「わがまま」
第33話「図書館デート」
渚ちゃんがあの花火の夜に何を言おうとしたのか。
気になって気になってしかたがなかったけど、あんまりしつこく聞いて嫌われても嫌だし、それ以上の追及は諦めた。
正直かーなーり残念だけど、また同じようなシチュエーションを作ればいい話なのだと、前向きに考えることにした。
渚ちゃんのテンションが上がり、心の扉を閉ざす鍵が開けばきっと、あの時の言葉の続きを聞かせてくれるはず。
きっと……たぶん。
俺が内心でそんな葛藤をしている間にも時は容赦なく過ぎ、夏休みへと突入した。
さてそうなると、
何せ俺たちのおつき合いは秘密のまま、距離1メートルを保つのはもちろんデートにすら制服を着て行かなければならないような状況だ。
学校に行かなくてもよくなった今、当然だけれど渚ちゃんに会う機会は激減するわけで、それは俺の精神そして肉体に悪影響を及ぼしかねず……。
などという危惧は、すべて徒労に終わった。
それは夏休みに入る直前の、渚ちゃんとのこんな会話による。
「先輩、夏休みは受検勉強に集中なされるのでしょう?」
イエスかはいで答えなさい、ぐらいの決めつけに、俺はちょっとびびった。
集中しませんなんて言ったら八つ裂きにされるやつだこれと、全身に嫌な汗をかいた。
「う、うん。そりゃあまあ……さすがに高校受験だし? こちとら中三だし? でもまあー、そればっかりだとさすがにしんどいから? たまに息抜きもしてみたり?」
受験勉強は当然しなきゃだけど、そのせいで渚ちゃんと
そういう意味でもなるべく会う機会を増やしたいと思っての発言だったのだが……。
「ええ、そうでしょうそうでしょう。学生の本文は勉強ですからね」
ぐっと拳を握った渚ちゃんが、力強く言った。
「わき目も振らずに頑張って、良き大人になりましょう」
「う、うん……そうなんだけど……ちょっとぐらいはわき目を振っても……?」
あれこれ、まさかの夏休みはデートゼロとか言い出しかねない感じ?
せっかくこの間いい雰囲気になれたのに、とがっかりしていると……。
「では、共に頑張りましょう」
「ん、共に頑張る?」
「ええ、わたしも夏休みは毎日市立図書館に通いますので、先輩も来てください」
「あ、ああー……そういうこと?」
そうかそうか、普通のデートは無理でも図書館デートという方法があったんだ。
図書館なら制服を着ていても変には思われないし、なんなら普段より長くいられるじゃないか。
勉強しなきゃいけないという根本的問題はあるけれど、それ以上のご褒美があるなら問題ない。
□ □ □
とまあそんな感じで、俺たちの夏休みは始まった。
朝:起床したら食事、身支度、図書館へ。
昼:図書館の休憩室でお弁当、もしくはパン。
夕:道すがら渚ちゃんとお喋りしつつ帰宅。
夜:食事、入浴、だらだら過ごす(時々勉強の進捗状況を聞かれるので、そしたら慌てて勉強をする)。
これをひたすら毎日繰り返した。
変化の乏しい日々だが、俺的にはバラ色だった。
だって、勉強に疲れてノートから顔を上げれば目の前に渚ちゃんがいるんだもん。
にこっと笑いかけてくれたりはしないものの、真面目な目で見つめてくれたりはするんだもん。
図書館だからあまり大きな声で話は出来ないけど、休憩室だったら遠慮しなくていいし、しかも……しかもさ、時々、渚ちゃんがお弁当を作ってくれたりもしたんだぜ?
「ふたり分を作ると母に疑われるので、わたしの作ったものと先輩のお宅のお弁当を交換という形でよろしいでしょうか」
お弁当交換という形ではあるものの、それは嬉しい申し出だった。
「もちろんだよ。うわあ、渚ちゃんの手作りかあー。すっごい楽しみだああー」
「そんなにたいしたものではないので恐縮ですが……」
ウキウキと弁当箱を開けると、そこにあったのはまさかの
ブロッコリーにプチトマト、星型のにんじん、ほうれん草のおひたしに唐揚げ、タコさんウインナーに卵焼き、ご飯はゆかりかけご飯。
ごくごく普通のラインナップだが、
あとタコさんにノリで目が付いていたりとか、端々に感じる女の子成分が可愛い。
「ああ^~いいっすね^~」
味も美味しいし、まさに至福のひと時。
「ありがとう渚ちゃん。全部美味しいし、なんだかすごく元気が出た」
「そうですか。先輩のやる気が出たのであれば、わたしも作った甲斐がありました」
折り目正しく礼を述べると、渚ちゃんもうちのお袋が作ったお弁当を食べ始めた。
「先輩のお母さんのお弁当も美味しいです。どれも処理がきちんとしていて、手がかかっていて……」
うちのお袋の料理はたしかに美味い。
源一郎さん(親父の名前だ)に未だにずっきゅんフォーリンラブしてるから、渚ちゃんの言うように手の掛け方が半端ないんだよな。
「これは本当にすごいですね。いつか作り方を伝授していただきたいものです。あ、料理を教わるというのはその、特別な意味で言っているのではなくですね。一般論として、技術の未熟な者が熟達者に教わろうとするのは当然と言いますか……」
どうしたのだろう、渚ちゃんは慌てた様子でぱたぱたと手を振った。
~~~現在~~~
「恋人のお母さんに料理を教わるというのは女子にとってそれなりに意味のある行為なので、慌てて誤魔化したんですよ」
渚ちゃんの言葉に、俺はなるほどと深くうなずいた。
たしかに、家庭の味を覚えなきゃ、みたいな話を聞くもんな。
「全然気づかなかったよ。渚ちゃんと毎日会えてるとか、渚ちゃんの手作りお弁当が食えたとか、そんなことにばかり感激しちゃって」
「いいんですよ。気づかなくて、むしろ、当時気づかれていたら平静ではいられなかったはずですから。
渚ちゃんが言うには、
勉強を理由にして毎日会い、頼まれてもいないのにお弁当を作ったのもそのためなのだとか。
「あの日々は、わたしにとっても楽しいものでした。勉強することそのものも有意義でしたし、毎日先輩にも会えるし……」
ニッコニコになって話をする渚ちゃんの後ろに、お手洗いに行っていたちひろとルーが現れた。
「そこまでだ、渚。貴殿のターンはそれにて終了」
ルーがババッと中二病ポーズをとった。
いったい何をするのかと思って見ていると……。
「ここからは我のターンだ」
と、ドヤ顔で言い出した。
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