21話「初めての共同作業(戦闘)をするみたい」
「……装備ですか?」
「うん。もうそろそろ本格的に護衛として働いてもらうから、今日は装備を買いに行きましょ」
ミルダの足を治した翌日、姫たちはさっそく行動を開始することにした。具体的には、ミルダに新しい装備を購入し、武装させることである。
彼女を購入してから数日が経過しているが、未だに奴隷として働いたことがなかった。その理由としては、彼女が負っていた足の怪我が原因だ。
左足粉砕骨折という怪我によって後遺症が残っていたため、その後遺症が治るまでの間働くことができなかったのである。
ミルダ本人としては、何もしないのはさすがに悪いということで、部屋の掃除などの雑用をこなそうとしていたのだが、それを主人である姫が拒絶したのだ。
姫がミルダを働かせなかった理由としては単純なもので、無理に足を酷使したことで足の治療が遅れてしまうことを嫌ったためだ。
しかし、晴れて彼女の足が治ったことで、ようやく次のステップに進むことができるようになったため、本日ミルダの装備を揃えるべく商業区へと足を運ぶ事になった。
「主、本当にアタイなんかが装備を買ってもらってもいいのでしょうか?」
「それってどういう意味?」
「それはその……」
ミルダは自分が最初に姫に取った言動について、かなり気に病んでいた。いくらあの時信用していなかったからといって、お金を出して自分を買ってくれる相手に対し、礼を失する行為であったことをあとになって自覚したのだ。
彼女の種族であるオーガ族は、強さこそ美徳であるという考え方を持っており、族長はその一族の中で最も強い戦士がなるものとされている。
実際主人である姫の戦う姿を見たわけではないが、内に秘めたる力を肌で感じ取っており、その力は自分を遥かに凌駕するものだとミルダは確信していた。
自分よりも強い相手に加え、日々苦しんでいた怪我を癒し、この世のものとは思えない美味なる料理を惜しげもなく食べさせてくれる姫に対し、ミルダが忠誠心を抱くのに時間は掛からなかったのである。
今となっては、忠誠というより最早崇拝に近づきつつある彼女にとって、姫の手を煩わせることは何としても避けたいことだったのだ。
その胸の内を何となく察した姫が、ミルダの左腕を掴みながら語り掛ける。
「今までミルダがどれだけ辛い思いをしてきたのかは、あたしは知らないし今後聞くつもりもない。けど、あたしの奴隷になった以上、役に立ってもらわないと他でもないあたしが困るの。だから、そのためにミルダの装備を整えるのはあなたのためというよりも、あたし自身のためというところが強いわけ。お分かりかしら、ミルダ君?」
「はあ」
「とにかくあたしの言いたいのは一つだけ。あなたは黙ってあたしの言うことを聞いていればいいのよ! ほら、あなたの怪我の治療で予定が遅れてるんだから、さっさと行くわよ」
言いたいことを言い終えた姫は、そのままミルダの腕を取って引きずるように装備屋へと歩を進める。
ミルダ自身まだ納得のいっていない部分もあるが、これからの自分の働きで今まで受けた恩を返していこうと考え、今は姫の指示に従うことにした。
この出来事によって、さらに姫に対するミルダの忠誠度が上がったのは言うまでもない。
そんなこんなで、とある一軒の店へとやって来た姫たちは、ミルダに合う装備を探していた。
店内には、バスターソードやクレートソードなどといった片手剣や両手剣などの他に、杖やワンド、メイスや重量級の打撃武器、果ては投擲用のナイフなど職業や用途に合わせた様々な武器が陳列されていた。
「ミルダが使う武器って、やっぱり棍棒?」
「はい、小さな頃から慣れ親しんでる武器で、片手でも十分扱えると思いますので」
その中でミルダがメインとする武器は、棍棒と呼ばれる振り動かすのに適度な太さと長さを備えた丸い棒だった。彼女のステータスを見た時に棍棒術がレベル7だったことから、かなり強力な使い方ができることが見て取れる。
「すいません。彼女に棍棒を見せてもらえませんか?」
「少々お待ちを」
