第32話 もやもやとお宝の山と私
結局、その日はそのまま授業に戻ることはできなかった。というか目覚めた時点でもう夕方だったのでいかんともし難かったというか……。
クライスは私が寝ている間に後始末を全部片付けてきて、さらになぜか私が受ける予定の授業をクライス自身もすべて受講できるように手続きまで済ませていた。なぜか……って、護衛するために決まってるけど。
「そこまでする……?」
まだ人前に出たくない気分だったので、わがままを言って部屋まで運んでもらった夕食をクライスと二人で食べながら、私は眉根を寄せる。
「さすがに過保護じゃない?」
「そう思って遠慮していた結果が今回の事故ですので……息苦しいかとは思いますが……」
申し訳なさそうに目を伏せるクライスに、私は慌てて両手を振る。
「いやいやいや、そういうんじゃなくて。クライスもやりたいこととかあるのにむしろ申し訳ないなって」
「貴方の護衛より優先してやりたいことなどありません」
「ええ……いや、でも……いいの? それで」
どうしてももやもやが晴れなくてしつこく問いかけてしまった私に、クライスはいったん食器を置いて両手を膝に置き、真っ直ぐこちらを見つめてくる。
な、何この緊張感……?
「リアナ。私が貴方を守るのは、義務ではなく私の意志です。貴方を守ると神に誓った、その言葉を違えるつもりはございません」
神など信じてはいませんが、と大真面目に続けられて、私は言葉を失う。
そりゃ魔王が神を信じるとも思えないけど……でもなんか……うーん……いや、そこじゃないな。このなんか引っかかってる感じ、なんて言えばいいんだろう。
クライスに守られるのが嫌なわけじゃない。それがクライスの意志なら、したいようにしてほしいとも思う。
それは確かなはずなのに、どうしてもわけのわからないもやもやが消えてくれない。
でもこのもやもや、たぶん、私の問題だよね……?
そうだとしたら、クライスに言えることは一つだけだ。
「わかった。クライスがいいんだったら、護衛、お願いする」
私がそう答えると、クライスは心の底からほっとしたみたいに微笑した。
その笑顔を見た瞬間、なぜか鼓動が跳ねる。
「ありがとうございます、リアナ」
「いや、お礼を言うのはむしろ私の方では……?」
クライスのそんな表情は珍しいから見逃したくないのに、ついいたたまれない気持ちになって目を逸らしてしまった。
ああ、もったいないことをしてしまった……。
そう思っていたら、ふとクライスがこちらに手を伸ばしてくる。
「いいえ。間違ってはいませんよ。本当に感謝しているのです」
頬に添えられた手に導かれるように顔を上げると、なんだかすごく優しい目をしたクライスと視線が合った。
優しいというか……小動物を見るような……いや、それともちょっと違う気がするな。
なんだろう、これ……。
「ありがとうございます、リアナ。側にいることを、許してくださって」
クライスが目を細めて、やわらかく笑みを深める。
その意味を考える前に、私の思考はなぜか真っ白になってしまった。
その後どうやって食事を終えてクライスと別れてベッドに入ったのか、記憶が曖昧だ。
結局何もしないまま一日が終わってしまったという虚しさとさっきの雰囲気は何だったんだという混乱を抱えたまま、私は眠りに落ちた。
そして翌朝、なんだか憂鬱な気分のまま起き出して共用スペースに出た私の視界に飛び込んできたのは、なんだかすごい量の、素材の山だった。
「こ、これは……!?」
いろいろ疑問に思うところもあるけど、それ以上に素材の魅力がすごくて思わず目を奪われてしまう。
えっ、なにこれ、量もすごいけどめちゃくちゃ珍しい素材まで混じってる!
山の中腹あたりにあるのは火鼠の皮だよね! あれをなめしたらすごいきれいな赤が出て、炎属性の補正がめちゃくちゃかかるすごい魔導書の素材になるんだ。
あっ、これ、無造作に積んでるように見えて、ちゃんとまわりの素材に影響出さないようにグレムリン系の素材を適宜挟んでるな。ちゃんとわかってる人の仕事だ。
下の方に積まれてるのは基礎系の素材だけどとにかく量が多い。これだけあれば魔導書作成の練習には事欠かないはずだ。
ちゃんと影響が出ない場所には水竜の皮もある。めちゃくちゃ強い竜だし、何より狩ろうと思ったら彼らの領域である水場を戦場にしないといけないから狩猟の難易度もかなり高くて、素材もそれだけ貴重なはずだ。皮だけじゃなくて鱗や牙もあるからこれ……一体丸ごと分あるのでは? さすがに肉はないし骨は一部だけみたいだけど……。
他にも珍しくて貴重な素材が文字通り山のようにある。どうしよう……これ全部一つ一つ見て魔導書の素材にしたい……!
無意識にふらふらと歩み寄っていた私は、いつの間にかみんなが部屋から出てきていたことに気づけなかった。
「なんですかこれ……」
引きつったエミリオくんの声ではっと我に返る。
確かに朝起きたら共用スペースに素材が山積みになっているなんて、状況がおかしすぎる。
「心当たりが一つしかない……」
振り向くとリディア先輩が頭を抱えていて、パメラ先輩は「困ったひとねえ」と苦笑いをしていた。
「ええと……」
つい素材に夢中になってしまったのを気恥ずかしく思いつつ、説明を求めて先輩たちを振り返る。
「あのね、帰っていらしたのよぉ。ディータ先生が」
パメラ先輩が端的に説明してくれたその瞬間を狙い澄ましたように、立て付けが悪いはずの正面玄関の扉が勢いよく開け放たれた。蝶番の一部が吹っ飛んだ気がするのは見なかったことにしたい。
「そう、このオレが帰ったぞ! 歓迎して震え上がるがいい、小童ども!」
わけのわからないテンションで入ってきたのは、紫がかった銀髪に赤い瞳、長身のエルフの女性――たぶん女性――だった。エルフの年齢は外見からだとよくわからないけど、髪の色の薄さからして五百年くらいは生きていそうだ。
言動はなんか若々しいというか、吹っ飛んだ蝶番くらいには見なかったことにしたい感じだけど……。
しかしどうやら、どう現実逃避してもこの人が私たちの研究室の担当教員であることは間違いなさそうだった。
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