第58話 暴れる元生徒

 元生徒に呼び出された白い精霊は動かない。

 こちらをじっと見ている。


「契約精霊? 違うな。奴隷だよ」

「お前は、精霊に対する認識が間違っているな」


 精霊は、人の下位の存在ではない。

 そこをはき違えるとは、本当に魔導師としての素養が無い。


「偉そうに。馬糞の精霊を飼ったぐらいで魔導師気取りか?」


 俺の抱っこするジュジュを見て、そんなことを言う。

 暴言に傷ついていないか、心配になってジュジュを見た。


「……じゅ」


 先ほどまで怯えていたジュジュは今は全く怯えていなかった。

 白い精霊を心配そうに見つめている。

 性格劣悪な元生徒と契約させられた精霊を不憫に思っているのだろう。

 どうにかして白い精霊を救い出してやりたいという、俺の思いも強くなる。


「おい、ゴミクズ。あの勘違いしたおっさんを殺してやれ」

「ぎあ」


 白い精霊は口から氷の塊を撃ち出す。

 精霊だけあって、尋常ではない速さだ。威力も申し分ない。

 まともに食らったら即死だろう。


 俺は氷の塊に向かって、踏み込む。

 そうしながら、剣を抜き、氷塊を斬り落とした。

 白い精霊の撃ち出した氷塊は一発ではない。

 精霊らしく、激しい連続攻撃を繰り出してきている。

 それを全て、斬り落としていく。


「ふむ。すべて見えるな。しかも体が動く」

「ば、化け物」


 元生徒は、俺に氷塊を斬り落とされると思わなかったらしい。

 驚愕し、ひざをガクガク震わせている。


「人を化け物呼ばわりとは、失礼だぞ。礼儀を知らんのか」


 俺は剣を抜いたまま、元生徒に歩みを進める。


「く、来るな! 化け物!」


 先ほどまでの威勢は欠片もない。

 調子に乗り、こちらを侮り、馬鹿にしていた態度は消えた。

 完全に怯えきって、俺のことを本当の化け物だと思っているようだ。


「俺にはお前が化け物の幼体にみえるがな」

「ひぃいい。おい! ゴミクズ! さっさと殺せ」


 元生徒は、怯えながらも精霊を侮辱し命令する。

 そして、自分自身も俺めがけて、氷塊を撃ち込んでくる。

 その全てを剣で斬り落とした。


「悪あがきは止めろ。どうやらお前より俺の方が強いらしいぞ」

「くそが!」

「逃げるならまだしも……。ひざが笑っているから、それも難しいか」


 自分より強い者と対峙したとき、基本的に正しい行動は逃げることだ。

 自分より弱い者がいたときや、仲間のために時間を稼ぐ必要がある場合はまた違うが、今回はそうではない。


「いいから諦めろ」


 俺は一つ一つ魔法を斬り落としながらゆっくりと進んでいく。


「あ、じゅじゅちゃんだー」


 間の悪いことに、先ほどジュジュと遊んでくれた子供が通りかかった。

 子供がいるのは元生徒の斜め後ろ方向である。


 子供にはまったく危機感がないようだ。


 俺が激しい魔法攻撃を剣で斬り落としている最中ではある。

 だが、魔法は速く美しい。

 俺に斬られた氷塊が砕けて、陽の光に当たってキラキラと輝いているのだ。

 そして俺の剣も、ヴィリが作った宝石のように綺麗な刀身でできている。

 きっと、端から見れば、綺麗で幻想的な風景だろう。


 それに、俺自身、平気な顔で斬り落としているので、余計に危険を感じなかったようだ。

 もし逆方向、俺の後方から近づいてきていたら、元生徒の恐怖と驚愕に歪んだ顔に見えただろう。

 そうなれば、この状況の異常さに気づけたかもしれない。


 だが、運の悪いことに、子供は激しい戦闘が繰り広げられていると気づけなかったようだ。

 てくてくと、ジュジュを目がけて駆けてくる。


 俺は、少し慌てて叫ぶ。

「来るな!」

「お、お待ちください」


 どうやら子供の護衛は素人ではないようだ。

 俺が叫んだのと、ほぼ同時に状況の危険さにすぐに気がついた。

 子供を止めようとする。


「ざまああああああ!」


 元生徒は「ざまぁ」と叫びながら、子供目がけて氷塊を撃ち込む。

 俺の慌てた声を聞いて何か大切な存在がそこにいると考えたようだ。


 性格は劣悪だが、頭の回転は悪くないらしい。

 俺にやられるとしても、せめて俺の大切な者を害することで「ざまあ」と言いたいのだろう。


「くそが!」


 俺は子供をかばうために、全力で走る。

 だが、精霊契約済みの魔導師が放つ魔法より速く走るのは難しい。

 子供をかばおうと、護衛が抱きついて覆い被さる。

 残った護衛二人は素早く魔法の障壁を展開しようとした。

 護衛たちは凄腕の魔導師らしい。障壁の速度はかなりのものだ。


 だが、間に合いそうにもない。

 その護衛に、元生徒の放った氷塊が直撃しかける。あたれば即死は免れない。

 背中に当たれば、背骨を砕くだけでは止まらず、体を貫き、子供の命すら奪いかねない。


「あぁ……」


 防壁を展開しようとしていた護衛の悲鳴と同時に、元生徒の放った氷塊は霧散した。

 ほんの一瞬でも、消えるのが遅ければ、身体をはって子供をかばった護衛の命は無かっただろう。

 あとには、キラキラした輝く欠片だけが残される。


「不要だったか?」

 氷塊を防いでくれたのはシェイドだった。


「助かった! ありがとう」

「それならば良かったのだ」

「じゅ!」

「光栄なのである」

「そのまま護衛してくれ」

「任せるのである」


 俺は実体化しなくてもいいとシェイドに伝えたはずだった。

 だが、シェイドは状況から自分の頭で判断し、適切に行動してくれた。

 自分の読みの甘さを、シェイドの賢さに助けられた。

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