第21話 どSなメイドと囚われの私
翌日、授業のあとに風紀委員の監査があるからそれを待てと言われて、私たちはそれぞれの授業に出席した。
とはいえ、もちろん落ち着いて授業を受けられるわけもない。歴史学の授業は今日が初めてだから、だいたい先生の挨拶と授業の進め方の説明くらいしかないこともあって、かなり気もそぞろに過ごしてしまった。
緊急監査って……いったい何するんだろうな。エミリオくんにでも聞いておけばよかった。その辺なんか詳しそう。
その暇があればよかったんだけど、今朝はなんかクライスがやけに心配性というか過保護というか、とにかく一人にならないようにとか人通りの少ないところには行かないようにとか言いながら護りの術をかけ直してたから、声をかけに行く隙がなかったのだ。
何はともあれ、クライスがあれだけ口うるさくなるってことは、言う通りにしておいた方が安全なのは間違いない。
私は言われた通り、クライスが迎えに来るまで人目が多い図書館の学習室で待機することにした。
閉架書庫から付与魔術の応用理論の論文を出してもらって、カウンターから見える位置の席に陣取って読み始める。
師匠から教わった魔術理論はかなり高度なものだったと思うんだけど、少し古くなっているから学園に行ったら最新の技術を学ぶといいよって言われていたんだ。
確かに最新の論文を読むと、今まで遠回りして実現していた強化魔法がシンプルにスマートに実現できてたりしてすごく参考になる。
あっ、この術式、クライスの魔道書改造するときに使えそうだな……メモっておこう。
そんな感じでうっかり夢中になってしまって、ほんの少しだけ周囲を見ていない時間ができてしまった。いや、それでもほんの数行書き写すくらいの時間だったはずなんだけど。
気がついたら、周囲から学生がいなくなり、カウンターに常駐していたはずの司書さんの姿も見えなくなっていた。
これ、人払いの結界だ。それも、私だけが対象から外されている。
つまり、狙われているのは、私。
ガタッと椅子を蹴って立ち上がり、取るものも取りあえず図書館の出口を目指す。でももちろん、結界の中に囚われてしまった時点で私の負けなのだ。
私の周囲を取り巻くように別の結界が現れて、発動した瞬間、一歩も動けないほど身体が重くなる。術の展開と発動がめちゃくちゃ早い。これは……最初から気付いていても逃げられなかったな。
「く、クライス……」
護りの術は……駄目だ。外からの魔力の流れまで遮断されてる。遮断された時点でクライスが気付くはずだけど、それまで抵抗し続けるのは、ちょっと厳しそう。
予想通り、結界の中を覆い尽くすように発動した眠りの魔術を必死ではねのけようとするけれど、今度は別の方から精神力を奪う魔術が飛んできて、もうどうしようもなかった。
全身の力を奪われて、瞼が落ちていく。
暗くなる視界の中で、私は考えていた。
こんな学園のど真ん中で禁止されているはずの術を次々かけてくる複数犯って、思った以上にヤバいんじゃないの、と。
(クライス……どうか、無事で……)
* * *
目が覚めたら、案の定、知らない場所にいた。
じめじめした冷たい空気。黒い石の天井。まわりを見回そうとしてすぐ、仰向けにされた状態で両手両足が鎖と手枷足枷で繋がれていることに気付いた。
寝かされているのもなんか祭壇っぽいし、これ完全に生贄に捧げられる乙女みたいな絵面だよね……? 悪趣味すぎない?
ドン引きすることで恐怖をやり過ごして、周囲の状況を確認する。
細長い部屋の奥にこの祭壇があって、出口は反対側の一つだけ。周囲を照らすのは、壁に等間隔に灯された松明の光だけだ。
鎖は祭壇に溶接されてて、枷はきっちり私の手首や足首のサイズに作られているみたいで遊びの部分はほとんどない。つまり、自力で逃げだすのはまず無理。
特殊な結界が張ってあるのか、外からの魔力も自前の魔力も使う以前に感じ取ることができない。
聖女の魔力だけは使えそうだけど……これ、絶対使ったらヤバいやつだよね?
