13-4 無垢の罪人

 仲の良さに。つまり親密さに。

 過ごした時間は関係ないと、僕は信じている。


 格好悪いだろうか。


 あれは4歳になったばかりの時だ。父親の仕事の都合で、世田谷区に少しだけ、住むことになった。


 覚えているよ。


 アパートの近くの公園で遊んでいた時に、出会ったんだ。川の近くにある公園。


「あそょぼ!」


 『にこー!』と、背後に書いてあるかのように満面の笑みで。……まあこの感想は成長した僕が思い出して後付けしてるんだけど。とにかく、別の所から来た僕を誘ってくれた。『無垢』で可愛らしい笑顔で。


 その子の名前は『あんなちゃん』と言った。


「おなまえはぁ?」

「りっく」

「りっくん!」


 母親から、そう呼ばれていた。最初の一文字しか合ってないけど。いや、その頃はもう、色んな呼ばれ方をしていた気がする。りょっちとかりょりょすけとか。母親も母親でいつも楽しそうな人だったから、ノリで適当に呼んでいた節も否めない。


 とにかく、僕はあんなちゃんとすぐに仲良くなって。

 日が暮れるまで遊んでいた。


 親同士もそこで知り合って、仲良かったと思う。また今度、あんなちゃんと遊ぼうねと。うん! と元気よく返したっけ。


 その頃、確か戦隊モノが大好きで。番組の都合上、そのまま女の子向けの変身アニメも観ていて。男の子とも女の子とも話が合った気がする。あんなちゃんは魔法少女が好きで、公園にもいつも、塗り絵とか、絵本を持ってきていた。

 そのアニメでは、ヒロインの子は魔法を使って変身して、色んな魔法を使うんだ。確か、あんなちゃんちに遊びに行った時に見せてもらったビデオを覚えてる。空を飛びたいというゲストキャラの子の願いを叶えて、魔法で浮かして、一緒に空を飛んで冒険していた。あんなちゃんはそれをもう、何度も見返してるらしい。いつもねだるんだと。その、お空に浮くお話を。


「あんなちゃんはぼくがまもる」

「りっくん! かっこい!」


 どのタイミングで言ったっけな。う。恥ずかしいな。

 この時の強く残ってる印象として、あんなちゃんは戦隊モノには興味が無かったのに、僕のことを『格好良い』と褒めてくれたことだ。それはその当時、きちんと理解できていた。この子は、僕の為に僕を褒めてくれているんだと。


 多分、その日からだったと思う。家に帰ってから、『あんなちゃんとけっこする!』と言い出したのは。


 嬉しかったんだ。だから僕も、彼女の喜ぶことをしようと思った。


 そう。

 飛ぼうと思ったんだ。






✡✡✡






 覚えているよ。だって。僕の人生はそこで終わったんだから。それが全てだった。あんなちゃんとの思い出しか無い。

 飛べると思ったんだろうな。普通に落下死……いや、溺死だ。川に飛び込んで。


 シーンがあったんだよ。そのアニメに。土手を一望するシーンが。


「……死、神」


 僕はそこで。

 世界と裏世界の理を知った。


「……凄い精神力ね。良いわ。まだ幼いけど……。鍛えてあげる」


 死神の力は、僕に再びやる気を与えた。何故なら、見たからだ。僕が死んでからの、家族を。あんなちゃんを。泣き叫んでどうにもならない、皆を。


 あんなの、見過ごせない。これからずっと、あんなちゃんは悩むことになる。そんなの、可哀想だ。


「魂を、操る」

「そう。できるわ。死神はね。強過ぎるのよ。だから、自制が必要なの。規律が必要なの。現世に悪影響を及ぼさない。これに殉じる必要があるの」


 僕は力を付けて。それを決行した。規律違反だ。だけど、僕がどうなったって良いと思った。


 あんなちゃんの中の、僕に関する記憶を封じた。そんなに緻密で細かいことはできないから、彼女の5歳までの、4年間の記憶を。まだ間に合う。幼児期健忘の期間内だ。忘れていても何も不思議じゃない。誰も怪しまない。

