29話「冒険者ギルドに登録するみたい」
迷宮都市サラセウム、姫たち一行がたどり着いたダンジョンがある都市の名である。円形に囲まれたそびえ立つ石造りの外壁の高さは十メートルもあり、強固なものとなっている。
ただ、その外壁は外部からの侵入を防ぐための防波堤の役割をしているのではなく、どちらかといえば内部のものを外に出さないためにする方が大きいと言える。
都市サラセウムの主な収入源となっているダンジョンから入手できる魔物由来の素材や特定の場所のみに自生するダンジョン産の薬草は、サラセウムだけでなくこの国を潤してくれるなくてはならない存在である。
しかしながら、そんな恩恵をもたらすダンジョンは時として人々に牙を剥いて襲ってくる場合がある。それがダンジョンの暴走、所謂スタンピードである。
通常ダンジョンから魔物が出てくることはないのだが、稀に大量の魔物が発生しそれらがダンジョンの外部にまで影響を及ぼすことがあるのだ。
そうなった時のために、魔物を他の都市に行かせないようにするためのストッパーの意味を成しているのが、サラセウムを取り囲む外壁という訳である。
サラセウムに入った姫たちは、ひとまず宿を確保することにした。そして、情報収集のため一度商業ギルドへと赴くことにしたのである。
「ダンジョンについて聞きたいんですけど?」
商業ギルドに到着した姫は、開口一番ギルドの受付嬢にそう投げ掛ける。するといろいろと教えてくれた。
まずダンジョンを利用するためには冒険者ギルドに登録してギルドカードを発行しなければならず、それ以外の人間では特別な許可がない限りダンジョンに入る事すらできないとのことらしい。
ダンジョンで入手したものについては冒険者ギルドか商業ギルドのどちらでも取引可能とのことだが、冒険者ギルドの方が若干買い取り金が高くなっているため、素材の売却は冒険者ギルドで行った方がいいと受付嬢は教えてくれた。
詳しい話は冒険者ギルドで聞いた方がいいと言われたので、教えてくれた受付嬢に礼を言ってすぐに冒険者ギルドへと向かった。
冒険者ギルドは商業ギルドとは異なり、些か簡素な造りの建物だという印象を受けた。接客業務が主な業務内容となってくる商業ギルドにとって建物の見た目も大事ということなのだろうが、同じギルドでもこうも違うものかと姫は思ってしまう。
いつまでもギルドの入り口で突っ立ていても他の人間に迷惑なので、すぐに中に入る。建物内は左手と正面に受付カウンターがあり、右手側に一段下がるように設置された階段があってそこには十数組のテーブルと椅子が並べられており、どうやら酒場になっているようだ。
姫たちがギルドに入った瞬間こちらを窺うような視線が飛んできたが、ほとんどがすぐに興味を無くしたように視線を逸らした。とりあえず入り口から一番近いカウンターに向かっていると、上半身裸の筋骨隆々な男が立ち塞がってきた。
「ようよう嬢ちゃんたち、まさか女のくせに冒険者になろうなんて言うんじゃねぇだろうな?」
「そうだけど、それが何か?」
相手の不遜な態度に対しぶっきらぼうに姫は答えた。それを聞いた男が鼻を鳴らしながらこちらを見下したように吐き捨てる。
「嬢ちゃんみてぇな女には冒険者は無理だ。悪いことは言わねぇからやめときな」
「それを決めるのはあたしたちであってあんたじゃないわ。用がそれだけならどいてちょうだい」
姫の態度が気に食わなかったのか、男の顔が険しくなっていく。姫を守ろうとミルダとミャームが前に出ようとするのを右手で制し、男と対峙する。
(せっかくのテンプレだし、ここはその流れに身を任せてみますかね)
地球にいた頃の彼女は常日頃から異世界に行ったときのシュミュレートを毎日欠かさず実行しており、こういった場合の対処法もいくつかピックアップしてある。
ただ、それはあくまでも相手の出方次第となってしまう部分が大きく、このあとの男の行動で対処の仕方も変わってくる。
「てめぇ、冒険者をなめてんじゃねーぞ!!」
(キタっ)
相手の出方を姫が観察していると、男が太い腕を振り上げ彼女に拳を振るおうとしてきた。その様子を見ていた冒険者たちの中には、何もそこまですることはないだろうと顔を歪める者や女の冒険者に至っては顔を背け小さな悲鳴を上げていた。
しかし、男の行動は姫にとって想定の範囲内の出来事であり、寧ろどちらかといえば対処し易い部類に入るものであったのだが、世の中自分が予想していたものとは違った結果になることはままあるようで――。
