第五章/第六話:ロミナの希望

「はぁ……」


 離れていくウィバンの街を見つめながら、私は今日何度目かのため息を漏らす。


 やっぱり、一緒に行こうって言えば良かったかな……。

 そんな事を思う位、今の私は後ろ髪惹かれてる。

 ……折角逢えたのに、別れるのってやっぱり辛いな……。


「ロミナ。お主どうしたのじゃ。ずっとため息をきおって」

「……ううん。何でもない」

「何でもない訳ないでしょ? 正直に話せば良いじゃない」


 ルッテにそう答えたけど、フィリーネの言う通りだよね。

 でも、話せる訳ないよ。カルドがカズトだったなんて……。


「あ……もしかして……」


 そんな鬱々とした私を見て、ミコラがにんまりとすると、突然こんな事を言ってきた。


「ロミナ。おめーカルドの事好きになったんじゃねーの?」

「え?」

「だってよー。あの日お前俺達を振り切ってまで出掛けたじゃねーか。ひょっとして、やっぱカルドと逢ってたのか?」


 ミコラは茶化すように笑ってるけど……私、ちょっとあの日の事を思い出して、少しむっとしちゃった。


 カズトと会う約束をした日。

 一人で出掛けたのに、何故か皆が私をこっそり尾行しようとしてきたの。

 何とか現霊バニッシュを使って振り切ろうとしたんだけど、それでも追いかけて来るからおかしいと思ったら、追尾の水晶まで使ってて。

 後で聞いたら師匠に頼まれて渡されたらしいけど。あれのせいでかなり遅刻しちゃったんだから。


「ミコラよ。その話はもうせぬと、先日ロミナと約束したばかりじゃろうに」


 呆れたルッテの声に、ミコラがぎくっとする。


 そう。

 私、カズトの前では笑ったけど、本当は凄く怒ってて。師匠の屋敷に戻った後、皆に強く当たったの。

 プライベートな時間に踏み入って、勝手に覗き見しようとするなら、パーティーなんて解散しようって。

 流石にそれが堪えたみたいで、皆が謝ってくれて、同時に話してくれたわ。

 師匠が裏で糸を引いてたって。


 勿論師匠にも後で怒ったけど、皆にもそういう事はもうしない事と、この話は口にしない事を約束として取り付けたんだけど。

 ミコラってすぐそういうの忘れるんだから……。


「あ、いや、その。わ、悪い! だ、だけどよ。ウィバン離れてこんなにため息いてたら、そう疑ったって仕方ないだろ!?」

「……ロミナも、カルドと、一緒が良かった?」


 ミコラの言葉など関係なく、キュリアがそう聞いてくる。

 ……そういえば、あなたも随分カルドと一緒に居たそうだったよね。もし彼がカズトだって知ったらどう思うだろう?


「……そうね。居れるなら、居たかったかな」

「え? じゃあ貴方やっぱり……」

「ち、違うの! 好きとかそういう話じゃなくって。ただ、ほら! 命の恩人だし。もうちょっとちゃんとお礼したり、色々話したりしたかったかなって」


 フィリーネの言葉にどぎまぎしちゃったけど、咄嗟に嘘をいちゃった。


 そりゃ、私だってカズトと一緒がいいに決まってるもん。

 こないだのデートだって、闘技場の件は少し辛かったけど、凄く楽しかったし……嬉しかったし……。

 あの時、勇気を出して手を繋いでみたけど……。カズト、嫌じゃなかったかな……。


「じゃ、戻ろ?」


 キュリアがふんすと少しだけ拳を握って反応する。でも、私は首を振った。


「だーめ。カルドが断ってたんだし。無理矢理なんて可哀想でしょ?」


 本当は戻りたい気持ちはあるけど。

 ……きっとまた逢えるって約束したんだもん。


「……むぅ」


 そんな思いで口にした私の言葉に、キュリアが珍しく頬を膨らませて不貞腐れる。


「ほんと珍しーなー。もしかしてキュリアはカルドの事の好きなのか?」

「うん。好き」

「なぬっ!?」

「貴女、本気で言っているの!?」


 思わず驚愕するルッテとフィリーネ。

 勿論、私も凄く驚いた顔をしちゃった。


 でも、私達の驚きに、キュリアがこくりと頷いたのを見て、それが本当だって理解する。

 といってもこの子の場合、昔アシェを気に入って可愛がってた時みたいに、小動物が好き位の感覚だと思うけど。


 ……もう。

 前に一緒にパーティー組んでいた時もそうだけど、何でカズトはこうも皆を惹きつけるのかな。

 確かに優しいし、確かに一所懸命だけど。

 まあでも、キュリアはきっとカルドに惹かれてるだけだし、きっとカズトに興味はないよね?


「まあ、彼奴あやつも言っておったし、また何時か逢えるじゃろうて」

「そうね。きっとアーシェが導いてくれるわよ」

「うん」

「そういやロミナ。襟のブローチってどうしたんだ?」


 話が落ち着いたからか。突然矛先を変えミコラが私にそんな話を振ってきた。

 そう。そこにはデートでカズトから貰ったブローチをしてる。可愛らしかったし、服装にも合ってたし。

 とはいえ、貰ったなんて言えないもんね。


「これ? この間お店で見かけて、可愛いなって思って買ってみたの」

「そうじゃったか。誰か男からではないのか?」

「うん。そうだけど……」


 ……ルッテの妙な言い回し。何かあるのかな? なんて思ってたんだけど。続け様にフィリーネが私にこう問いかけてきたの。


「ロミナ。そのブローチの花がピュアミリアなのは知ってるわよね?」

「うん」

「ピュアミリアの花言葉は知ってるかしら?」

「花言葉? ううん。知らないけど」


 確かに花には花言葉なんてあるよね。

 でも私、そういうのに疎いから……。


「まあ知らぬなら、止むなしかもしれんな」

「そうね。自分で買った位だものね」


 意味深いみしんな表情をする二人。

 ……何か不吉な言葉なの?


「なあなあ? どんな意味があるんだ?」


 ミコラが食いついてそう楽しげに尋ねると。


「……『永遠の愛を誓う』じゃ」


 ……え?

 永遠の、愛?


 私がきょとんとしたのを見て、くすりとフィリーネが笑う。どこか呆れた顔だけど。


「ロミナ。覚えておきなさい。ピュアミリアはプロポーズで使われる花なの。自分で買ったなら仕方ないけれど、もし誰かから貰ったとしたら、もしかしたらその人に好意を寄せられてるかも知れないわよ」

「う、嘘!?」


 瞬間。

 私は恥ずかしさで真っ赤になった。

 だ、だってこれ、カズトがくれたんだよ!?


「……ロミナ。それ、誰かから、貰った?」


 キュリアが少しだけうたぐった瞳を向けてきたのを見て、私は慌てて手を振り否定する。


「そ、そうじゃないの! 私そんなのも知らずに自分で買って付けてたから、恥ずかしくなっちゃって……」


 思わず身を小さくしちゃって、何とか言い訳はできた。

 できたけど……。


 ……ねえ、カズト。 

 あなたはこの花言葉、知ってたの?

 そんな心のもやもやが一気に大きくなる。でも、その答えは再会しないと聞けないよね……。


 ……うん。

 ちゃんと答えを知る為にも、絶対またカズトに逢わなきゃね。

 私ももっと強くなって、今度こそあなたを見つけてみせるから。

 だから今度はちゃんと、胸を張って逢おうね。


 そして、その時には教えてね。

 このブローチをくれた理由を。

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