22-5 雷刃の魔女王〜Reveriena=Barschheit

「わらわが。ガレオン国女王。レヴェリーナ・バルシュハイトじゃ。面を上げ……。下がってはおらんな。『カヴン』一行」


 北欧ガレオン国。ラウス神聖国と同規模の大国である。先のニクライ戦争で得た利益によって、さらに発展した。魔道具の研究と生産が活発な魔導技術大国でもある。国民の殆どは当然ながら人間であるが、その王は。


「(……知らなかった。ガレオンの女王って、『魔女』だったんだ……!)」


 ある程度の練度があれば、相対する者の魂を把握できる。眼の前の玉座に座る『老人』が、魔女であるとギンナは驚いた。

 金糸雀色カナリーイエローの髪と瞳。プラータやジョナサンを思い出すようなプレッシャーを感じる。


「初めまして。レヴェリーナ女王。私は『銀の魔女』ギンナ・フォルトゥナです。こちらは同じくユインと、シルク・パーガトリー。それと」

「はっ! ははははじめまひて! あっ噛んだ! めまして! メメルティです!」

「…………」

「ギンナ。ユイン。シルク……」


 代表としてギンナと、エトワールから引き継いだものの確認の為にユイン。案内役にシルク。そして長期滞在の許可を得る為に責任者のメルティの4人で、訪問していた。

 魔女は跪かない。へりくだらない。敬語ではあるが、特別敬うこともない。

 上下関係の外に居るからだ。


「……と、メメルティか」

「いえっ! すいませっ……。メルティです!」

「ああすまぬ。メルティ。話は聞いておる。オスロにそなたらの『学校』を建てて運営したいと、そうじゃろう」

「はいっ! そうでしゅ!」


 会話として分かりやすく、表世界の地名でノルウェー首都である『オスロ』と呼んでいるが。実際はガレオン国にとっては首都ではない、普通の街である。裏世界ではフィオーレという名前だ。


「……緊張せずとも良いのじゃが……。わらわは怖く見えるか?」

「いひぇっ! めっしょーもありませっ!」

「メルティさん、落ち着いて」

「あわわわ」


 上がり症のメルティはぶんぶん揺れており、ギンナが宥めても会話にならない。それを自身の醸し出す雰囲気のせいだと思ったレヴェリーナは、玉座から立ち上がった。


「ではこれでどうじゃ」

「!」


 パチン、と指を鳴らすと。170はあろうかという長身の老婆はみるみる縮んでいき、130ほどになった。しかも弛んでいた肌はきめ細かく張りも出て、顔面も幼くなっていく。


「どうじゃ。日本のアニメを参考にしたのじゃ。『ロリ』というキャラクターは女王なのじゃろう?」


 自信満々の笑みを湛えた『幼女』が、ドレスをぶかぶかにして腕を組み、ぺたんこな胸を張り、仁王立ちしていた。


「変身魔法ですね」

「そうじゃ。……なんじゃ驚かんのか」

「私達も変身はできますから」

「つまらんのう。そう言えばそなたらは全員『魔女』じゃった」


 ギンナは、この女王は話しやすい人だと思った。相手に合わせて姿を変えるのは魔女の特権であり、配慮だ。

 メルティの方を見ると、顔を赤くして驚いた表情をしていた。


「か……可愛い……っ!」

「む。効果アリか? メルティよ。これで忌憚なく話せそうか」

「あ……。そっか。ありがとうございます女王陛下!」


 その意図に気付いたメルティは、胸に手を当てて深く頭を下げた。


「うむ。話を進めよう。あちらのテーブルに着くが良い」






✡✡✡






「『星海の姫』ネヴァン・エトワールとは同郷での。共にフランスのリヨンで育った。が、フランス革命が始まると奴の一家は外国へと逃げた。わらわはそのまま戦闘に巻き込まれ、命を落とした」


