第178話

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 本館の調査を終えて、南館の調査に移ること4日。

 ようやく調査を終える事が出来た。

 本館より狭いのに、こっちの方が時間かかってしまった。


 ちなみに北館の方は2日で終わったらしい。

 こっちは……色々入り組んでいるからな……。

 やはり女性客が泊まることになるし、防犯にも気を使っているからか、あちらこちらに壁があって、行ったり来たりをしなければいけない。

 2階に入ってからは早かったが……いやはや手強かった。


 ともあれ無事、南館にも異常が無い事はわかった。

 よかったよかった。

 そして、調査の最中に、もし異常があった場合はどんな事が起こるのかと聞いてみた。


 この屋敷に関わらず、大きな施設の魔道具ってのは、大型の魔力供給システムに繋いでいて、そのシステムは各街の魔素に合わせて調整をしているそうだ。

 なんでも、効率の良さを求めていくと手間もお金もかかるが、それでも個別に調整するこの方法を採用している。

 民間レベルだとそこまで高効率は必要無いそうだが、やはり複数の魔道具を一括して管理するからかな?


 そのシステムは、メンテナンスこそ必要ではあるが、基本的に壊れることは無いらしい。

 もっとも、その地区全体の魔素が変容するような超常現象でも起きれば別だが……。


 で、そうなった時はどうなるかと言うと、魔力の供給が止まってしまい、そこに繋いだ各魔道具が止まってしまう。


 この屋敷なら、小さい物は部屋の照明。

 大きい物なら、屋敷の水道や空調と言った生活インフラ設備だ。

 それが止まると、高台の上にあるこの屋敷での生活は中々厳しいものになる。

 ましてや、地下の各施設なんて、魔道具ありきだからな。


 ……思ったより大事になっていたのかもしれなかった。


 まぁ、そんな事態なんてそうそう起きやしないそうだが、他所の国では火山の噴火や大きな地震などの天変地異が原因で、起きた記録が残っていて、その事が、魔導士協会や錬金術師の間で一応話が伝わっているんだとか。

 ダンジョンが出現してもう一月以上経ち、異常は出ていないから心配はいらないと思っていたが、それでもフィオーラ達はダンジョン出現を、天変地異のそれと同程度と考えて、警戒していたようだ。


 と、廊下を歩くフィオーラは、どこかガッカリした様子で答えた。


「……何も無くて良かったじゃない」


 この屋敷は徐々に増築を繰り返していっているから、その都度内側にも手を加えていっている。

 照明の交換などで俺もちょっと手伝った事はあるが、結構複雑な造りになっているんだよな。

 それを一から設置し直しとなると……時間をかけられないし、この大雨の中職人達を集めて突貫作業をする事になる。

 いつかやった方がいいとは思うが、それならそれでしっかりと計画してからやるべきだ。


 屋敷のシステムはフィオーラが責任者みたいなものだし、その事はわかっているはず。

 何をガッカリしているんだろう?


「それはそうだけれど……結局アレが何かわからないままなのよね……」


 力なく零すフィオーラ。

 アレってのは、あの謎の結界の事か。


「……これからじっくり調べていけばいいんじゃない? 旦那様もセリア様もきっと色々便宜計ってくれるでしょ?」


「ま、それもそうね。街の結界が完成したら、そちらに注力するのも悪く無いわね」


 気を取り直した様で、先程までのガッカリした様子はもう見られない。


 フィオーラは、セリアーナ相手だろうと遠慮なく意見をしたり、結構頼れる人なんだが……こういう研究絡みになると駄目な所があるな。

 ジグハルトはアレで意外と常識人だが……彼にしっかりしてもらわないといかんのかも。


 ◇


 屋敷の調査を終えて数日。

 雨季も半ばを過ぎた頃に、ルバンが屋敷に到着した。


 そして、彼が到着した事で、中層のボス退治のメンバーが揃った。

 流石に到着当日に……という訳にはいかず、翌日になるが、一気に攻略に挑む事になる、


「これも持って行った方がいいか……?」


「そうですね……。念の為入れておきましょう」


 そして今は、屋敷と騎士団本部を繋ぐ通路に作られている部屋の一つで、アレクとジグハルトが持って行く道具の選定をしている。

 ポーション類は既に俺が冷蔵庫に突っ込んでいるが、武器なんかは重たいからな……彼等に任せているんだが……。


「ねぇ、そのままじゃアレもコレもってなって、結局全部持って行くことになるんじゃない? そりゃ入る事は入るけどさ、あんま沢山持って行ってもいざって時に困らない?」


 ちょっと釘を刺しておかないとな。

 たとえ何が相手だろうと対処できるように、備えをする事は大事だが、それにしても限度がある。


「む? ……それもそうだな」


「ああ……」


 2人とも少々気まずそうな顔をしている。

 この2人は、その気になればどうとでも出来る腕があるだけに、逆に制限が無いと何でもかんでも……となってしまう。

 テレサも連れて来るべきだったかな?

