六章 悲哀と勇気 その2

「ここが洞穴ね。…思ったより小さい。」

 清子は歩きながら視界に入った大きな穴を観察した。

「鬼さんなんて見かけな…」

 清子は即座に杖を出した。

(魔力防御壁マギボルグ!)

 洞穴の中からゴロビリがシールドに直撃する。

「うっ!」

(何これ、電撃? 雷の魔法? 魔力防御壁マギボルグに若干だけどヒビが⁉︎ まさか本物の雷⁉︎ …っ、攻撃に転じる!)

五連続ヒュンフ火炎玉フランバル!」

 四つのの火炎玉が向かってきた雷を打ち消した。最後の一つは洞穴の中へと侵入した。

「うっ。」

 声が洞穴から微かに声が聞こえる。

「火の玉を喰らってあの音量の叫びしか出さないなんて…鬼というのは大袈裟な発言じゃないのね。」

 清子は接近しながら攻撃していたので、入り口の前まで来ていた。

「おーにさーん、どーちら〜? 隠れんぼ〜?」

 清子は煽ると、ふと立ち止まった。

(また雷⁉︎ ……違う! 今度は煙? 毒ガス⁉︎)

 清子は咄嗟に鼻と口を手で抑えた。

(……違うわね。雲、霧、つまり目眩し。ならこっちも…目眩しと攻撃ね。)

 清子は杖を上に掲げ、そこに光が溢れる。

妖精の光フェアリーライト爆発ボム!」

 ぽおおっと雲は追い払われ眩しい光が杖から全方位に一瞬放たれた。

「ハッ!」

 清子は少し顔を右に傾ける。

(刀が首元に…もしかして背後を…)

「振り向いたら、首を刎ねる。」

 声が後ろから聞こえた。清子の体を緊張が襲う。

(誰かが持った刀が近くにあるなんて初めて…怖い。でも怖いなんてみせちゃいけない。絶対!)

「杖を落とせ。」

 清子は命令通りにした。

「よし、振り向け。ゆっくりだ。」

 清子はまた命令通りに動いた。ここで清子は初めて“鬼”の正体を目にする。

(赤い鬼のお面で顔が見えない…直毛でサイドが長めの暗い赤髪ね。緑の帯を巻いた黄色い着物…東武国の人? それより…)

「あなた鬼さんって言われてたけど思ったよりかかなり小さいのね。」

 清子は淡々と感想を述べた。

「黙れ! ってかお前の方が俺より身長低い癖に偉そうに言うな!」

「私よりちょっと高いだけじゃない。大同小異って言葉知らないの?」

「少しの違いはあるが、大体同じであること。似たり、寄ったり。類義語には五十歩百歩、ドングリの背比べ、どっこいどっこい、一寸法師の背比べなどがある。」

「あなた随分物知りな鬼さんなのね。」

 清子は笑顔で鬼を称賛した。さらに一言付け足す。

「お兄さん、火遊びはお好き?」

「…打ち上げ花火のバリエーションと美しさは好きだ。後手持ち花火はやったことないが、友人や家族同士で楽しむあの空間には憧れはないとは言い難し。特にやってみたいのは線香花火。耐え忍ぶことに拝める煌めきというのはなんとも…」

(火炎ノ息吹フランメスーフル!)

 ボオオオオ!

「うわああ!」

(こっ、この女あ! 口から火を!)

