第17話 護衛したい幼馴染みと泣きそうな勇者と私
黒紫色の煙が消えて、現れたのは金色の体毛の大ネズミだった。
「キングラット!?」
「ええ……ネズミにネコ科の姿かぶせてたの……?」
リディア先輩が驚きの声を上げ、私はドン引きしてうめく。
理由はわからないけど、なんか悪趣味じゃない……?
「幻をかぶせていた、というわけではなさそうですね」
クライスは抱きかかえていた私を下ろし、背後に庇うようにしながら魔獣の前に進み出る。
「とどめは刺したと思うけど、気をつけろよ」
まだ剣を構えたままのオルティス先輩が言う。思ったより慎重派なのかもしれない。
「もちろんです」
クライスは隙のない動作でかがみ込み、キングラットの死体に手をかざした。
「……やはり幻影ではなく、生命の在り方を操る魔術が使われた痕跡があります」
「それ、使っていい魔法なの……?」
「当然、禁止されております」
答えるクライスの声が硬い。
「誰がこんなことを……?」
リディア先輩の震え声に、クライスは「わかりません」とだけ答えた。
明日、朝一番で学園に報告するということで、誰かに持ち去られないように結界だけ張って魔獣の死体はそのままにしておく。
私はクライスに手を引かれて寮に戻った。
寮で待機していたパメラ先輩とエミリオくんも交えて、状況を報告し合う。
クライスは私についていた護りの術が発動したのを感じて、さらに側に魔物の気配を察知して慌てて飛び出したらしい。今まで見たことないレベルの必死さだった、とはオルティス先輩の談だけど、そう聞くとなんだか申し訳なくなってしまう。
オルティス先輩はオルティス先輩で、なんだか嫌な感じがしたからクライスの後を追ったとのことだった。
リディア先輩がさらにその後を追って、オルティス先輩の剣に一時的な付与魔術をかけてくれたらしい。
それでスムーズに魔獣を倒すことができた、というわけだ。
「本当にありがとうございます」
私は深々とみんなに頭を下げた。せいぜい大ネズミよりちょっと強い、くらいの魔物だと思っていたのに、それどころじゃなかった。
いや、キングラット自体は実際、大ネズミよりちょっと上くらいの魔物なんだけど。
「犯人やその狙いがはっきりするまでは、単独行動は控えた方が良いでしょうね。特にリアナ、夜間に外出する際は、必ず私をお連れください」
「特に……なんで?」
「どう見ても狙われていたでしょう。貴方が」
私を見下ろすクライスの瞳が、不機嫌そうに細められる。
こういうクライスの表情、怒ってるのか悲しんでるのか、私にもちょっと見分けがつかない。
「護りの術を破ってまで攻撃しようとするのは、そういうことですよ」
「聖女だから、ってことか?」
オルティス先輩の問いに、クライスは首を横に振る。
「その可能性もありますが、わかりません。……私の幼馴染みだから狙われた、という可能性も高いのです。そうだとしたら、責任は私にあります。ですので」
クライスがこちらに向き直って、真っ直ぐ私を見下ろした。口元に微笑を浮かべているけど、目が怖いくらい真剣だ。
「貴方を、護らせていただけますね?」
ダメ、とは、とても言い出せない雰囲気だった。
「う、うん。よろしくお願いシマス……」
クライスの護衛宣言をありがたく承諾して、今後について話し合う。
まず犯人捜し。
クライスによると、心当たりは最近調査を進めている事務部の不正、とのことだった。
「まず、この研究室の予算についてです。そもそもオルティス殿下に頼まれたから、という理由だけで、一年分の予算を寮の改装に回すというのがおかしな話でしたので」
「それはそうよねぇ」
「でもどんなに抗議してももう予算は確定してしまったからって受け付けてもらえなかったわよ」
首を傾げ合うパメラ先輩とリディア先輩に、クライスは重々しくうなずく。
「そこもおかしなところなのです。さらに言えば、改装の費用も一年間の予算を使い切るほどとは思えない」
「え、めっちゃ予算消えてるじゃん。虚空に」
思わず素で感想を言ってしまった。オルティス先輩は絶句しているし、エミリオくんは「あーやっぱりそういう……」と謎の納得をしている。
「オルティスくん、寮を直せってどういう指示を出したの?」
「雨漏りと腐った床くらいなんとかしろ、人間の住むところじゃないだろ、とは言った、けど」
リディア先輩の真剣な目に、オルティス先輩がたじたじになっている。こないだから思ってたけど、オルティス先輩、リディア先輩には頭が上がらないみたいだ。
まあ、さすがにいろいろ申し訳なかったと思ってるのかな。
「確かに、いろいろ確認いたしましたが、改装されたのはそこだけの様子ですね」
「あらまあ、ずいぶんとお金がかかったのねぇ」
「そんなかかるわけないです! てっきりオルティスくんの自室かと思ってたんだけど……」
「パメラ先輩、研究室の予算、そんなに少なくないはずですよ。それに部屋を選んだのはオルティス先輩が最後です」
驚くパメラ先輩に、即座にリディア先輩とエミリオくんからツッコミが入る。
「やっぱり予算消えてるじゃん」
「消えておりますね」
私たちはみんなそれぞれに目を見合わせる。
「それじゃ、消えた予算はどこへ行ったんだ?」
恐る恐る問いかけるオルティス先輩を、クライスはいつもの微笑を浮かべたまま、しかしひたと見据える。
「事務部のどなたかが懐に入れた、と考えるのが自然です。その場合、貴方は利用された、ということになりますね」
「そんな……だってみんな親切だったのに……」
むちゃくちゃショックを受けているオルティス先輩に、私はちょっとだけ昔を思い出して憂鬱な気分になる。聖女時代に覚えがあるやつだ。
「こう言っちゃなんだけど、結構ある話だと思いますよ。親切そうに近付いてきて、勇者の名前を利用するというのは」
エミリオくんが冷静にとどめを刺していく。オルティス先輩がこの世の終わりみたいな顔になった。
そのまま駆けだして外へ出て行こうとする先輩に、私は思わず叫ぶ。
「先輩! 外には魔物が!」
オルティス先輩はくるりとUターンすると、真っ赤な顔で誰とも目を合わせないまま、自室に飛び込んでいった。
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