 だが、彼女は今、ルバンを交えてお貴族様の食事をしている。

 晩餐会……とまでは行かないが、それなりに街の有力者が集まっているし、彼女が出席するのも仕事のうちだ。


 仕方が無い。

 ここは俺が、頼りないおっさん共を見張っておくか。


428


 中層のボス討伐決行当日。


 メンバーは俺、アレク、ジグハルト、フィオーラ、テレサ、ルバン、オーギュストだ。

 リアーナの少数精鋭でサイモドキを倒した時にオーギュストがプラスされた形だな。


 で、流石は精鋭。

 中層の手前までは1時間もかからず到達した。


 この1時間弱ってタイムもフィオーラの足に合わせた結果だ。

 二つ名持ちは伊達じゃなく、彼女は研究者肌の人間だが、実戦も十分やれる。

 だが、どちらかといえば防衛戦向きで、戦場やダンジョンを走り回るのは得意では無い模様。

 このメンツの中では彼女は少し遅れ気味で、全体のペースも彼女が基準になっていた。


 それでも速い速い……。


 浅瀬は騎士団や冒険者たちが狩りをしているから、フリーパスに近かったが、上層もあっさりだ。

 通路こそ俺が先制で弓を使っていたが……ホールの魔物達は問答無用でアレク達が襲い掛かり倒していた。


 陣形も何もお構いなし。

 ただただ地力の差を見せつけていた。

【祈り】はかけていたけれど……当たり前のように、1人1人が2体3体を相手取って完封している。

 魔物を倒す事よりも、死体の処理の方が時間をくっているくらいだ。


 途中からオーガを始めとした、俺の中では強力な魔物も姿を見せていたのに……。

 強ぇぇ…………!


「装備はそのままでいい? 交換するなら今のうちに取って来るけど?」


 中層への通路手前で、アレク達は奥の様子を覗っているが、このままで良いんだろうか?


 彼等は速度優先という事で、携帯性に優れ尚且つ扱いやすい武器……って事で、皆剣を持っている。

 ただ、ここから先は何が出て来るかもわからないし、初見の魔物が相手なら槍とかの方がいいと思うんだが……。


「俺は棍棒に替えるか。……お前じゃ持てないな。入れてくれ」


「はいよ。他はいいかな?」


 アレクは持ち替えるようだが、残りのメンバーは変更は無いようで、皆俺の問いかけに首を振っている。


「んじゃ、アレク」


「おう」


 アレクを誘い【隠れ家】に入る事にした。


 結局アレクだけか……。

 やっぱり昨日、アレもコレも用意したがるアレク達を止めておいたのは正解だったな!


 ◇


 いよいよ踏み込んだダンジョン中層。


 通路や壁で隔てられず、一つの広大な空間で、構造は浅瀬に近いが……広さは段違いだ。

 そして、「森」では無くて「鍾乳洞」に近いだろうか?


 地面から天井まで繋がる、太さがバラバラの土柱があちらこちらに乱立して、死角を作っている。

 地面は平らではなくて高低差があり、とてもじゃ無いが歩きやすいとは言えない。

 ホール全体が薄っすらと光ってはいるが、光量が足りず全体的に薄暗い。

 不意打ちをされたら、ちょっと厄介な地形だ。


「…………魔物はいるね?」


 魔物の姿は肉眼ではわからないが、【妖精の瞳】やアカメ達の目を通すと、ハッキリとわかる。

 天井付近まで高度を上げて、広く視界を取ればまた変わるかもしれないが……万が一に備えて、高度は皆に合わせている。


「ああ。俺達を観察しているな……。手を出してこないのは浅瀬の魔物と一緒だが……ずいぶん違うな」


 俺の呟きを、先頭を歩くアレクが拾い答える。

 流石は精鋭だけあって、姿が見えなくても皆は魔物に気付いているようで、しっかり警戒をしている。


「セラ、妙な動きをするモノはいるか?」


「いや……今のところはこっちを見ているだけだね……。強さは魔境の魔物と同じくらいかな? 結構強いよ」


 魔物の群れは、上層と同じく妖魔種、魔獣種が混ざっている。

 そして、強さは魔境産クラス。

 強い魔物はそれだけ知恵もあり、油断はできない。

 ……もっとも彼等はみじんもしていないが。


「そうか……。引き続き警戒を頼む」


「うん」


 とりあえず、こちらから手を出す事はせず、ボスの捜索を優先するようだ。

 まぁ、強い事は強いがこのメンツならさして苦労せず倒せる程度の強さだ。

 こちらから追いかけていくよりも、向こうから手を出させる方がいいんだろう。


 ……俺は落ち着かないけどな!


 ◇


 中層に踏み込み、魔物達の視線を感じながら歩き続ける事数十分。

 相変わらず手を出してこない魔物達、代わり映えの無いダンジョンの風景に少々気疲れしてきたその時だ。


「っ!?」


「わっ!? 何……ぬぁっ!?」


 アレクが急に横に飛び出したと思ったら、俺はテレサとルバンに袖を引かれ、後ろに回された。


 何事か!?


 と声に出そうとした瞬間に、アレクの盾に何か固い物がぶつかるような音がした。

 相当な勢いと重量がありそうな音だ。

 さらに、バラバラバラとなにかが降り注ぐような音が続いた。



「なっ……何!?」


 何かが飛んできて、それをアレクが防いだのはわかった。

 攻撃を受けたんだろう。

 だが、何からだ?

 投擲という手段を取る魔物はオーガがいたが、アレにしてはちょっと威力があり過ぎる。


「あちらを」


 と、テレサがホールの右奥を指した。

 そちらを見ると……。


「ぬ……? ……ぉわ」


 いた。


 数十メートル離れた高所からこちらを見下ろす、人型……というよりはデカいサルか?

 先程の飛んできた何かはヤツが投げて来たのか……。


 気付きさえすれば、はっきりと力を感じるし一目でわかるのに、言われるまで気付けなかった。

 ……気配を隠していたのか?

 人間でも、魔力も含めて自分の力を遮断できるが……魔物がするのか?

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