第34話 青い宝石と先生の友情と私
「ふむ。ソフィーディアはそこまでは話さなかったのか。まあ、若いうちに教えすぎると人間社会に戻れなくなりそうではあるからな」
私の思考を読んだみたいに、ディータ先生は師匠の名前を出してきた。
「えっと、どこから聞けばいいのかわからないんですけど、ディータ先生は師匠の……ソフィーディア様のお知り合いなんですか?」
「腐れ縁だな。先々代のその前くらいの聖女のときから……友人というほどしょっちゅう顔を合わせているわけでもないが、いろいろと協力し合っている仲だ。お前の話もいろいろ聞いている」
いろいろって、どこまでだろう……。
クライスが魔王だって話は師匠も知ってるんだけど、まさかそこまでは話してないよね?
思わず警戒した目で見てしまった私を、ディータ先生は余裕ありげな笑みで見返してきた。
「話を戻すぞ。まずオルティス・ヴィル・エルグラントの答え合わせからだ。レムーラの民は数が少なくて珍しい種族、これは正解だ。理由はエミリオ・ヴィッセルーダの話した通り、初代の勇者が魔王に対抗するために多くの魔石を集めたために、魔石の瞳を持つレムーラの民が乱獲されたことによる」
「なんで……そんな……」
オルティス先輩は呆然と首を横に振った。
「初代の勇者は……そうなることがわかっていたんですか?」
「わかってはいなかっただろうな。基本的にあれはただのお人好しだ。一目惚れした女を助けるために必死で動いていた……結果はまあ、ろくなものではなかったが」
まるで見てきたような口調だけど、本当に先生が五百年くらい生きているんだとしたら実際見ていたとしてもおかしくはない。
クライスは知ってるのかな。
気になってちらっと見てみたけど、完全に感情を殺した微笑を浮かべているクライスが何を考えているのかは、まったくわからなかった。
「勇者の呼びかけで多くの魔石が集められ、魔王に対抗する戦力がかき集められた。旗頭になっていたのは勇者だが、実際にそれを取り仕切っていたのは後に神殿を設立して初代教皇となったベルノルティウス・インテンツィアだ」
「神殿……」
何と言葉を続ければいいかわからない、というように口をパクパクしているオルティス先輩に、ディータ先生は淡く微笑みかける。
「次。エルフにも匹敵するくらい寿命が長い。これも正解だ。正確には、エルフと同様、寿命がない。エルフは生に厭いた者、己の生きる意味を全うしたと感じた時点で森に還るが、レムーラは病や事故に遭ったり殺されたりしない限りは生き続ける。そしてもし不幸にも死が訪れた場合でも、彼らの瞳は魔石となって残るのだ」
姿形こそ瞳以外は人間にそっくりなレムーラだけど、命の在り方は全然違うのだと、先生は手の中の青い宝石を懐かしそうに見つめながら言った。
「レムーラはたとえ死んだとしても、両目を魔石として残す。二つのレムーラの瞳を揃え、魔力を込めるとそれは新たな生命となり、次代のレムーラの民が生まれる。その時二つの石は一人のレムーラのものでなくてもいい。生前に深い絆で繋がれていた二人の瞳をそれぞれ片方ずつ集め次代のレムーラとすることは、よくある話なのだとこいつも言っていた」
ディータ先生はそこで青い宝石に視線を落として大きくため息をついた。
でもまたすぐに顔を上げ、人の悪そうな笑みを浮かべ直して話を続ける。
「レムーラの民は同族への忠誠心が強い代わりに他種族への警戒心が強い。これも正解だ。彼らの瞳は大きな魔力を秘めた魔石。他の種族からすれば貴重で高価な魔導具だ。故に彼らは密猟者に命を狙われることが多く、自然と同族以外は信用しないようになっていた。魔石として魔力を使い果たされた瞳は、次の生命を生むこともできないからな。それは彼らにとって、本当の死だ」
先生はそこで言葉を切って全員の顔を一人一人見つめていく。私もそうだけど、他のみんなも圧倒されてしまったらしく、言葉を発しない。
「ということで、これがどういうものなのかはわかったな? 我々付与魔術師が扱う素材の多くは、強い魔力を持った生き物から剥ぎ取られている。オレたちは素材が持つ力だけでなく、それがどういう道筋を辿って我々の手元まで届いたのか、さらに言えば『何を踏みにじって』手に入れたものなのかをよくよく理解していなければならない」
最初はいきなり何を始めるのかと思ったけど、これ、ちゃんと授業だ。
いや、やっぱり始めるタイミングはおかしいんだけど……。でもちゃんと先生をしてくれるんだな……態度は極大だけど。
「先生はなぜその瞳を次の生命とすることなく持ち続けているんですか?」
さっきまでよりはずいぶんと落ち着いた調子で、エミリオくんが尋ねる。
「こいつとの約束だからだ。次の生命となったレムーラは、同じ色の瞳を持ち、性格や外見も似ることが多いが、それでもやはり別人だ。同一人物の瞳二つで次の生命を繋いだとしても、それは変わらない。同じ魂を持つと信じられているが、それでもやはり前の生の記憶もなく性格も見た目も微妙に違っているその子どもは別人なのだ。だから生まれ変わりたくないと、あいつはオレに言った」
ディータ先生はそこで言葉を切って、掲げたままだった小箱の蓋をぱたりと閉じる。
「オレが死ぬまでは自分自身のままで側にいたい、と言っていたな。おかげでオレは今でもこいつを肌身離さず持ち歩いて、返事がないとわかっていても日々起こったことを話して聞かせる羽目になっているわけだ。奴は聞こえていると言っていたが、それが本当かどうか確かめる術もない」
先生は冗談ぽい口調で誤魔化しているけど、それはなんだか……言い方は悪いけど……まるで、呪いのアイテム、みたいだ。
「先生はそれでいいんですか?」
思わず疑問が口を突いて出た。
「よくはないな。あいつを守り切れなかった時点でよくはない。が、現状それよりマシな選択肢も思いつかん」
ディータ先生はきっぱりとそう言い切って、ニヤリと人を食ったような笑みを浮かべた。
「さて、最初の授業はこれで終わりだ。腹が減ったな。メシにするぞ、小童ども。あ、オレの分はないから誰か分けてくれ」
一瞬でシリアスな空気を吹き飛ばした先生に、パメラ先輩とリディア先輩が慣れきったように呆れた笑みを浮かべる。
「私の分をお出ししましょう。少し余分に作り置きがございますので」
そしてクライスは謎にこういうときの順応性が高かった。
私たちはさっさと椅子にふんぞり返ってしまった先生を置いて、それぞれ朝食の準備に取りかかった。
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