 用意された、大理石のテーブル。レヴェリーナの話に耳を傾ける一同。


「わらわは死後直ぐに目覚めた『放電の魔法』により死神に克ち、裏世界へ堕ちた。様々な国を転々とし、流れ着いたのが北欧じゃ。……その後は魔法を使って、表世界の真似事をした。『電気』というエネルギーは素晴らしい。それを軸に、国を興した。当時の北欧裏世界は今の裏アメリカのように混沌としておっての。皆、戦に疲れておった。それらをひとつにまとめ上げる求心力として、わらわが名乗りを上げた。ガレオンはそうして出来上がったのじゃ」


 放電の魔法。『金糸雀色』の特徴なのだろうかとギンナが思考する。


「じゃがまあ、規模がどんどん大きくなるにつれ、わらわひとりで国中の電力は賄えなくなった。そこで代替として魔道具へ手を伸ばした訳じゃ。その切っ掛けをくれたのがエトワール。まさか裏世界で再会するとは思っても見なかったがの。あやつは『怪物』に成っており、記憶は欠如していたが」


 ガレオンには、エトワールの研究所がある。フランは何度も出入りしてる筈だ。そのフランの口利きで、今日の『会合』が実現している。本人は今頃、あの爆発の少年を叩きのめしている最中だ。


「お陰でガレオンは発展した。『カヴンメンバー』が後ろ盾じゃったから当然じゃろうがな。当然、その研究も共有しておる。勿論、そなたらカヴンとは協力したい。学校でも何でも、良い。メルティよ」

「あ、ありがとうございます!」


 メルティは再び、テーブルに当たるかというほどの角度で頭を下げた。


「で、次はそなたじゃな。ギンナ。いや、『銀の魔女』」

「はい」


 次に、ギンナと眼を合わせる。


「エトワールがそなたらへ引き継いだ土地や建物については、こちらで纏めさせよう。フラン・ヴァルキリーは『そういうの』苦手じゃろ。どうせ」

「……ご存知ですか」

「生意気な娘じゃ。あちらもわらわを快く思っとらんじゃろ。じゃから今日、顔を見せんのじゃ」

「……あはは」

「全く。まあそれは良い。聞けば、ウチのドナルドとやり取りをしていたそうじゃの。シルクよ」


 ドナルドとは、ニクライ戦争の戦後処理の場に居たガレオン国の大使である。


「はい。何度か依頼を受けました」

「報告書は拝見した。随分と破格で受けてくれたのもじゃの」

「リピートして欲しかったので。サービスですよ」

「わっはっは」


 4人が解散してから、シルクはガレオンでも仕事をしていた。

 ギンナが関わっていないだけで、すでにこの国と『銀の魔女』は繋がっているのだ。


「これからも末永く頼むぞ。『カヴン』よ」

「はい。こちらこそ。良い関係を築きたいです」


 取り敢えずこれで。当初の目標は達成された。フランやエトワールのお陰で、スムーズに話が進んだのだ。






✡✡✡






「せっかくの客人をタダで帰すのは忍びない。『ガレオン』を紹介しよう」


 レヴェリーナはそう言った。ギンナ達は期待しつつ、彼女の後を追う。


「先日、『R.C.リバースカロライナ』が魔力爆弾という大量破壊兵器を発表したじゃろう」

「はい」


 やってきたのは、ガレオン首都にある、巨大な研究所。魔道具の最先端。


「各国は慌てておるが、ガレオンは違う。既に、同程度の武力は開発済みじゃった」

「えっ」


 壁一面に並んだガラスの水槽。そこに入っている『モノ』は、ギンナにとっては驚くべきものだった。


「……『怨霊』……!?」


 水槽に怨霊が、所狭しと詰められていたのだ。


「その通り。今年の夏の『怨霊災害』時に、独自に捕獲したのじゃ。これを用い、『怨霊兵器』を開発した」

「!」


 怨霊被害は、人間には止められない。魔女や死神が居て初めてどうにかできる代物だ。建物を壊し、馬を殺し。人に乗り移り、ゾンビとなる。エクソシストはどこにでも居るわけではない。その依頼料も、一般人にはとても払えない。


