中身がよくわからないまま素材の力でなんとかしてしまった感じだ。
いやでも、先生が教えてシルヴェスティア付きになったエリート付与魔術師がそんなずさんな仕事をすることってある?
あまりにも不審なので、つながりがおかしい魔法陣七つを抜き出してみた。
……うん、やっぱり、この七つだけ使われている理論が古い。
これはたぶん、四代目の聖女の時代の魔法陣を写したものだ。
なんでここだけ……?
疑問に思いながら魔道書をひっくり返していたら、表紙に使われている水竜の皮に、裏側から表面とは違う魔法陣の気配を感じた。
削り取られて魔法陣としての働きはしていないみたいだけど、これは七つの魔法陣と同じ時代のものだ。
もしかして、この七つの魔法陣と水竜の皮で、もともとは別の魔道書だったんじゃないだろうか。そう予想を立てて、試しに頭の中で魔道書を設計してみる。
……七つの魔法陣、きれいにつながる。そして水竜の皮の裏側の魔法陣も、欠けてる部分を補えばピッタリだ。
これ……封印のための魔道書じゃない?
いや待って、欠けてると思ったけど、むりやりつなげている部分の魔法陣と素材のところ、もしかしてこの魔道書の機能を壊さずバラバラにして新しい魔道書に組み込むためのものだった?
な、なんでそんなことを……?
派手好きなんてものじゃない。これ、もともとあった魔道書の機能を保ったまま、違う魔道書の中に組み込んでしまうなんてすごい緻密でややこしいことをしている。
いったいこれ、何を封じてたんだろう。下手にいじって封印を破ってしまったらマズいものなんじゃ?
でもこれを改造するとしたら、まずこのややこしい構造をどうにか……つまり、封印を破ってしまわないといけない。
とすると、何が封印されているのか、それを先に突き止めないと。
私が悪戦苦闘している間、付与魔術で動く魔法人形に御者を任せたきり、先生はぐっすり眠っていた。
ちらっと見るとやっぱり起きてくる気配はない。
できるとこまで自分でやるしかないか!
私は気合いを入れ直して、再び魔道書に向き合った。
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