第40話「杏②」

 さて、そんなこんなでデパートの水着売り場に来たあたしとお姉ちゃんだ。

 普段来ない場所だからか、お姉ちゃんはあたしの背中に隠れつつ、キョロキョロ辺りを窺っている。


「くうっ……、ずいぶんと場違いな場所に来てしまったような……?」


「いやいや、全然似合ってるっしょ。お姉ちゃんは自己評価低すぎだって」


 むしろ店員さんのほうがこちらを見てソワソワしてるというのに。

 ホントこの人は、持って産まれた美貌という自分の最大の武器を理解してないんだから。


「んーで? お姉ちゃんの彼氏はどんなのが好みなの? ビキニ? ワンピース? 可愛い系? エッチ系?」


「だ、だから彼氏じゃないって言ってるでしょっ。ただみんなで遊びに行く中に、たまたま偶然、男子が混じっているだけっ。好みも知らないっ」


 拳を握り、必死になって否定するお姉ちゃん。


「へえー、そうなんだあー。ちなみにだけど、その男子っていくつ? その友達の男子・ ・ ・ ・ ・


 あたしはお姉ちゃんの言い訳を適当に聞き流しつつ、必要な情報を集めることにする。


「じゅ、15歳。わたしの1個上の先輩」


「女慣れとかしてそーなタイプ?」


「そ……それはわからない。でもたぶん、モテるタイプ。彼女は今までいたことないって言ってるけど……」


 ほうほう、なるほどね。

 すると無自覚タイプか。んで、周りにはそこそこ女がいると。

 このお姉ちゃんを好きになったぐらいの人物でもあることだし、あまり派手なのは選ばないほうがいいかな。

 かといってあまりに露出が少なくても面白みがないしなあ……。


「これは?」


「そ、それってほとんど紐じゃないっ、却下よ却下っ」


「じゃあこれは?」


「なんでヒョウ柄なのっ。もうっ、真面目に選んでっ」


「と見せかけて、こっちが本命。これならどうだっ」


 ぷんぷんするお姉ちゃんに最終的にビシッと突きつけたのは、白地に紺のアジサイ柄の、涼やかな上下揃い。

 トップ、ボトム共に大きめのフリル付きだから露出を好まないお姉ちゃんでも大丈夫だろうし、パッドで無い乳を誤魔化すこともできる。

  

「あ、これなら……」


 お姉ちゃんも気に入ったらしい。

 声のトーンがわずかに上がった。


「こうゆーのなら、彼氏も喜んでくれそうじゃない?」


「うん……たぶんこれなら先輩も………………あっ」


 口を滑らせたことに気づいたのだろう、ハッと口元に手を当てるお姉ちゃん。


「はい爆釣ばくちょう爆釣、と」


 あたしはニタァァァリ、口元に笑みを浮かべると……。


「さあーて、お姉ちゃん? 色々詳しく、聞かせてもらおうか?」




 □ □ □




「ほうー、そんで? 春先からのつき合いなんだ?」


 水着を買ったあたしとお姉ちゃんは、デパート内の喫茶店でお茶をすることにした。

 お姉ちゃんはカフェラテ、あたしはストロベリーフラペチーノ。

 主なトークの内容は、お姉ちゃんの彼氏について。


「どっちから告ったの? 初キスはもう終わったの?」


「わ、わたしからなわけないでしょっ。き、キスとかもまだだからっ。そういうのは不純異性交遊に該当するんだからっ」


「わーお、恋愛に関しても校則重視なんだ、めんどくせー女っ」


 ケタケタと笑いながら、あたしはお姉ちゃんの恋バナに耳を傾ける。

 ふうーん、なるほどなあー。

 こんなめんどくさい女でも好きになってくれる人はいるんだなあと感心する。

 いやマジで、1メートル以内に近寄っちゃいけないとか、私服でデートするのにすら条件がいるとか、たいがい頭おかしいからね?

 本当に将来が心配になるというか……。


「お姉ちゃん、絶対その人逃がしちゃダメだよ? お姉ちゃんルールにそこまでつき合ってくれる神様みたいな人、そうそういないんだからね?」


「逃がすって……そんな動物みたいに……。まあ、努力するつもりではいるけど……」


 前髪をいじりながら、恥ずかしそうに顔を赤らめるお姉ちゃん。

 

 ああー楽しいーっ。

 恥じらうお姉ちゃんをいじるの超楽しいーっ。


「ああーしかし、ここまで来ると『先輩さん』の実物を見たいなあーっ。ねえ、お姉ちゃん、その日あたしもついて行ってい~い?」


「え」


「ねえ~、いいでしょ~? 絶対邪魔はしないからあ~(いじりはするけど)」


「え、でも……先輩の迷惑かも……」


「ええ~、いいじゃんいいじゃん。他にも人はいるんでしょ? んで、『先輩さん』との関係は妹さん以外には知られてないんでしょ? だったらカムフラージュであたしもつれて行ったほうがいいよ。ほら、お姉ちゃんがいきなりそうゆー賑やかな集まりに乗り込んでいくなんて不自然じゃん。ね? ね? いいでしょ?」


 戸惑うお姉ちゃんを押し切って、あたしは『先輩さん』たちとのプールについて行くことになったのだった。

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