「ぐぼおっ」
「薄汚い手で我が主に触れるな!」
「お前臭いニャ。ちゃんと体を洗って出直してくるニャ!」
主人である姫の身に危険が及ぶと知って、ミルダとミャームが黙っている訳がないということを姫は失念していた。両者とも最初に出会った時の第一印象は姫にとっては悪いものであったが、今では自分の命を掛けて彼女を守るほどの忠誠心が芽生えていた。
それだけ姫の彼女たちに対する待遇は良く、奴隷としてこれ以上ないほど恵まれていると二人は感じていた。
男の拳が届く前にミルダの拳とミャームの蹴りが、男の腹に突き刺さる。手加減なしの二人の攻撃は凄まじく、百九十センチはあろうかという男の巨体が宙を舞い、最終的に誰も座っていなかったテーブルに激突することでその勢いが止まった。
その光景を目の当たりにした瞬間、ギルド内が静寂に包まれる。そして、男が二人の女性に吹き飛ばされたことを理解すると次第に騒然とし始めた。
「な、なんだ今のは!?」
「グレゴリが一発で吹き飛んじまったぞ」
「あの亜人の奴隷どもどんな腕力してやがんだ」
周囲が騒がしくなる一方で、姫は自分が予想していた結果とは違う内容となってしまったことに呆気に取られていた。
彼女の予想では、男の攻撃を躱しミルダとミャームがやったように腹に肘鉄を食らわせ吹き飛ばそうと考えていたのだが、彼女が動く前に二人が攻撃してしまったため頭の中で考えていた行動に移ることができなかったのだ。
「主、お怪我はありませんか?」
「ご主人を傷つける奴はニャーが許さないニャ」
まるで一仕事終えたと言わんばかりに清々しい顔をするミルダとミャームに対し、本当は自分が攻撃するはずだったのに邪魔をするなと叱るのは少々大人気ない気がしたため、ご苦労様という言葉で二人を労う。
そして、その言葉を聞いて彼女たちの顔がますます喜びで光輝く。ミルダに尻尾が付いていたら、間違いなく千切れるほどに左右に揺れていたことだろう。実際尻尾のあるミャームがそうなのだから。
とりあえず、予想とは違ったがテンプレを乗り切った姫たちは当初の予定通り一番近い受付に足を向けた。
「よ、ようこそ冒険者ギルドへ。本日はどのような用向きですか?」
「冒険者の新規登録をしたいんだけど?」
「ではこちらの用紙に記入をお願いします。わからないところは空白で結構です」
そう言って受付嬢に渡された用紙に必要な情報を書き込んでいく。先ほどの騒ぎを見ていたのか若干対応がぎこちなかったが、すぐに平静を取り戻し対応してくれた。
記入項目は簡単なもので名前・特技・使っている武器というシンプルなものだった。ちなみに登録料は無料である。
必要事項を記入したあと、受付嬢が冒険者ギルドについての簡単な説明をしてくれる。具体的には以下のようになる。
・ランクは☆で表記され、最高ランクは星十個。
・ランク昇級はギルドで判断され、場合によっては試験を受けてもらうこともある。
・冒険者同士のトラブルに関してギルドは関与しないが、犯罪などを犯すと相応の対処はする。
・特定の状況下においてギルドは特例措置を取ることができ、冒険者はそれに従う義務がある。
「という感じなのですが、何かわからないことはありますか?」
「ランクによって攻略できるダンジョンの階層に制限とかあるの?」
「もちろんございます。具体的に説明すると、ダンジョンの階層は100階層まであって☆1は1~5階層、☆2は6~15階層、☆3は16~25階層、☆4は26~40階層、☆5は41~50階層、☆6は51~60階層、☆7は61~80階層、☆8は81~90階層、最後に☆9以上のランクの方は91~100階層までの攻略が許可されております」
「ふーん」
それ以外にも☆1から☆3までの冒険者を下位冒険者、☆4から☆6までを中位冒険者、☆7から☆9までを上位冒険者、最後の☆10を最高位冒険者という区切りがあることも教えられた。
ちなみにほとんどの冒険者が下位冒険者であり、その一つ上の中位冒険者は全体で数千人、上位冒険者が数百人、最高位に至っては七人しかおらず、彼ら最高位冒険者は冒険者の代表という意味を込めて【七星】と呼ばれているらしい。
他にも聞きたいことがあったが、先ほどの騒ぎで冒険者たちが注目していたため、騒ぎがおさまるまでの間一度ダンジョンに入ってみようということになった。
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