 鬼は思わず後ろにこけて、転げ回った。清子は杖と鬼がおっことした刀を拾う。

「頭冷やしなさい。」

 清子はクイッっと一振りすると、大量の水が鬼を濡らした。

「だいたいね、あなた人とお話する時は、マスクを外しなさいっ!」

 清子はそう言うと、無理矢理マスクを取り上げた。

「……女装もイケる顔立ちね。」

「……黙れ。」

「あっ、ごめんなさい。男の子って大抵そういうのやだよね。」

「子ども扱いをするでない。俺はもう少しで十六になる。」

「あら、歳も対して変わらないのね。私は十四歳よ。」

「俺より歳下ではないか! 君はもうちょっと俺に敬意を示したまえ。」

 少年はそう言いながら、起き上がった。けれども清子は譲らない。

「いきなり攻撃して脅してくる、名も名乗らないちょっと上のお兄さんにどう敬意を示せと?」

「……。」

「私は清子。あなたは?」

「……俺は山内 武天。東武国の侍だ。」

「はじめまして〜。」

 清子は笑顔で挨拶をした。

「ところで、あなた。ここで何をしてるの? ここら辺の村の人があなたを怖がってたのよ。」

「俺の、生計の立て方、身の振り方を思いつくまでに住もうと思ってな。火の粉を払ったまでだ。」

「ここで〜? 宿屋があるじゃない。お金ないの?」

「お金はある。冒険者登録はしたし、俺は頭が回るからな。だが…」

 武天は少し目を逸らした。

「今はなるべく人と関わりたくない。」

「どうして〜?」

 清子は上目遣いで武天のいる視界に後ろで手を組んで見つめた。

「話なら聞くわ。」

「……もう二度とここに来ないでくれ。」

 武天はそう言いながら洞穴に戻ろうとした。しかし、清子はガシッと武天の腕を掴んだ。

「だからみんな、特に子供たちが怖がってるんだってば! それにそんなことを言うあなたを尚更ほっとけないじゃない! 一人は良くないよ!」

「ほっといてくれ! 俺がどうなろうと俺の勝手だろ!」

 パチン!

 清子は武天の頬を引っ叩いた。

「魂も心もあなたのお母さんが痛みに耐えて、耐え抜いて、産んでくれて出てきた体があってこそ、この世に成り立つ存在になのよ。あなただけのものじゃない!」

 清子は少し強く言い切ると、武天の目が若干涙目になってることに気づいた。

(どうしよう、この人結構打たれ弱かったかな?)

 清子がさらに心配していると、武天は洞穴の横の内側の壁に寄りかかって座った。

「俺を産んでくれた母とその母と結婚していた父はもう既に死んでいる。“ある事件”で殺されたんだ。」

 清子はそれを聴いて、すぐにしゃがみ込んで、優しく彼の肩に手を置いた。

「私も、父を三年くらい前に亡くしたの。私のお母様は生きてるから、あなたとは完全には共感できないこと、ごめんなさい。」

「気遣い感謝する。……俺は実は違う家に養子に出されてた。その家はとても裕福で不自由らしい不自由はなかった。だが同時に思ったこともある。俺の実の親は俺を捨てたんだと。金によって俺は買収されたと思っていた。金づるのような存在だと思い込んでいた。その家の者になってからも、俺に届いた手紙は一切読まずに箱にに全部入れていた。金の無心や贅沢な暮らしに対する叱責だと思い込んでいたんだ。だが現実は違った。」

 武天はそう言うと、手から白い雲を取り出した。自ら作った白い雲の中に手を突っ込み、引っ張ると長方形の箱が出てきた。それから箱を開けて、清子に渡した。

「少し恥ずかしいが、君を信じよう。読みたきゃ読むがいい。」

 清子は手紙をしばらく無言で読んでいた。全て読み終わった頃には清子も涙目になっていた。

「素敵な貪欲のない言葉の数々。…あなたのお父さんとお母さん、あなたをとってもとっても、愛していたのね。そしてだからこそ、あなたの幸せを願って手放したのね。あなたの才能がより多くの人の役に立てるため、そして自分たちがあなたのためにできることの限界を知ってたから。」

「……それらを読む前、捨てることもできたのに何故捨てれなかったのか……その時は親がいかに最低かを物語る証拠になると思ってとっておいた。……その本性を知った今、あの時の自分を恥じてる。」

「いつ読んだの?」

「……両親が死んだ後だ。読むことによってあんな親が居なくなってせいせいすると思いたくて開いた。」

 武天はそう言いながら、箱を雲の中に閉まって、雲を消した。

「俺は臆病だ。色々考え過ぎる故に臆病だ。」

「そう…。」

 清子は心の中で決心をすると、ふと立ち上がった。そして武天を無理矢理引っ張った。

「な、何をする⁉︎ 離せ!」

「離しません。昔も大事だけど、今も大事! まずは近隣の村の皆さまに怖がらせたこと、一部の人に危害を加えたこと、謝りに行くわよ。私も一緒に頭を下げるから。次に私がお世話になっているリキ村のアキラさんとプリスキラさんの家にあなたも泊めてもらえないか訊く。あの人たち優しいし、部屋も空いているはずだから、多分オーケーしてくれるわ。その代わり、ちゃんと家の手伝いや村の支援を惜しみなくしてね。プリスキラさんは妊娠中で特に大変なんだから、困らせないで。……私も孤独が割と好きな方だけど、一人ぼっちのままでいるのは絶対よくないと思う。あなたが心の問題をどうしたいか、これから何をしたいか時間を掛けて話しましょう。」

「……。」

 武天は黙り込んでいた。

「返事はー⁉︎」

「…はい。」

「はい。よくできました〜。」

 清子は最後は笑顔で武天を称賛すると、そのまま森と岩の道を引っ張って行った。

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