24話「魔法の訓練をするみたい」
姫がホットケーキを作った日から数日後、彼女はこんなことを口にする。
「もうそろそろ、新しい魔法を覚えたいな」
姫がこのリムの街での生活にも慣れてきたので、ここで新しい魔法を覚えて自身の強化をしようと考えたのだ。
さっそく魔法の訓練のため外に出ようとしたところで、ミルダに呼び止められる。
「主、出掛けるのならお供します」
「外には出るけど、出掛けはしないよ。庭で魔法の訓練をするだけだから」
「訓練、ですか?」
「なんなら、ミルダも一緒に訓練する?」
「ふぁ~、ご主人お腹が空いたニャ~」
護衛として真面目に働こうとするミルダとは対照的に、大きな欠伸をしながら自由な振る舞いをするミャーム。そんな姿に呆れる姫に対し、奴隷としての自覚がないと叱責するミルダという構図が出来上がるのはもはや彼女たちの日常だ。
とりあえず朝食を済ませ、三人とも魔法の訓練を行うこととなった。
ミルダとミャームに関しては、オーガ族と猫人族であるため魔法の適正があまりないのだが、それでもやらないよりはいいということで姫の訓練に付き合うことにした。
「二人とも、魔力を感じ取ることはできる?」
「できません」
「ニャーもできないニャ」
姫の問い掛けに二人とも首を横に振る。それを受け、これは最初から説明しなければならないことを理解した姫が二人に魔力についての講義を開始する。
魔力とは、どんな人間も必ず持っているものであり、主に魔法を使用する際に消費されるものである。魔法を習得する際、まず初めにやらなければならないことといえば、魔力の存在を感じ取り体内に魔力というものが巡っていることを認識するところからスタートする。
「まずは魔力を感じるところからやってみようか。じゃあ、最初は体の力を抜いて大きく息を吸ったり吐いたりしてみよう」
魔法を使うにせよ何にせよ、最初にやるべきことは体内にある魔力を感じ取れなければ始まらないため、今まで自分がやってきた方法でミルダとミャームを指導する。
姫の指示に従い、力を抜き体内の魔力を感じ取ろうとするが、なかなか上手くいかないようで二人とも唸り声を上げる。次第にその声にも力が籠り、自ずと体の方にも力が入ってしまい、ますます上手くいかないという悪循環を起こしてしまう。
この方法は、本人が魔力を感じ取れなければ先に進むことができないため、無理のない程度に個人練習をしろと姫は指示を出し、自身の魔法の修行を開始した。
ミルダたちとは違い、毎日欠かさず魔力を感じ取る修行と魔力を使用した身体強化の修行を行っていたので、比較的簡単に新しい魔法を覚えることができた。
尤も、姫の場合【英雄の素質】という称号を持っているため、さらにも増して魔法を覚えやすい恩恵を得られていた。
「さて、こんなもんかな」
一通り各属性の魔法を新たに追加し、姫は自分自身を改めて鑑定する。
名前:重御寺姫(♀)
年齢:25歳
種族:人間
体力:4300 / 4300
魔力:8800 / 10480
スキル:【火魔法Lv3 NEW】、【水魔法Lv3 NEW】、【風魔法Lv3 NEW】、【土魔法Lv3 NEW】、
【光魔法Lv2 NEW】、【闇魔法Lv2 NEW】、【生活魔法Lv3 NEW】、【回復魔法Lv3 NEW】、
【魔力操作Lv6 NEW】、【魔力制御Lv5 NEW】、【身体強化Lv5 NEW】、【鑑定Lv3 NEW】、【異世界言語学LvMAX】
修得魔法:
【火魔法】:ファイア、ファイアーボール、ファイアーアロー、ファイアランス、バーストフレア(NEW)
【水魔法】:ウォータ、アクアバレット、プリズンウォータ、アクアストーム(NEW)
【風魔法】:ウインド、ウインドカッター、ウインドシールド、ロンドブレイク(NEW)
【土魔法】:アース、アースウォール、アースクエイク、ガンズロック(NEW)
【光魔法】:ライト、ライトアロー、シャイニングレーザー(NEW)
【闇魔法】:ダーク、ダークジャベリン、ダークボム(NEW)
【生活魔法】:クリーン、ヒート、アイシング、ギャザリング(NEW)
【回復魔法】:ヒール、キュア、ディスペル、ハイヒール、ラウンドヒール(NEW)
称号:異世界人、英雄の素質、九死に一生、八属性詠唱者
状態:異常なし