 当然、お互いの両親もだ。僕は、生まれてない。まだふたりは若いんだ。ふたりめを。その子には、ありったけ愛情を。


 それから。


 僕のことは忘れて、幸せに暮らしてほしい。僕は、世田谷区に近付くことはしなくなった。


 12年後。


 たまたま、応援に向かっていたそこで。12年振りに来た世田谷で。懐かしいなと思いながら、担当予定の死者の『狭間の世界』へ入ると。


「銀条……杏菜」


 成長した君が居たんだ。






✡✡✡






「……!? なんだ、この着信履歴は」


 仕事終わり。ケータイの電源を入れ直すと、200件以上の着信履歴があった。


 ギンナからだ。間違いなく異常事態。すぐに折り返した。


『出たっ! やっと……! 馬鹿っ!!』

「わっ。……ええと、フランかい」


 1コール目が始まった瞬間に出た。相手はギンナじゃなかった。あのケータイをギンナに渡してから、フランからしか掛かってきたこと無いんだが。

 フランは、ギンナと一緒にイングランドで住んでいる『魔女』仲間だ。他にもユイン、シルクが居る。4人で『銀の魔女』を名乗り、魔女活動を行っている。

 あまりニュースにはならないから、活躍の程は分からないけど。


『早く来なさい! ギンナが!』

「……何があったんだ。僕は今仕事が――」

『死んじゃう!!』

「!」


 悲痛な叫び。泣き嗄れた声。

 緊急事態だ。その必死さは、電話越しでも充分に伝わった。何かが起きている。今度こそ。

 間に合わせなければいけない。


「ヒヨリ! 後は頼んだ!」

「はぁっ!? ちょ……此岸長!? まだ書類が――」

「はい鍵! これでデスク開けて印鑑出して勝手に押して! 僕は急用だ。一刻を争う」

「……は」

「責任は全部追うから! 今日だけは駄目だっ!!」

「はいぃっ!!」


 デスクと金庫の鍵をヒヨリにぶつけて。死神世界を出た。


「……あんなちゃん……!!」


 なんで。

 あの子ばっかりいつもいつも、なことになるんだ。あんなに優しい子が。暴走車両に、人攫いに。今度はなんだ。


「……くそっ!」






✡✡✡






「!」


 また、着信音。


『あっ! アキバ! 駅、前! テレポートするからっ!』


 それだけ聴こえて、またぶつり。秋葉原? これから、イングランドへ行かなければならないのに。


「……魔女の魔法か」


 僕は即座に反転し、方向を東へ。東京の方へと向かう。死神の速度で。全速力で。


「駅前……って、どっちだ? ……外国人として考えるなら……電気街口か」


 現在、午前2時。終電はとっくに終わってる。イギリスと日本の時差は8時間だから、向こうは午後6時か。


「クロウ!」

「……ユインか」


 無地のTシャツにジーンズだけ穿いたユインが立っていた。髪も乱れてる。それだけ、事態が芳しくないことが分かる。


「手! 掴まって!」

「……っ」


 その右手を掴んだ瞬間。

 景色が高速で反転した。


「!」


 同時に、明るくなった。『午後6時イギリス』に来たんだ。一瞬で。


「ここは」


 ギンナの魂は感じない。ここは、森の中の家だ。だけど、屋根も壁も崩れてる。


「フラン!」

「ここ!」


 ユインが叫ぶと、フランが崩れた家の中から飛び降りて来た。頭から地面に激突した。

 けどすぐに立ち上がった。


「早くっ!」


 『銀の眼』の幽体は特別に頑丈だ。2階から顔で着地しても何ともない。まあ、人間性は失うかもしれないけれど。

 とにかく、フランもユインの左手に掴まった。


「!」


 また、視界の反転。直後に、目の前に日本の武家屋敷が現れた。


「こっち!」


 そのまま、ユインに手を引かれて門の中へ。連続でテレポートすると少し酔う。


「うっ」


 ユインが、よろけた。魔力枯渇だ。テレポートは便利だが、その距離に比例して、魔力を多く消費する。このギンナの居る武家屋敷から秋葉原へ、そして秋葉原からあの家へ、最後にまた、家から武家屋敷へ。

