第8話 主人公-8


          *


 バックネット裏に立った仙貴は、活気のある愛球会の面々の中でも、駆けめぐるしのぶと朝夢見の姿を目で追っていた。

 練習終了後、ゆっくりとグラウンドに入ってきた仙貴に、朝夢見はいち早く気づいた。

「どうしたの、仙貴?」あゆみ

「いや、朝夢見が、クラブに入ったって聞いたから」仙貴

「見にきたの?」あゆみ

「まぁね。やぁ、しのぶちゃんも、入ったんだね」仙貴

「ぅん」しのぶ

しのぶは泥だらけの姿が少し恥ずかしく、はにかみながら答えた。

「よかったら、仙貴もどう?」あゆみ

「ふふ。野球、っか」仙貴

「嫌い?」あゆみ

「打つくらいなら」仙貴

仙貴は近くにあったバットを掴んだ。

「いいわよ、投げてあげようか?」あゆみ

朝夢見はそう言うとマウンドに駆けていった。そして、池田を呼んだ。

「ちょっと、捕ってくれない?」あゆみ

「ぅ、うん」池田

池田は、言われるままに座った。

「いくわよ」あゆみ

 大きく振りかぶった朝夢見の左腕から繰り出された速球は、重い音を響かせてミットに飛び込んだ。と、池田は、体勢を崩して倒れた。唖然とする周りとは裏腹に朝夢見は、ニコニコしながら、平然と言った。

「どうしたの、仙貴。打てないの?」あゆみ

言われた仙貴もにやにやしたまま、

「いや、大丈夫だよ」と答えた。

ボールが池田から朝夢見に返った。朝夢見は、注目の集まる中で、ゆっくりと振りかぶって、投げた。剛速球がキャッチャーミットに収まった。池田は辛うじて支えることができた。しかし、掌はじんじん痺れて、しばらく動けなかった。

「なんだよ、あの球は」山本

「サンディより速いんじゃない」小林

「バカ、江川より速いよ」高松


 朝夢見はボールを受け取って、次の投球動作に入った。仙貴のフォームに緊張が走った。朝夢見が投げた。剛速球。仙貴が振った。と、快音を放って、ボールは高々と舞い上がり、バックスクリーン、スコアボードを直撃した。

 感嘆の声が漏れた。朝夢見もバックスクリーンを仰いで、ボールの行方を見つめていた。が、ホームに振り返ったその顔には、笑顔が溢れていた。

「やるわね」あゆみ

「まぁ、よく飛んだね」仙貴

「じゃあ、本気でいくわよ」あゆみ

その言葉に池田は慌てた。

「ち、ちょっと待ってよ。これ以上速かったら、捕れないよ、俺」池田

「いいから、座ってなよ」仙貴

「いくわよ」あゆみ

完全に二人のペースだった。投げる朝夢見の剛速球。それに相対する仙貴のスイング。信じられないような剛速球に、仙貴は振り負けず合わせてきた。しかし、打球は、前に横に、飛んでいき、二人の対決は五分に見えた。

 注目を集めた対決は、二人の笑顔で幕を閉じた。仙貴は、笑みを浮かべたままバットを寝かし、朝夢見も笑顔でマウンドを降りた。

「さすがだね」仙貴

「なに言うのよ」あゆみ

二人が振り向くと、愛球会の面々は唖然とした表情で二人を見つめていた。

「どうしたの?」仙貴&あゆみ

「どうしたの、って」一同

朝夢見と仙貴は顔を見合わせて不思議がった。


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