最強少女のおすそわけ

雫月

第1話 記念すべき日

「……ダメだ、何処にもいない!」

「もっとよく探せ!必ず城内にいるハズだ!」


 雪が静かに降る早朝、ガルトリー城がにわかに騒がしい。まだ薄暗い廊下を城の兵士と思われる者たちが数名、鎧の上に防寒着を身にまといランタンを片手に廊下を走り回っている。


「……朝から騒がしいですね。何事ですか?」


 するとそこへ一人の青年が現れた。白を基調に黒い刺繍が施された長袖長ズボンの制服を襟元から裾先まで几帳面に着こなしており、少し茶色がかった黒い髪は短めに切り揃っている。胸元につけている十字の飾りがランタンに照らされてほのかに輝く。


「あ、アリアス副団長。おはようございます。」

「それが……シエル王子を探しているのですが、部屋にいないんですよ。」


 兵士たちが顔を見合わせてため息をもらす。


「……はぁ、ですか。」


 アリアスと呼ばれる青年も困ったような呆れたような表情でため息をもらす。


「……今日は聖王都との大事な会合があるからおとなしくしてて下さいとあれ程申し上げたのに……」


 眉間に指をあて、アリアスは少しの間考え込む。


「……分かりました。サボり王子……もといシエル様は私と騎士団が責任を持って探します。あなた達は仕事に戻って下さい。」


「……え、よろしいのですか?」


「ええ。聖王都の貴賓を迎える準備もしなければなりません。陛下や宰相からも指示が出ると思うのでそちらを優先させて下さい。」


 アリアスは物腰柔らかく喋っているが、その声は少し震えていた。


「……! 了解しました!では失礼します!」


 アリアスの静かな怒りを察知した兵士たちは足早にその場を後にした。


「……おい知ってるか?副団長って本気で怒ると団長でも手を焼くらしいぜ。」

「マジかよ?こえぇ……。それでもサボり続けるシエル王子もある意味強いよな……。」

「あぁ、実力は最弱だけど精神力は最強かもな。」


 兵士たちはヒソヒソと話しながら廊下を引き返して行く。その様子を見届けたアリアスは逆方向の廊下を歩き始める。


「……うーん。昔に比べて逃げ方が巧妙になっていますね。しかし私からは逃げられませんよ。」


 フフッと軽く笑みを浮かべるアリアスだったが、ふと我にかえる。


「……最近独り言が多くなった気がする。白髪も一本見つかったし……疲れてるのかな……。」


 今年で25歳になる気苦労が多そうな青年は独り言を続けながら廊下を進んでいく。

 



 周囲を警戒しつつ、アリアスは迷うことなく城の二階にある部屋を目指していた。シエルの自室だ。


(シエル様は部屋にいないと見せかけて逆に部屋にいる!私の長年の勘がそう告げている。このパターンは以前にもあった手口だ。)


 部屋に近づくにつれアリアスは声を発するのを抑え、気配を消す。ここで気づかれて逃走されては意味がない。一瞬の油断で過去に幾度となく城内からの脱走を許したことか。


「フフフ。今回は私の勝ちのようですね、シエル様……!」


 手応えを感じたアリアスが部屋の扉を開けようとしたその時だった。


「いよぅ!アリアスじゃねぇか!んな所でなにやってんだ!?」


 突然アリアスの背後から獣の咆哮かと思わんばかりのなんともデカい声が響き渡る。彼は前方に集中していたため、心臓が止まりそうな程驚いた。


「うぅーわっ!ビックリした!……だ、団長?」


 アリアスがゆっくり振り返ると、そこには40代後半~50代前半くらいのガッシリとした体格の大柄な男が立っていた。オールバックにされた深緑色の長めの髪は後ろで結ばれている。

 大男は顎の無精髭を触りながら「よっ!」とおおらかな笑顔を見せる。


「よっ!じゃない!デカい声出さないでくださいよ!」


 アリアスはものすごい勢いで団長と呼ばれる大男、セルイレフに小声で詰め寄る。


「なんだよ随分と慌ててんな。……ははぁ、その様子じゃシエルはまだ見つかってねぇみてぇだな?」


「えぇ、まぁ……。ん?団長もシエル様を探してるんですか?」


「まあな。セティールに頼まれちまってよ。だが残念だったな。シエルは部屋にいなかったぜ。」


 セルイレフはおもむろに扉を開ける。アリアスが静かに中を覗くが確かに誰もいなかった。シエル自身も慌てていたのか、床には乱雑に脱ぎ捨てられたパジャマがある。


「……あれ?おかしいな。シエル様の気配を感じた気がしたんだが……。」


「もう城の外に逃げちまったかもな?」


 まるで他人事のようにセルイレフがデカい笑い声をたてる。


「何を呑気な……。はぁ、では私は他を探します。団長も真面目に探してくださいよ?」


「わかってるって」


 セルイレフを睨むアリアスに対し大男はなんとも爽やかなウィンクで返事をする。

 先程の勝ち気な姿勢はどこへやら、アリアスは少し肩を落としながら再び廊下を歩いていった。




「…………。おいシエル。もう大丈夫みてぇだぞ。」


 アリアスの姿が見えなくなったのを確認すると、セルイレフはシエルの部屋に向かって声をかける。すると部屋の奥にあるベッドの下からゴソゴソと何やら物音がした。


「へえっくしょん!!」


 ゴン!