 流石に、飛ばしすぎだ。


「ギンナは……」


 この部屋だ。僕がユインを担いで入る。ギンナは、畳の和室に引かれた布団に横たわっていた。

 布団の両サイドから、『ドラゴンスレイヤー』カンナと、シルクが手を握っている。魔力供給か。確かに『銀の眼』へ供給できるのは同じ銀か、上位種の金しかない。


「死神様」

「……巫女か。じゃあここは」

「俺の病院だ」

「!」


 珍しい『桜色』の巫女。ならば彼女は例の犯罪者の娘、『倉橋亜梨沙サクラ』か。そして彼は吸血鬼のテス。ここは裏世界法務局監視下の『怪物病院』。噂には聞いていたけど、ギンナ達のかかりつけ医だったのか。


「ぅっ……。もう、ちょっと苦しいです。ユイン、交代を」

「……はぁ。無理。ごめん。今のテレポートで私もガス欠」

「…………そんな」


 状況は。どうなってる。なんで、ギンナの魔力が、供給したそばから減り続けてるんだ。そもそもここに僕を呼んだ理由は――


「あんたが」

「!」


 ガシ、と、右の肩を掴まれた。フランだ。


「ギンナを、『魔女』にするのよ。それしかないのっ」

「……!? どういうことだ」


 意味が分からない。ただ、フランの手は震えている。切迫している緊張感しか伝わらない。何が、どうなっているのか。


「『無垢』の状態で700以上の魔力消費を、間髪入れず『2度』行いました。その魔力枯渇症状が数日治まりません。前例はありませんが、恐らくは『魔女の幽体でない』ことが、改善を受け入れない原因だと思われます」

「…………魔女でない……?」


 ギンナは。

 確かに『無垢』だった。魔女には成っていなかった。それは、『未練』があるからだと思っていた。


 けど。両親のことを解決しても、まだ『無垢』のままだったのか。何故だ。どうして。


「………………」


 フランだけでなく。ユインも。シルクも。僕を見ていた。


「…………まさか、僕……か……?」


 ギンナは、最初から魔力量が多かった。生まれつきの才能だと思っていた。『銀の眼』だったということもある。『銀の魔女プラータ』に奪われて、どうにもできなくて自分の無力を嘆いた。そもそも彼女が死んだことで、動揺していた。


 ……僕が、あの時。『あんなちゃん』のきおくに手を加えたから。

 彼女の魂に、変化が起きてしまったのだとしたら。


「…………!」


 また、僕だ。

 僕のせいだ。


「――分かった。ギンナを、『魔女』にする。少し、離れていてくれるかい」


 この子を失う訳にはいかない。彼女こそが僕の、存在価値なのだから。


「……魔力供給を、やめろって言うの?」


 左手の方には、もう3人掛かりでやっていた。フランなんかすぐに限界が来る筈だ。


「ああ。僕がなんとかする。……信じて欲しい。僕は、ギンナが一番大事なんだ!」

「………………カンナ。離しましょう」

「本当に、大丈夫?」


 シルクが、離した。続いてユインも。そうだ。他の子が居たら、多分成功しない。

 カンナも離してくれて。最後にフラン。


「…………頼んだわよ」

「ああ」


 思い切り、睨まれた。それで良い。僕は罪人だから。


「!」


 魔力を、全て。魂ごと。


「オイオイ、『漆黒』の魔力は誰からも供給してもらえるが、誰にも供給できねえ、『銀の眼』と真逆の魔力だぞ!?」

「……そんなこと、彼も分かってる筈です」

「ならっ」

「テスさん。私達は、彼を信じます。……これまでの彼の、行動から。ギンナを大事に思っているのは、間違いなく本当で。その一点だけは信頼できます」


 ありがとう。


 ――ギンナへ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る