第52話 代償
「シャル、調子はどう? まだツラい?」
ジゼルは私の前髪を撫でるようにしながら、動きの悪くなった左腕を擦ってくれている。私が倒れてからというものの、毎日看病にきてくれている。
「今日は調子がいいみたい。ジゼルのおかげね」
「本当でしょうね?」
実際に、代償による痛みはかなり緩和されてきているようで、動かし辛さは残るものの痛みに関しては殆ど気にならないようになってきている。痛みに慣れてきているのもあるのでしょうけど、日々良くなってきているのは感じている。
「本当よ。痛みはそこまで気にならないわ。力が入れられないから、相変わらず動かすのは難しいのだけど」
「そんな体で、討伐部隊に参加するつもりなのね」
「そうね。ウンディーネの力を引き出せるのは私しかいないもの。それにルークを巻き込んでしまっている以上、私一人が休んでいる場合ではないわ」
「あなたは貴族でも上位階級にあたる公爵家令嬢なの。シャルがそこまでする必要はないのよ」
ジゼルの気持ちが痛いほど伝わってくる。無理しないでという思いが伝わってきた。眼を合わせないようにして優しく私の左腕を擦りながら、そこに描かれた模様を見つめている。
「わかっているわ。でもね。これはレイクルイーズ家の問題でもあるの。このチャンスを逃したらソフィの命はきっと助からないわ」
「だからって、シャルがそこまで傷つく必要はないだって! 次は右腕どころか、両足も動かなくなるかもしれないんだよ」
ジゼルの口調が一段と厳しくなった。本当に心配しているからこそ声を荒げてしまうのだろう。優しいなジゼルは。
「うん」
言っても聞かないのは、長い付き合いで理解しているのでしょう。困った表情をしながらも、自分に出来ることがないかを考えてくれている。幼馴染みの同性ということもあってか、ジゼルは私に特に優しい。
「私に出来ることは何かある?」
「いいえ、その気持ちだけで十分よ」
討伐隊は上級召喚師のみで行くことが決定している。つまりジゼルが参加することはない。自分で言うのもなんだけど、そもそも貴族の令嬢が気軽に参加するような部隊ではないだろう。
「そう……。それで、ソフィは? どんな話をしたの?」
「そうね……。今はフィオレロが様子を見てくれているわ」
ジェラール王が公爵領で静養していたソフィをここに呼び寄せていたそうで、久し振りに見た妹の身体は更に痩せ細っており、その時期が近づいていることを理解するには十分だった。
ジェラール王も、囮部隊を率いたりと無茶をする父を見て、何か思う所があったのだろう。理由を調べさせていたところ、ソフィアの呪いがかなり進行しているということ、治癒にはレッドドラゴンの牙が必要であることを知ったそうだ。
※※※
「お姉さま。何故そのような無茶をされたのですか?」
静かな口調で、厳しく律するように私を見つめてくる。久し振りに会った妹は身体こそ酷く痩せているものの、少しは元気なように見えた。少なくとも私が最後に見たソフィは顔を上げるのすらツラそうにしていたのだ。
「ベッドで寝てなくて大丈夫なのソフィ」
「こちらで行った治癒術がよく効いているようで今は体調がいいようです。そんなことより、どういうことなのですか? 私のためにお姉さまの身体が不自由になっていくのは見ていられません」
そっくりそのまま言葉を返したかったのだけど、目にうっすらと涙を溜めながら訴えかけてくるソフィを見たら何も言えなくなってしまった。
「ごめんなさい。でもね、チャンスはあると思うの。私一人では難しいけど、ルークもいるし、ゴドルフィン様も参加されるのよ」
「知っています。私が言いたいのは何で討伐隊にお姉さまが入らなければならないのかを聞いているのです」
「私が精霊様を召喚したのは聞いているわね? レッドドラゴンでさえ、その動きを封じる力を秘めている。それが私の召喚獣ウンディーネなの」
「でも、代償が……」
「そうね、代償があるわ。でも死ぬことはないの。身体は不自由になるかもしれないけど、ソフィの命を、いや、それだけではないの。街の人々を助けられるかもしれない。力を持つ者にはそれ相応の役割があるの。ソフィも公爵家の一員ならわかっているでしょう」
「で、ですけど……」
「結果として、レッドドラゴンを討伐することが出来れば、街のみんなは助かるし牙も手に入ってソフィの石化が治せるかもしれないもの」
「街の人々を引き合いに出すのはズルいです。でも、わかりました。お姉さまがそこまでするのでしたら私も覚悟を決めます。もしも街が救われ、私の呪いも解呪されるのでしたら、その時は生涯を掛けてお姉さまの代償を取り戻すために私は生きます」
ソフィの心を思っていたより追い詰めてしまったようですね。それに私の代償は、私でしか取り戻すことができない。代償の取り戻し方は知ってはいるけども、今の私にはどうすることもできないと言った方がいいかしら。どちらにしろ、レッドドラゴンを倒すためには代償は必須条件となる。それならば、私はもう前に進み続けるしかないのです。
これは、私が決めた道でもあるし、私がもっと成長していくうえでも必要なことなのですから。
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