以前鑑定した時よりも、体力と魔力が大幅に上昇しており、全体的に強化されている。各スキルが軒並みレベルアップし、魔法も新たに八種類増えた。
ちなみにこの世界の魔法の概念としての一例を挙げると、魔法自体に決まった固定の魔法というものは存在しない。
例えば、火の玉を敵に向かって打ち出す魔法を使った時、ある魔法使いはそれを“ファイアーボール”と唱える者もいれば“フレアボール”と唱える者もいる。
そして、魔法使いとしての力量は、魔力操作及び魔力制御の練度によって決まってくるため、熟練の魔法使いは基本的に貴重な人材となる。
次に魔法の詠唱についてだが、魔法に大切な要素は頭の中でどれだけ鮮明なイメージを浮かばせるかによるところが大きいので、これも魔法使いによっては呪文を唱えたり、無詠唱で放ったりとまちまちだ。
当然だが、呪文の詠唱なしに魔法を唱える無詠唱の方が難易度が高く、制御もまた難しい。それに加え、呪文は術者の頭の中のイメージを言葉に変換したものであるため、呪文の内容も唱える者によって変わってくる。
とどのつまり、この世界において魔法というのは魔力操作、魔力制御、イメージ力の三つを極めれば魔法使いとして上級者と言われている。
そして、地球からやって来た姫にとって、この三つを理解することは容易く【英雄の素質】と相まって、何の苦労もなく魔法を習得できてしまっていた。
「ぐぬぬぬぬ……」
「ニャああああああ……」
「……」
姫が魔法の習得を終え、再び二人の様子を見てみると、顔を引き攣らせながらこれでもかと言わんばかりに力んだ状態で佇んでいた。
それはまるで、便秘気味の女性が今日こそは出るのではないかという期待を込めてトイレで踏ん張っている光景と重なってしまい、笑ってはいけないのだと思いつつも不覚にも姫は吹き出してしまった。
姫に笑われていることにも気付かず、本人たちは至って真面目に取り組んでいるようだが、これではいつまで経っても魔力を感じ取ることはできないと姫は判断し、一度休憩することにした。
三十分ほど休憩し、再び魔力を感じ取る修行を開始したのだが、姫はとあることを思いつきそれを実行してみることにした。
「んー」
「ニャニャニャー」
「二人とも、そのまま体の力を抜いたまま意識を集中しててね」
姫は二人にそう言うと、二人の背中に手を押し当て自身の魔力を二人に向かって流し込んだ。一気に流し込むのではなく、ゆっくりと緩やかなイメージを浮かべながら体に負担が掛からないよう心掛ける。
するとさっそくその成果が出たのか、ミルダたちの反応が今までと違っていた。そう、違っていたのだが……。
「あぁん、あ、あるじぃー。そ、そこは、ら、らめぇれぇす」
「にゃんっ、にゃんだか体がとっても熱くなってるニャ。は、発情期の時に似てるかもニャー」
「ちょ、ちょっと、二人とも大丈夫!?」
姫が自分の魔力を流してしばらくすると、二人とも様子がおかしくなってしまった。ミルダは普段のクールな表情とは打って変わり、なんとも妖艶な雰囲気と艶めかしい声を上げている。
一方のミャームはミルダほどではないが、やはりいつもの陽気な態度ではなく、顔を上気させ雌の発情したような顔つきをしていた。
この時の姫は知らなかったが、場合によっては他人の魔力を体内に取り込んだ時、稀にだが体の性感帯が敏感になり、一種の媚薬を使ったような状態になることがあるのだ。
二人の様子がおかしいことに驚いた姫は、すぐさま二人に込めていた魔力を止めた。それから夕方になるまで二人の発情は止まらず、危うく貞操を奪われそうになったが、あとになって回復魔法を使えばよかったことに気付き、そのことに思い至らなかった自分に地団駄を踏む羽目になってしまったのであった。
翌日、そんな経験をしたお陰なのか二人とも魔力を感じ取ることができるようになり、数日後ミルダは土魔法のアースと闇属性のダークミストという魔法を、ミャームは風魔法のウインドとウインドカッターを習得することができた。
余談だが、あれから二人が事あるごとに自分に魔力を送り込んで欲しいと懇願してきたが、あの惨事を繰り返してはいけないと判断した姫の手によって却下されることになったのは言うまでもない。
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