 そんな怨霊を街に放つだけで。下手な爆弾より悲惨なことになる。


「操れるんですか?」

「指向性を持たせることは成功した。まだ不完全じゃが、2年後には実用できるじゃろう」

「……!」


 怨霊は、死後も現世にしがみつく『悪意』の塊だ。浄化せずに堕ちた魂。近くに居るだけで精神に悪影響を及ぼす。だから、ギンナはあの時、必死になって世界を救おうとしたのだ。


「そんな……」

「そして今は、『別の研究』も進めておる」

「!」


 現在。シャラーラのお陰で、『魔力家電』が生活必需品となった裏世界の社会。元々魔道具を専門としていたガレオンと、元々魂の研究していたエトワール。


「怨霊を含めた『死後の魂』の一部を、『武器』へと内蔵する研究じゃ」

「……武器?」


 その目指した場所。


「プロジェクト『祈械オラシオン・マキナ』。魔道具を、さらに拡張する計画じゃ。……最高機密じゃぞ? 他言は無用じゃ」

「…………それって」


 ギンナがヴィヴィから貰った、シャラーラとエトワールの研究資料。そこに書いてあった計画名だ。


「分かりやすく説明しよう。『魔法を剣に閉じ込める』。パイロキネシスの魔法を戦鎚に込めて、振れば炎が出る。わらわの魔法を刃に入れると、振れば雷が出る。凍結の魔法を槍に詰めると、振れば氷が出る。それを高いレベルで実用化するには、今は『魂ごと』入れる必要があるがの。つまりひとり犠牲にせねばならぬ」

「……!」


 軍事。

 裏世界は、戦争の絶えない混沌から。大量破壊兵器の牽制による不安定な秩序の時代へと変遷していく。その兆しが見え始めている。


「実用化すれば、それぞれが魔力爆弾に匹敵する火力になる想定じゃ。ガレオンには魔女は少ない。人間の兵士が攻撃魔法を携帯できるというのが、このプロジェクトの強みじゃな。まあ、まだまだじゃがな」

「……女王」

「レヴェリーナで良い。ギンナ」

「……レヴェリーナさんは、どうして人間の王に?」

「…………ふむ」


 依然、幼女姿のままのレヴェリーナ。小さく短い指を顎に当てる。


「ガレオンは王政での。つまり民主化はしておらぬ。わらわの独裁と言って良い。じゃが、わらわは人間ではない。さらに、寿命も無い。……分かるか? 人間にとって理想とも言えるのじゃ。建国した当時のテンションのまま、わらわが永劫治める。汚職も腐敗も無い。暗殺もされぬ。世代交代が無い。わらわが『まとも』である限り、この国は『まとも』なのじゃ。じゃから、ただ『女王』と名乗る。初代じゃが末代でもある。ガレオンという国は、わらわのことじゃ。わらわが死ぬ時、ガレオンは滅びる。ガレオンが滅びる時、それはわらわの死を意味する」


 『魔女王』の支配する魔道国家ガレオン。『人道的な独裁』であるこの国の民達の満足度は、非常に高い。


「ま、時代に飲み込まれぬ先見性も必要じゃがの。魔力爆弾の発想には恐れ入った。わらわも負けておれぬ。明日、記者会見があるんじゃ。さて『どれ』を発表して、裏世界を驚かせてやろうかのう?」


 不正の無い魔女による統治。そして軍事。これからの主戦場となる『魔法兵器』の最前線を往くガレオン。


「……レヴェリーナさん」

「なんじゃ?」


 自然と出た。ギンナの口から。正に『それ』が足りないと、分かっていたから。


「カヴンに入りませんか?」

「!」


 カヴンは13人。現在10名。

 あと3席、空いているのだ。エトワールが抜けた席が。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る