第11話「ちひろにバレた?」
最近、ちひろの様子がおかしい。
いや、もともとおかしな妹ではあったのだが、最近は特におかしい。
やたらと俺の近くに寄って来るし、スマホの画面を覗きこもうとしてくる。
定時連絡か何かのようにラインを送って来ては、『今何してんの?』とか聞いてくる。
まるで面倒な彼女みたい……ってその例えはさすがにキモいが、ともかくおかしいんだ、あいつ。
その話をすると、渚ちゃんがびっくりしたように目を丸くした。
「ずいぶんと妹さんに好かれているのですね、先輩は」
「はあ? 俺がちひろに? 冗談でしょ」
「え……自覚が無い……?」
「自覚も何も、あり得ないから、そんなの」
「ええと、どう説明したらいいものか……」
戸惑う渚ちゃんに、俺はこれまでの妹とのエピソードを話して聞かせた。
「居間のソファで寛いでいれば、肩をぶつけて来て無理くり中央のスペースを確保しようとするでしょ? 晩飯がハンバーグだったら俺の方がデカくてずるいとか言って、食べ掛けでも構わず交換しようとするでしょ? 雷が嫌いだからって言って夜中に突然俺の部屋に来て、俺を床に寝せつつ自分は俺のベッドで寝ようとするでしょ? もうホント、めちゃくちゃなんだから」
「わたし、なんだか先輩のことが心配になって来ました……」
なぜだろう、沈痛な表情をする渚ちゃん。
「ともかくそーゆーわけで、妹がめんどくさくて最近変なんだって話だよ」
「わかりました。しかしそうすると、今後の妹さんの行動が気がかりですね」
思案気に腕組みする渚ちゃん。
「気がかりというと?」
「妹さんは、おそらく先輩に恋人が出来たのではないかと疑っているのだと思います。となるとおそらく、次にとる行動は裏取りですね」
「裏取り?」
「要は事実確認です。例えば尾行したりとかですね……そこまでは考えたくありませんが、部屋に盗聴器を仕掛けたり……? ちなみに先輩、妹さんは何歳ですか? 小学生ですか? だとすると
「ちひろ? うんにゃ、あいつ中学生だよ。東中学校の2年。とゆーかたぶん、渚ちゃんと同じクラスだったと思うんだけど」
「…………………………はい?」
たっぷり10秒ぐらいの間を置いて、渚ちゃんが言葉を発した。
ほぼ同時に、後ろから音がした。
公園の茂みのほうから、ガサリと。
「押さえた……押さえたわよ……」
ゆらり幽鬼のように姿を現したのは、東中学校の制服に身を包んだひとりの女の子だ。
髪は茶色がかったツインテール。顔立ちは綺麗に整っているが、生意気そう。
いかにもメスガキって感じで……ってゆーかこれちひろだわ。妹だ。
ごめんな、メスガキとか思って。
「動かぬ現場を押さえたわよ、兄貴っ」
俺の内心の葛藤をよそに、ちひろはビシリと俺たちを指差して来た。
「今すぐその性悪女と別れなさいっ」
~~~現在~~~
「やー、遅れちゃったっ。あ、渚じゃん、ひさしぶりーっ」
トレードマークのツインテールはそのまま、綺麗な大人の女性に成長したちひろは、仕事(ジムのインストラクター)から直接来たのだろう、ライトグレーのパンツスーツに身を包んでいる。
「おひさしぶりです、ちひろさん」
俺の隣に座ったちひろに、渚ちゃんは礼儀正しく頭を下げた。
「兄貴もひさしぶりっ」
「いやいや、おまえとは今朝も会ってるだろ」
「あのね、今朝ぶりっていうのは大変なことなんだよ? それだけ長く兄貴と一緒にいなかったってことなんだから」
「すまんがその理屈はさっぱりわからんわ……」
「相変わらずですね、ちひろさんは」
俺たちのやり取りを見て苦笑する渚ちゃん。
「
ヒクリ。
渚ちゃんの顔が引きつった。
「普通の兄妹の距離感とは、ちょっと違いますよね。親密過ぎるというか、常識的に考えてもう少し距離を置いた方がいいのでは?」
「えー、そんなことないでしょー。だってあたしら家族だもん。同じ血を引いてて、ひとつ屋根の下で暮らしてて。そしたらこれぐらいの距離感になるのが常識でしょ? なんなら家ではもっと距離が近いよ? ねえー、兄貴?」
ギシリ。
ふたりの間の空気が、音を立てて凍り付いた。
「へえ……そうなんですか……。それほど親密な……?」
ひさしぶりに発動した氷の魔眼に、俺は慌てた。
「待て待ておかしい。この空気は絶対おかしい。というかそもそもふたり、あの時仲良しになったはずだろ? 様々な攻防を経て」
そう、俺と渚ちゃんがつき合うつき合わない問題について、かつてふたりは凄まじい攻防を繰り広げた仲なのだ。
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