ゼロ章 茨の黒魔女と愚者鳴らしの王 その1
さて前回は括正と幸灯が一緒にいるところで終わったが、この章はしばし時を戻し場所を東武国から離れた場所から始まる。紺色の股引きと水色の道着にミントグリーンの羽織を着た細身で中年のダンディな括正の父―岩本 伸正は夜中、ある森を小走りしていた。
「全く、おじさんは早く隠居したいんだよな~。」
ぼやっと伸正は呟いていると、彼は森を抜けていた。
「城跡か…いかにも何か起こりそうな場所だ…」
バン!っといきなり飛んできた三つの銃弾を伸正は見事刀でシャン!っと三回打ち消した。
「勤めは重し、道遠し。二人の息子が半熟なのに、まだ死ぬわけにも隠居するわけにもいかないな。」
伸正は刀を鞘に納めながら笑みを浮かべると腕を伸ばして、まるで何かを引っ張るような動きをした。するとぎゃああああっという悲鳴と共に彼と同じくらいの年代で彼より身長が低い中年の男が飛んできた。彼は腰回りに黒い帯と濃い目の赤い和服を着ていて、頭から鼻の下まで隠す銀色の犬のお面で顔を隠していた。武器は少なくとも見える範囲では刀と先程使っていた銃を所持していた。
「ふん、ふーん!」
お面の男は両足で地面との摩擦を生じさせたので、伸正は念力を込めるのを辞めた。
「イヒヒヒヒ! ひゃっひゃっひゃっ!」
伸正と一定の距離を取ったその男は急に笑い出した。
「久しぶりっすね、伸正先輩~。最近どうっすか? 温泉につかってますか?」
男はまるで媚びを売るように伸正に話しかけた。伸正は笑顔で返した。
「殺意丸出しの魔力銃弾を撃ってきた割に、対極的なフレンドリーアプローチだな。相変わらずなとこもあるな、和美郎。別件だったがまさか君に出くわすとは。」
伸正は和美郎にそう返すと、和美郎は怒りを燃やした。
「和美郎~? 言ったはずっすよ、先輩! その名は捨てた! 先輩も知っているはずですよ! ワタクシが重ねに重ねた悪行の数々! ワタクシの名を聞いた者はみな寒気で夜は悪夢三昧! 闇の手引きをするのはワタクシ! ワタクシは和美郎を殺した男、愚者鳴らしの王―ブラッドマスター!」
「そんなことより早く僕が貸した酒代返せよ。」
伸正はまるで昨日会ったような感覚で聞き流したので、ズコォっと言いながら倒れるとすぐに起き上がり反応した。
「いや先輩ワタクシの名乗り横に流さないでくれます⁉ クールさ相変わらずムカつきますね。」
「ってか、君チキンのくせに悪さすんなよ、和美郎。」
「だからワタクシはブラッドマスターだって…」
「言い訳すんな。殴るぞ。」
「ヒッ!」
伸正が突然真顔で拳を構えるとブラッドマスターは恐怖で身構えて、二歩下がった。伸正は真顔のまま柔らかい言葉で返した。
「東武国が君をどう思っていようと、メリゴール中が君をどう思っていようが、僕には関係ないさ。君は昔も臆病で卑怯だが、心優しさも大きな夢を持っていた。意外にも根性あって努力家だったよね。誇り高き東部国の侍―和美郎だ。僕はこれでも僕が一番好きだった君に戻ってくれると信じている。」
伸正はそう言うと、今度はまるで手を差し伸べるように腕を伸ばした。
「悪いことは言わない。侍大蛇とは縁を切れ。悪党の道から離れろ。罪は償うのは無理だけど、昔のように僕と一緒に善の侍になろう。」
「……もうワタクシは武士道を貫く侍じゃないっす。」
「教えたはずだよ。侍は簡単には辞められないって。それに…。」
伸正は伸ばした腕ですうーっと、和美郎の武器を指さした。
「侍を捨てたなら、なぜその特徴的な刀をまだ持っている? お飾りか?」
和美郎は少し黙り込んでから、返事をした。
「……先輩がワタクシの気持ちなんてわかるわけないじゃないですか。ワタクシは先輩みたいに欲が少なくてストイックじゃないんでね。」
そう言うと和美郎は自分の胸を強く叩いた。
「ワタクシの王道は闇の覇道の中にある!」
和美郎の宣言に伸正は少し悲しそうな顔をした。
