27話「カモに見られているみたい」



「二人ともお腹空いたでしょ? ちょうどお昼だし、昼食にしましょうか」



 何事もなくリムの街を脱出することに成功した姫たちは、道なりに続く街道を走行していた。緊迫した状態から少し落ち着いたところで、時刻は昼時になっていることもあって昼食を摂ることにした。



 アイテム袋から作り置きのパンと以前手に入れたファングボアの肉で作ったポークステーキ、骨で出汁を取った野菜たっぷりの自家製スープを取り出した。



 あれからいろいろと料理に関して試行錯誤を繰り返しており、特に現在の主食であるパンは姫が地球にいた頃に食べていたものに近づきつつあった。



 その他にも市場で入手した調味料やこちらの世界のファンタジー野菜などにも手を付けていて、それなりにレパートリーも増えてきていた。



 余談だが、姫が料理をするとその匂いが外に漏れてしまい、スラムの人間が集まって来てしまうことがあったのだが、その件は風魔法を使って匂いを外に漏らさないように対処したため、幸いにも貴族たちに噂が流れることはなかった。



「ミャー、やっぱりご主人の作った料理は最高だニャ!」


「……」



 姫の料理を絶賛するミャームの隣では黙々と食べ続けるミルダがいた。ミャームの言葉に反論しないところを見る限り、彼女も同じ意見なのだろう。



 彼女たちが奴隷になりたての頃には、主人である姫と同じテーブルで食事をすることを遠慮していたが、今では姫の意志を尊重する形で自然に食事に参加できている。



 手早く食事を済ませ、次の街にたどり着くまでの間やることがなく手持ち無沙汰になるため、魔力の操作や制御を行ったり身体強化を施しその状態を維持したりという修行のようなことをして過ごしていた。



 景色はただひたすらに舗装されていないあぜ道が続いており、時折街道の凹凸部分に車輪が嵌り込みガタガタと荷馬車が揺れることがあった。



 地球出身の姫にとって荷馬車での旅というのは過酷なものだったが、こんな時のための体作りと心構えはできており、想像していたよりも苦にはなっていない。



 そんな中、リムの街を出立してから数時間が経過した頃、ファンタジーでよくあるイベントの一つが起こってしまった。



「……主、野盗の連中が襲ってきます」


「テンプレが来たみたいね。人数は?」


「ひー、ふー、みー……七人だニャ」



 まず最初に気付いたのは御者をしていたミルダで、姫の問いに答えたのはミャームだ。猫の獣人であるミャームの視力は人間よりも優れており、数キロ先の木に生っている果実の種類が識別できるほどの目を持っている。



 ミャームが盗賊の人数を数えている間にも盗賊たちは接近してきており、二人に方針を伝える前に気付けば取り囲まれてしまった。



 仕方なく荷馬車から降り、わかりきってはいるものの念のため連中の目的が何なのか知るため相手の出方を窺う。



「よおよおよお、こんな人気のない場所を女三人で旅とはなぁ。襲ってくれと言ってるようなもんだぜ? ええ、お嬢ちゃんたち」



 リーダー格のスキンヘッドの男が醜悪な笑みを顔に張り付け、姫たちを舐めるように観察する。何日間も体を洗っていないのだろう、男たちから漂ってくる悪臭という名の体臭に三人とも顔を顰める。



 男たちのいやらしい視線に性的不快感を露わにする姫たちにお構いなく、男の一人が口を開く。



「お頭、オレぁもう我慢できねぇ。早くやっちまいましょうぜ!」


「そう急くな。こういうのはなぁ、できるだけ相手に嫌われる努力をするんだ。そうすりゃあ、あとのお楽しみがより気持ちよく感じられる」


「なるほど……さすがお頭だぜ!」



 姫たちの事などお構いなしに勝手に語り始めた男たちを六つの冷たい眼差しが捉えていたが、その視線に誰一人として気付く者はいない。



 いい加減嫌気が差してきた姫だったが、その思考はミルダの問い掛けによって遮断された。



「主、どういたしましょうか?」


「当然、ヤるに決まってるニャ!!」


「そうね、生かしておいてもいいことはないだろうし、殺してしまいなさい」



 主からの許可が出たことで、二人とも完全にやる気スイッチが発動してしまう。その殺気に気付いた男たちだったが、時すでに遅くミルダの抜き放った棍棒に盗賊の一人の頭が潰される。



 亜人の中でも特に物理的な戦闘能力に特化しているオーガ族は、その腕力も凄まじく人間の十倍以上とも言われており、数トンある重さの物を片手で持ち上げることができるほどだという。