なんかもうこの時点で詰んでる気はするんだけど、もちろん諦めたくなんてない。
だいたいなんでさらわれたのかもわからないし、なんでこんな生贄みたいな扱いを受けているのかもわからない。すぐに殺されるって雰囲気ではなさそうだけど、意味がわからなさすぎるからそれだってただの希望的観測ってやつだ。
誰もいないけど、なんか視線は感じる気がする。
「誰かいるの?」
なけなしの勇気を振り絞った声が、石の部屋の中に反響する。
しばしの沈黙。
これで誰もいなかったら間抜けだな、と思い始めたところで、ふいに黒いもやみたいなものが祭壇の前に出現した。
「さすが、我が主に生意気な口をきくだけあって気丈でいらっしゃいますね」
慇懃無礼な女性の声が、あからさまにこちらを馬鹿にした気配を漂わせながらそう言った。
なんか……クライスのと違って腹立つ敬語だな。
イラッとしている間に、黒いもやは人の形を作っていく。
現れたのは、メイド姿の美人だった。
見た目だけなら年齢は二十歳半ばくらい。黒髪をきっちり結い上げて、ヘッドドレスもゆがみなく身に着けている。見覚えのあるお仕着せは、シルヴェスティア家のものだ。
つまりクライスの実家のメイドの姿をしているわけだけど、まちがいなく正体は別だ。その証拠に、バリバリ魔物の気配を垂れ流している。
「愚かな人間どもが下らない策を弄してくれたおかげで、わたくしも手間が省けました。主が求める贄を、捧げることができます」
「どういうこと……?」
愉悦、って感じで勝手に話し出した雰囲気からして、つつけばもっとなんかしゃべってくれそうだ。少しでも時間を稼ぎたいという気持ちもこめて問いかける。
「我が主の弱みである貴方をさらおうとした愚かな人間どもの策に便乗しました。少しばかりそそのかして手助けしてやっただけで思い通りに動いてくださるなんて、便利な方々ですね」
メイド姿の魔物は口元に手を当てて上品に笑う。
「もうすぐ我が主がおいでになります。薄汚い人間風情には過ぎたる役目ですが、我が主がお望みなのですから……喜んで贄におなりなさい」
贄になれと言われて素直に頷けるわけもないけど、かといって身動きも取れず、ただメイド姿の魔物をにらみつけることしかできない。
魔物はそんな私を見て、嬉しそうに笑っている。こないだの猫型の魔物みたいな顔だ。そういえば目の色も金色で、瞳孔が細いところ、よく似ている。
やっぱあの魔物もこのえせメイドの仕業だったのかな。たぶんそうだよね。キングラットが一族の恨みかなんかでこっちを狙ってたのを利用したんだろう。
どう考えてもめちゃくちゃ性格が悪い。その主、っていうのがどういうやつなのか……私が弱みって言ってたのが気になるところだ。可能性としては……
そこまで考えたところで、部屋の向こうの扉がギィと重苦しい音を立てて開いた。
「クライス……」
可能性はある、と、正直思ってた。扉を押し開けて入ってきたのは間違いなくクライスだ。いつもの微笑は影も形も見当たらないけど、間違いなく。
「リアナを返していただきに参りました」
視線だけで射殺せそうな目つきで、クライスがえせメイドをにらむ。
「そのようにお怒りにならないでください。我が主。むしろわたくしは、この娘を主に捧げるためにこの場を整えたのです」
えせメイドは恍惚とした表情をクライスに向け、抱擁をねだるように両手を差し伸べた。その瞬間、クライスが立っていた場所に禍々しい魔法陣が浮かび上がる。
「クライス……っ」
反射的に身を起こそうとするけど、鎖が鳴って手首が痛んだだけで、身動きは取れない。
「くっ、う……」
クライスがうめき声を上げて、うずくまるのが見える。えせメイドの言いようからしてクライスに危害を加えるとは思えないけど、それでも駆け寄りたくなる。鎖が邪魔すぎる。
「お目覚めください。我が主。そして思い出すのです。欲しいものを手に入れることなど、貴方にとっては造作もないこと。ためらう必要などないのです」
「うあ……あ……っ」
禍々しい魔法陣から、黒紫色の煙がしゅうしゅうと吹き上がる。苦しそうな声に、私まで息が苦しくなる。
「クライス、クライスっ! ちょっと、あんたクライスに何するのよ!」
「人間風情は黙って見ているがいい。我が主が本当の姿を取り戻し、自由を得る喜ぶべき場面なのですよ」
「だったら苦しくならないようにしなさいよ!」
私が叫ぶのと同時に、魔法陣が紫色の光を放つ。その強さに思わず目を閉じて、そしてまた開いたときに。
そこには、七年ぶりに見る、魔王がいた。
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