第24話 歴代の聖女とその伝説を信じていない私
「た、大変だった……」
ベッドにぐだっと横たわって、深く深くため息をつく。
何が大変って後始末と言い訳だ。
まずクライスからことの顛末をざっと説明してもらって、それから口裏を合わせて、ウッカリ半分戻ってきてしまった聖女の力についてまわりに説明した。
私を助けに来る前に、クライスはきっちり事務部の不正を暴いて取り締まってきたらしい。
しかし、そこで捕まえた貴族出身の事務職員が、魔物に心を操られていることがわかった。
その魔物の魔力がこの間私を襲った魔物を変身させていたやつと同じだって見抜いたことで、私のピンチにも気付いたんだって。
私の居場所がわかったのはニーメアがクライスを呼んだからだけど、魔王の記憶はもうその時点でなんとなく戻ってきていて、勝算があったから一人で来たんだっていうこともわかった。
その辺りさすがと言えばさすがなんだけど、一人でなんでもできちゃうのは心配になるところでもある。
私の魔力についても、戻ってきた理由はクライスがニーメアを従えることができたから、ということになった。
七年前襲ってきた魔物を率いていたのがニーメアだったことにすれば、彼女の力を削ぐために使っていた魔力が戻ってきたということで辻褄は合うから、と。
私はその筋書きにのっかってうなずいたり軽く封印について説明したりしているだけで、いつの間にか説明も手続きも全部終わっていて、クライスはちゃっかり神殿に許可を取って正式に私の護衛に収まっていた。
……なんか、戻ってきた魔力量とニーメアの強さを比べたら明らかにおかしいって思うはずなんだけど、誰も疑わなかったな。
クライスが何かやった、んだと思うけど。
――魔王は人や魔物の心を操り、自分のものにする。
勇者と聖女と魔王の伝説で、何度も語られてきたことだ。
七年前にもクライスに操られた魔物たちが殺し合うところを、私は見ている。いろいろショッキングだったから、ちょっと記憶が飛んでるところもあるけど。
実際、こわい力だなあ、と思うのだ。持ってるのがクライスだからいいけど……。
でもクライスのこともちょっと心配だな。魔王の記憶、あんまりいいものではなさそうな気がするんだよね。
私は寝転がったまま、昔嫌というほど聞かされた勇者と魔王と聖女のお話を思い出していた。
歴代の聖女は、私を入れて全部で六人いる。
一人目は、突如現れた魔王に最初に滅ぼされた村の生き残りだった。彼女はたまたま村に訪れた、後に勇者と呼ばれるようになる青年に助けられて、共に魔王を倒し、結ばれた。
その後二人は魔王によって放たれた魔物を倒してまわり、呪われた土地を祝福して回った彼女は、やがて人々に聖女として崇められるようになった。
ただ、長生きはできなかったみたいだ。魔王を倒した五年後くらいに、すべての土地を浄化した彼女は消息を絶った。残された勇者は彼女が生まれた村に墓碑を建てて弔ったという。
そしてその村を中心に聖女信仰を広め、権威を得ていったのが今の神殿だ。
二人目の聖女がどこから現れたのか、詳細はよくわかっていない。ただ魔王が率いる魔物の軍団によってこの大陸が支配されそうになっていたとき、初代の勇者が使っていた剣を持ち出して魔王の根城に侵入した勇者(その行為は確かに勇者だと思う)が、魔王を倒して帰ってきたときにはその隣にいた。
彼女は勇者と結ばれたあと神殿に入り、死ぬまでそこでたくさんの人々に癒しと祝福を与えたらしい。そしてその時の記録によって、神殿は生まれた聖女を探し出し、保護することができるようになった。
というわけで三人目の聖女は生まれてすぐから聖女として育てられた初めての聖女だ。
彼女の両親は敬虔な信徒で、彼女自身も自分の運命を受け入れ、熱心に聖女としての力を磨いていた、と、ものの本には書いてある。
本当にそう思っていたかどうかは、本人のみぞ知る、ってところだと思うけど。
彼女は神殿の予言に従って勇者と結ばれ、予言通り現れた魔王と戦って、相討ちになった。その戦いで重傷を負った勇者も、神殿に戻ってから亡くなったらしい。
四人目の聖女も同じように神殿で育てられたけど、十五歳のときに魔王にさらわれた。その魔王も勇者と勇者によって助け出された聖女に倒されたけど、聖女は魔王に汚された自分自身を許すことができず、自ら命を絶ったらしい。
五人目の聖女も四人目と同じように魔王にさらわれて、今度は汚される前に助け出されたけど、勇者との間に生まれた子どもは魔王の呪いにかかっていたらしく、赤い瞳を持っていた。聖女はその呪いによって命を落とし、呪われた子どもも神殿によって「浄化」された。
そして六人目が私だ。
……ぶっちゃけ、歴代の聖女、みんな早逝してるんだよね。どこをとっても全然幸せそうじゃないし。
それに私が知ってるのは、神殿が残してきた記録とそれをもとに作られた「勇者と聖女と魔王の物語」だけだ。魔王の視点はごっそり抜け落ちてるし、なんなら聖女や勇者が本当は何を考えていたのかも全然わからない。
クライスは、何を知ってるんだろう。聞いたら教えてくれるかな。
でも聞くのはちょっとこわい気もするな。
もし本当にいつもいつも魔王と聖女が憎み合って殺し合ってきたんだとしたら、今どんな気持ちで側にいてくれてるのか……さすがに知るのがこわい。魔王が聖女を汚したとかのくだりは、クライスを見ていると信じる気にはなれないけど。
「うぅぅ……」
今日は心身共にめちゃくちゃ疲れてるのに、なんかいろいろ考えてしまってなかなか眠れない。
なんとか眠りに落ちるまで、私はうめきながらベッドの上で寝返りをうち続けたのだった。
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