「その仮面は君を守る盾じゃない。枷だ。だからもう一度言う。侍大蛇とは縁を切れ!」
伸正は少し強く言うと、ブラットマスターは両手で頭を抱えてしゃがんだ。するとピキーっと言いながら立ち上がって汗を流し始めた。
「だからわかんないんっすよ、先輩は! 蛇光様には誰も逆らえねえんっすよ! あの方は美しく聡明、それと同時に恐ろしい! ワタクシや先輩と違って弱点なんかない!」
「…ピーチクパーチク喚きやがって。そうあの蛇に思わされているんじゃないのか?」
伸正は自身の後頭部をかきながら言うと、ひじを曲げながら両手を広げた。
「確率を考え、計算された考えのもとに、ベクトルの違う定義が何個か見つかるはずだ。」
「先輩……。」
ゆっくりとブラッドマスターは伸正に銃口を向けた。
「ワタクシは罪を重ねすぎました。そして今宵も一つ罪を重ねて、過去を断ち切る。」
伸正は銃には全く動じなかった。しかし、目を睨みつかせたのでブラッドマスターは少しびびった。
「ヒッ!」
「君は、ポールが死んだときも同じことを思ったのか?」
伸正は意味深に問いかけると、和美郎は黙り込んだ。
「君のせいでもないし、僕も何もできなかった。」
「……ワタクシがブラッドマスターにならなければポールさんは今も生きてましたかね?」
和美郎は銃を向けていない腕を上げないまま、拳を震わせた。
「僕たちができるのはどうなってたかを考えるより、これからの選択肢でどうなるかを考えることだけだ。」
「……先輩は相変わらず口が回りますね。」
ブラッドマスターは銃を上に高く掲げた
「だからこそ確実に消します!」
バン! 銃からは花火が打ち上げられた。
「先輩もワタクシと同じく体が衰えてますよね? ……ミノタウロスの集団相手とかきついんじゃないんですか?」
この熟練の侍はブラッドマスターの魂胆をすぐにその場で見抜いた。
「その集団はずっと周囲を囲んで隠れていた。見事な忍者並みの腕だ。」
伸正はそう言うと、松明や武器を持ったミノタウロスの集団が一気に登場した。ぶおおおおおお!っと彼らは叫ぶ。伸正はそれでも冷静だった。
「そして君は人口の多い都市部に逃げる。僕が君を追いかけたら当然被害は底知れず。僕を倒す最も有力な場所がここという訳か。」
「……みなさん後は頼みました。お願いしゃっす!」
そう言いブラッドマスターは集団の中に姿を消して、そのままその場を去った。牛男達はニヤニヤしながら囲んだ。
「ブラッドマスター直々の殺しの依頼だ! 気合入れんべー!」
「どんな大物かと思いきや、ただのほっそいおっさんやん!」
「俺達じゃなくてもよかったんじゃね?」
「ブラッドマスターの期待に応えないかんの!」
「東武国の老兵よ! 我らミノタウロスの恐ろしさを堪能しろ。」
余裕たっぷりの彼らは完全に油断していた。そして伸正はまだ冷静だった。
「君達はあって当たり前のものが突然なくなったら、どうする? ……例えばこの地面。」
伸正は刀を地面に突き刺し、技を言った。
「
すると伸正が立っている部分以外の周りの地面はぱっとなくなった。
「え?」
『ぎゃあああ!』
飛べないミノタウロス達は瓦礫と共に落ちていく。
「あのおっさん、念操者だ!」
「どうりであの大金!」
成すすべもなく、ミノタウロス達は出来上がったばっかの谷に落ちていく。
「ちくしょう! このまま地獄まで落ちるのか!
「んなわけないでしょ。君達もばっかだな。僕が作ったのは谷だ、ちゃんと…」
ドドドドドドドン!っと連続で牛怪人達の体は深くなった地面にぶつかった。
「…底がある。」
伸正は言い終えると、近くにあった塔に瞬間移動をした。
「相変わらず逃げ足が速くて気配を消すのも得意だな和美郎。」
伸正はそう言いながら、夜空を埋めた輝く星々を眺めた。
「君のしてきた悪行はとても許せない。それでも手を差し伸べたい。……我々は矛盾の塊だな。」
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