 そんな圧倒的な力を弱点部位である頭部に食らってしまっては、無事で済むはずもない。



「こ、こいつらやべぇぞ!」


「狼狽えんじゃねぇ! 数ではこっちが上なんだ、取り囲んでやっちまえ!!」



 リーダー格の男の指示に従い動こうとしたが、その内の二人の首筋からおびただしい量の血が噴き出し、糸の切れた人形のように地面に倒れ伏した。



 それを行った犯人は、身軽な体を翻しポーズを決めるかのように自身の得物である短剣を構える。そう、猫人族の亜人ミャームである。



 猫人族は亜人の中でも瞬発的な力を発揮する俊敏性に優れており、その速さは最速で時速七十キロにまで到達する。地球にいた人間の限界が四十五キロだということを考えれば、猫人族がどれだけ俊敏性に優れているかが理解できるだろう。



「お前ら臭いニャ! だから死んで詫びるニャ!」



 言動が些か滑稽な言い草だが、やっていることは非道と言わざるを得ない。



 そうこうしているうちにミルダが二人目の盗賊の頭を潰したところで、ミャームに向かって挑発的な言葉を投げかけた。



「ミャームは非力だな。それでは力でねじ伏せられておしまいだぞ」


「何言ってるのニャ。どんな攻撃も当たらなければ意味ないニャ!」



 お互いにいがみ合いまるで自分の方が強いと言わんばかりに相手の戦闘スタイルを否定する。最終的に姫が気付いたときには追加で二人の盗賊が死体に変わり、残りはリーダー格の男を残すだけとなった。



 その圧倒的なまでの強さと速さに逃げる隙もなく、ただ目の前で起こったことを呆然と眺めるしかなかったが、自分がとんでもない相手に喧嘩を売ったことをようやく理解し、顔面が青白くなっていく。



 そんな中姫が男にゆっくりとした歩調で歩み寄る。魔法を使って男に止めを刺すためだ。男にとってその一歩一歩が死神の歩みに感じ、死に対する恐怖から膝から崩れ落ちた。



「た、頼む! 俺が悪かった。い、命だけは助けてくれ!!」



 先ほどまでの強気な態度はどこに行ったのか、両手を組みまるで祈るようなポーズで命乞いをする男だったが、彼にとっての不運はその相手が姫であったということだろう。



「そんなこと言って、どうせここで助かったらまた他の人たちを襲うつもりなんでしょ。そんな奴を生かしておくと思う?」


「た、頼む後生だ。見逃して――」


「さよなら《プリズンウォータ》」



 姫が魔法を使うと男の頭を水の玉が覆う。当然その玉を取ろうとするが、水でできた玉は男の手を突き抜けてしまい取ることができない。



 そうしている間も男の息が上がってしまい、呼吸ができなくなっていく。最終的に他の盗賊たちとは違い散々もがき苦しんだ挙句、息ができなくなり溺死してしまった。



 この世界にやってきて初めて人を殺めてしまった姫だったが、感想としては何も感じなかった。もともと他人に対しての興味も薄かった彼女が、地球とは別の世界にいる人間を殺したところで何も思うことはなかったのである。



 増してや相手は盗賊という極悪人である。地球の尺度から見て異世界の盗賊である彼らが犯した罪は、殺人・強盗・脅迫・暴行・傷害・恐喝・強姦と思いつくだけでもこれだけの罪を犯しているのだ。



 日本の法律なら強盗殺人の罪を犯した場合、課せられる刑罰は無期懲役・終身刑・死刑のどれかしかない。それに加えて盗賊の経験が長ければ長いほど複数回に渡って強盗殺人という大罪を犯していることになり、その罪の重さは計り知れない。



 従って、この場で姫が盗賊を殺すことはこの先盗賊たちが襲うはずであった人間を助けることになり、慈善活動と言えなくもない。



 しかしながら、それでも人を殺めるという行為に忌避感を感じなかったのは、彼女が普段から異世界にやってきたらどう行動すべきかというイメージトレーニングの賜物だろう。



 そのイメージの中に盗賊を殺すというものも含まれており、人を殺すことに対して少しでも忌避感を無くすため、FPSの戦争ゲームをやりまくったり現実に近いTVゲームで慣らしてきたことも要因の一つとなっていた。



「主、盗賊の掃討が完了しました」


「久々に暴れてすっきりしたニャ」


「お疲れ様。じゃあ死体を処理して先に進みましょうか」



 こうして、一つの盗賊団が滅びこの世界が少し平和に近づいたのであった。

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