第41話 竜の精霊
大きな精霊の周囲にある鎖を斬り払うと、
「アアアアああぁぁぁぁぁ……ぁ」
精霊の叫びは徐々に小さくなっていく。
それにともない、天井、壁、床の全てを覆っていた白い物体が
「え? 壁が?」「がう?」
後方にいたリルとフェリルが戸惑いの声を上げている。
そして、ジュジュは大きな精霊をじっと見つめていた。
「ジュッ!」
まるで油断するなと言わんばかりにジュジュが鳴く。
「油断はしてないよ」
「じゅ」
そのとき、大きな精霊目がけて、再び不可視の嫌な感じのする鎖が伸びていく。
「甘い!」
その鎖を精霊に届く前に斬り落としていく。
ヴィリの作ってくれた剣はやはりすごい。
どうやら、不可視の魔力ですらない鎖すら斬れるらしい。
「…………いったいなにが?」
リルは不思議に思っているようだ。
鎖が見えないのかもしれない。
もしそうならば、大人しくしている精霊の周囲で剣を素振りしているようにしか見えないのだろう。
「ガウ!」
どうやら、フェリルは俺がなにをしているのか、わかっているようだった。
だが、近づきはしない。
俺は鎖が出現しなくなるまで三分ほど斬り続けた。
精霊は床にぺたりと横たわり、静かに眠っているようだ。
俺やリル、フェリルに懸命に攻撃を仕掛けていた眷属たちも同様である。
「これでヴィリのミッションをクリアしたことになるのかな?」
「グレンさん、最後は一体なにをされていたのですか?」
「いや、なに……」
俺はリルとフェリルに嫌な感じのする鎖について説明した。
「それを斬っていたのですね」
「リルには見えなかったのか?」
「はい」
「でも、フェリルには見えていたんだろう?」
「がう!」
どうやら、見えていたらしい。
フェリルが、そんなことを言っている気がしなくもない。
「ジュ!」
そのとき、ジュジュが鋭く鳴いた。
静かに眠っていた大きな精霊が徐々に変化を始めていた。
大きな精霊が少しずつ小さくなっていく。
精霊は、少しジュジュに似ているが、手足が太くて長く、羽を持っており、白かった。
その姿が、手足と羽はそのままに、胴体と顔が細くなっていく。
色は白から黒くなっていった。
眷属らしき精霊たちはゆっくりと消えていった。
死んだわけではない。
いつものシルヴェストルやサラマンディルみたいに姿を消しただけである。
だが、大きな精霊は消えない。
俺とリルたちが見守るなか、ゆっくりと変化を終える。
「これは……竜だよな?」
真っ黒な、とても立派で美しい竜がそこにいた。
学院の飛竜よりも一回り大きい。
だが、その身体から放たれる威圧感は、飛竜の比ではない。
圧倒的である。
竜からは全く嫌な気配はしなかった。
「だが、精霊なんだよな。精霊の竜ってことか?」
「私も初めて見ましたわ」
俺は竜の精霊を見たことがないし、竜の精霊が存在するとも聞いたことはない。
だが、竜の精霊がいても何の不思議はないのだ。
「じゅっじゅ!」
ジュジュは嬉しそうに手足をパタパタさせ、尻尾をぶんぶんと振っている。
竜に向けて、触りたそうに手を伸ばすので、俺は竜に近づいた。
「じゅ~」
ジュジュは、短い手を一生懸命伸ばして、竜の頭を撫でる。
すると竜はゆっくりと目を開き、ジュジュを見る。
「お主は……いったい……」
しばらく、竜はじっとして動かなかった。
「ああ、そうか。思い出したぞ。そうか、そうなのだな」
竜はゆっくりと人の言葉を話している。
どうやら、人の言葉を話せるタイプの竜らしい。
よほど知能が高く、強い、高位の竜で無ければ、人の言葉は話せないと言われている。
竜の精霊ならば、人の言葉ぐらい話せて当然と言う気はする。
魔獣の狼より精霊の狼の方が圧倒的に強く賢いように、普通の竜より精霊の竜の方が圧倒的に強く賢いのだろう。
恐らくこの竜は敬意を払われるべき存在だ。
高位竜になんと声を掛けるべきか悩んでいると、
「…………人の子よ」
竜の方から声を掛けてきた。
「礼を言おう。人の子らと精霊たちよ。姿が変わる前のことも覚えておる。我と我が眷属を危険を冒して助けてくれたこと、しっかりと覚えておる」
「忘れてもいいですよ。私たちには私たちの目的があってやったことですし」
あくまでもジュジュを助けるためにやったこと。
竜を助けたのは、主目的では無かったのだ。
「我と我が眷属を助けていただいた恩。けして忘れぬ」
「いえいえ、お気になさらず」
「どうか名前を教えてはいただけぬか? 先に名乗るべきなのだが、我にはまだ名がないゆえ無礼を許してほしい」
随分と丁寧で、礼儀正しい竜である。
「無礼などと思いません。俺の名はグレン・ランズベリー。この子はジュジュ。そしてリル・ペリシエとフェリルです」
リルもフェリルも丁寧に頭を下げている。
それに竜も頭を下げて返している。
人の頭を下げるという礼儀を、竜は知っているようだ。
「グレンさま」
「さまは付けなくていいですよ」
「……命を救われたうえ、更に願いを重ねるのは厚かましいとは重々承知なのだが、我が願いを聞いてはいただけないだろうか」
「叶えられるかどうかはわかりませんが、おっしゃってください」
「名も無き我に、名前をつけてはくれぬだろうか」
「名前ですか? ……それは」
こんな立派な竜に名付ける自信は無い。
俺には名前を付けるセンスが無いのだ。
それに精霊にとって名付けの意味は大きいのだ。
「グレンさまにしか頼めないことなのだ。それにこの名付けはジュジュさまにも影響のあること」
「そうなのですか? 理由を聞いても?」
「うむ」
そして。竜はゆっくりと話し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます