ステップ2:現状把握に努めましょう

自分の部屋に帰ると、私が前世の記憶を取り戻すきっかけとなったメイドさんがベッドの隣に佇んでいた。




「おく⋯⋯詩子様!どちらにいらしゃったのですか?」


「少し屋敷内を歩いてただけよ」


「詩子様が?」


「えぇ。何かおかしい?」


「いえ、そんなことは」




 この人から聞けば、何か現状把握ができるだろうか。今の私は一条院家のことについて、よくわかっていないことが多い。一瞬、軽い記憶喪失にでもなっているのかと思ったが、思い出そうとすれば過去のことはわかるので、おそらくここに来てから周りに一切興味がなかったせいだろう。




「詩子様、先日は本当に申し訳ありませんでした」




 ソファに座った私に対し、彼女は直角に頭を下げた。




「いいわよ。むしろ止めてくれて助かったわ」




 ほんっとうに止めてくれてよかった。あれ以上秀平くんを殴っていたらどうなっていたことか。まだ5歳の子に大人が本気で殴っていたら、脳震盪を起こすことだってあり得なくはなかったはず。




「いえ、そういうわけには。何でもお好きなように処罰を」




 彼女は何度私が許しの言葉を伝えても、頭を上げるつもりはないようだ。




 たぶん、この人は屋敷の中でも私と秀平くんのことを考えてくれる数少ない人だ。




 私はいつもイライラしていて、使用人に当たることが多かったせいで、嫌われていたと思う。だって、使用人たちにはあまり関わらないように避けられてたし。まぁ、嫌だよね。止めたら逆上されたりするし。彼女はそれを覚悟して、私が秀平くんを殴るのを止めてくれた人だ。ここで失うには惜しい。




「じゃあ、あなたの名前を教えてくれるかしら」


「はい、私の名前は」


「あら?一条院家の使用人は名乗る時に人と目を合わさずに名乗るような教育をされているの?」




 やっと顔をあげた彼女は凛とした目を持った印象的な人だった。すごく仕事ができそうだ。さらっと短いショートカットの髪が揺れる。




「代々一条院家にお仕えさせていただいております霊隠家の霊陰桜れいいんさくらと申します」




 ⋯⋯クビにしなくてよかった。一条院家に代々仕えてる家柄の人を後妻ごときがクビにしたらどうなることか。絶対、悪い評価がつくことは間違いない。元々クビにするつもりはなかったけどよかったー。危なかった⋯⋯。私の首のすぐそばに断罪の刃があることを忘れないようにしよう。




「霊隠家というと、お祓い屋として有名な家系よね」


「はい、昔はそちらの方面でお仕えさせていただいておりました」


「そう、納得したわ」




 確かに陰陽道に関わる家柄であれば、とても高貴な血を引き継いでいる一条院家に仕えているのも納得だ。昔は本当にそちらの方面で主君を支えていたのだろう。




「桜さん、申し訳ないと思っているのなら少し私に協力してくれないかしら」


「私にできる範囲のことであれば」


「私に一条院家のことについて教えて欲しいの。今まで妻として嫁いだのにあまりにも無関心すぎたわ。これからは少しずつ妻としての役目を果たしていくつもりよ」


「そういうことであれば、喜んで協力させて戴きます」




 言葉とは反対に桜さんの目は懐疑的だ。




 まぁ、そりゃあそうだよね。急に今までヒステリックに暴れて、この家に興味を持つことなく過ごしてきた人にこんな言葉を言われたところで信用できない。




 きっと、私はまだ一条院家の当主の妻として認められていないのだろう。




「これでも私は、あの時改心したのよ?今は信じられないかもしれないけど、桜さんが私を見てそのうち良い判断をしてくれたら嬉しいわ」




 薄く微笑むと桜さんは目を僅かに見開いた。




「⋯⋯本当に変わられるおつもりなのですね。詩子様、私のことは桜とお呼びください」


「桜?」


「はい。詩子様は私の主人に当たられる方なので」


「それは少しは認めてくれたということでいいのかしら?」




 無言がなによりの返事だ。




「じゃあ、早速聞きたいのだけれど、現状私の屋敷での評価はどのようなものになっているのかしら」


「単刀直入に申し上げますと、良いものではありません」


「具体的には?なんていわれてるの?そうね、あだなとかがあればわかりやすいわね」


「では」




 ごほんと咳ばらいを一つした後、桜はつらつらと並べ始めた。




「あばずれ、ヒステリック女、赤い悪魔、下品、貧相、寸胴⋯⋯」


「もういいわ。分かってはいたけど想像以上ね。というかそれ途中から悪口になってない?」


「ちゃんとお伝えしたほうが良いかと」


「⋯⋯貴方良い性格してるわね」


「おほめに預かり光栄です」


「別に褒めてはいないけれど。⋯⋯まずはその印象から改善していかないとね。長い道になりそうだわ」


「そうですね。そのファッションがお好きなのであれば、良いのですが、こだわりがないのであればまず雰囲気から変えてみてはいかがでしょう?」


「雰囲気?」


「はい。今現在詩子様は赤色や濃い紫など、どちらかといえばきつい色を使用してらっしゃいます。メイクも同様にです。ですが、私の見立てによると、詩子様はブルべ夏。淡い色がお似合いになる方だと思うのです」


「淡い色ね」




 そういえば、復活してから特に気にせずベッドわきにかけていた服装を着ていたから、気づかなかったけど、私が今着ている服はどこぞの舞踏会にでも着ていけそうな真っ赤なマーメードラインのワンピースだ。それに、首元にはとても大きなアメジストが小さなダイヤに囲まれた存在感の強いネックレスをしている。




 さっき言われた悪口の中にも下品とか入ってたし⋯⋯。




「わかったわ。私のクローゼットに案内してちょうだい」




 基本、使用人が着る服も用意してたから、あまり持っている服を意識したことはなかったんだよね。特に不満もなかったから、私が好きな服の系統ではあったんだろうけど。


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