 大きなくしゃみと同時に鈍い音が部屋に響き、ベッドが大きく揺れた。


「いっっってえぇぇぇ!!」


 続いてなんとも痛そうな悲鳴がベッドの下から聞こえる。


「……なにしてんだよおめぇは。」


「あはは……。いつの間にか寝てたよ。おはようセルイレフ。」


 頭に大きなたんこぶをつけた17歳の少年―――ガルトリー公国の王子シエル・フォリーレ・ガルトリーがベッドの下からニュッと顔だけ出した。


「おめぇも呑気なヤツだな。ほれ、早く行かねぇとアリアスが戻ってきちまうぞ?」


「おっと!急がなきゃ!」


 シエルは自分が追われている事を一瞬忘れていたようで、慌ててベッドから抜け出しすぐ横の大きな窓を開ける。

 窓の外は広いバルコニーになっていて、その端に変装用の冬服の準備がされており柱には脱出用のロープが既に括られていた。


「……よっと。ありがとうセルイレフ。無理言ってゴメンな。」


 普段着の上から冬服を手早く着ながらシエルはふと心配そうな表情をセルイレフに向けた。


「バーカ。なに今さら気ぃ使ってんだよ。今日はおめぇらの記念日なんだろ?いいからさっさと行きな。」


 セルイレフは人懐っこい柔らかな笑顔を見せながらシッシッと手を払う。

 シエルが城を抜け出し街へ遊びに行くようになって5年程になるが、彼は今まで誰かに協力してもらって脱走することは一度もなかった。その理由は脱走に成功しても失敗しても協力した者は後でシエルと一緒に怒られるから。シエルなりのポリシーのようなものがあるようだ。


「それじゃ今度酒を奢るよ!」


「へっ、呑めねぇクセに生意気言ってんじゃねぇよ。」


 シエルはイヒヒっと子供っぽい笑顔を見せながら、バルコニーから下に垂らしたロープに掴まり颯爽さっそうと下の階へ降りていったが、


「いっっってえぇぇぇ!!」


 途中で手を滑らし今度は尻を地面に思いっきり叩きつけた。


「あ!王子がいたぞ!」

「待てコラァー!!」


「げっ!やっべぇ!!」


 近くにいた兵士に見つかってしまい結局追いかけっこをするハメになってしまった。全速力で逃げるシエルとそれを追う兵士たち。


「……締まらねぇなぁ……」


「……ホント、お二人とも困ったものですね。」


 その様子をバルコニーから眺めていたセルイレフの後ろにアリアスが呆れた顔でやってきた。


「なんだよ、意外と早かったな。」


「ナメないでくださいよ。私が何年シエル様の教育係をやってると思ってるんですか?最初から気づいてましたとも。」


「そうかい。……で?シエルは行っちまったが追わなくていいのか?」


「……どうせ団長が邪魔するんでしょう?」


「よく分かってんじゃねぇか。」


 二人は顔を見合わせお互いに少しの間沈黙するが、すぐに笑い声をあげる。


「……まぁなんだ、おめぇにもセティールにも悪ぃが今回は見逃してやってくれ。アイツにとっちゃ今日は何よりも大事なんだとよ。」


「どうやらそのようですね。よりにもよって団長に協力を仰ぐとは、余程の事なのでしょう。」


「なにスッとぼけてんだよ。シエルが今日何するか前から知ってたクセによ。」


 セルイレフの言葉にアリアスの表情が少し曇る。


ギルドチーム冒険者ですか……。正直私は反対ですが、陛下もよくお許しになりましたね。」


「まぁ反対したところで素直に聞くヤツじゃねぇからな。俺やシエルの両親の話聞いちまったら当然こうなるか。」


「それもそうですね……。」


 アリアスは自分の中で結論が出せない複雑な想いを胸に空を見上げる。


「シケたツラすんなって!相変わらず心配性だなおめぇはよ!」


「団長が図太すぎるんですよ。」


 豪快に笑いながらアリアスの背中をバンと叩く。それに対しアリアスは冷静に返す。


「……大丈夫だよ。アイツにゃ頼もしい友達ダチがいるじゃねぇか。俺たちゃ黙って見守ろうぜ?」


「…………。分かりました。さて、我々も仕事を始めましょうか。」


「あぁそうだな。セティールと宰相〝様〟にもしとかねぇと。」


「えぇ、でも団長は逃がしませんよ?聖王都との会合もしっかり働いてもらいますから。」


「へいへい。面倒くせぇが仕方ねぇな。」


 不気味に笑うアリアスとやれやれといった感じで肩をすくめるセルイレフ。二人は体に積もった雪を落としながら城内へ戻っていく。

 いつの間にか雪は止んでおり、低い位置から朝日が差し込み始めていた――――。

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