中年の男性が店番をしていたので棍棒を見せてもらえるように頼むと、しばらくして三本の棍棒を出してくれた。
一つはどこにでもある木の棍棒で、耐久力や攻撃力は至って普通のものだ。もう一つは樫の木でできた棍棒で堅い木でできているため、一つ目のものより強力だ。最後は鉄でできた金棒で、木の棍棒よりも耐久力と攻撃力はあるものの、片手で扱うには少し重い印象がある代物だ。
「どれにする? ミルダが選んでいいよ」
「では、この木の棍棒にします」
「じゃあ、この樫の棍棒ください」
「主、アタイが欲しいのはこの木の棍棒です」
「でも、今のミルダの状態で最大の能力を出せるのは樫の棍棒じゃないの? 安いからって、自分の能力に合ってないものは選ぶべきじゃないよ?」
「うっ」
姫の指摘にミルダは言葉を詰まらせる。彼女の言ったことが事実であるといういい証拠だ。
ただでさえ、いろいろと良くしてもらっているのにも関わらず、この上装備も貰えるという好待遇にせめて安上がりにしようとするのは、ミルダの言動を見ていれば大体察しがつく。
それを見越して、姫は樫の棍棒を購入することにしたのだ。そうすることで、ワンランク上の能力を引き出すことができるし、より安全性が増すと考えたからだ。
結局姫の言葉に押される形で、ミルダの武器は樫の棍棒に決まった。他にも解体用のナイフと、サブウェポンとして投擲用のナイフも何本か購入した。
「主は武器を買わないのですか?」
「そうだなー。あたしのメインの攻撃手段は魔法だけど、問題なく発動できてるから必要ないんだよねー」
「主、さっきアタイに言った言葉を思い出してください。今の主に合ったものを選ぶべきでは?」
「うーん、じゃあ一応杖も買っておこうか」
そんなやり取りをしたあと、初心者用の杖ではなく使い勝手のいい一つ上のランクの杖を購入することにした。
そのあと防具を扱う隣の店に行き、二人とも動きを重視した革製の軽鎧を購入する。武器と防具すべての金額を合計すると約15万ゼノくらいになったが、ポーションで得たお金があるため余裕を持って買うことができた。
「じゃあ、これから試しに森に行ってみようか」
「わかりました!」
姫がそう宣言すると、ミルダはどことなく嬉しそうな顔をする。戦闘種族であるオーガ族であるが故なのか、それともミルダの個人的な嗜好なのかはわからないが、久しぶりに戦えることを楽しみにしているらしい。
善は急げとばかりに、二人は街の外へと繰り出す。街から走って三十分程度の距離の場所に、森があるということを街の門を守る兵士に教えてもらったので、さっそくそこに向かった。
森に到着すると、すぐにスライムと遭遇したのだが、気合十分のミルダの棍棒の前では数秒ともたず瞬殺される。
その後、ミルダにモンスターを任せ薬草採集などをしばらくしていると、思ったよりも森の奥に来ていたようで少し毛色の違うモンスターが出現する。
「猪?」
「主気を付けてください。こいつはファングボアといって、突進攻撃が厄介な相手です」
「ふーん、じゃあ二人でやってみようか」
少し強めのモンスターがでてきたらしく、ミルダが姫に注意喚起を促す。それを受け、二人で戦ってみようと姫は提案し、ミルダは了承した。
「ミルダはあの猪の動きを止めて。動きが止まったところを、あたしが攻撃するから」
「承知」
そう言うが早いか、ファングボアに向かって突進するミルダ。これではどっちが猪かわからないと、姫は苦笑いを浮かべる。
ミルダが注意するだけあって、ファングボアの突進は強力で、まともに食らえばかなりのダメージになるのがわかる。しかし、動き自体は直線的であるため、避けること自体は難しくはない。
「うおおおおおお」
そんなことを姫が考えた得ていたその時、ファングボアの突進をミルダが棍棒で受け止め、動きが止まった。それをチャンスと見た姫がファングボアに魔法を使用する。
「終わりよ《プリズンウォータ》」
姫が魔法を唱えると、ファングボアの頭部に水の塊がまとわりつく、それを振り払おうと頭を振って暴れるが、プリズンウォータの水からは逃れられない。
そうこうしているうちに水が肺に溜まっていき、地上にいるのに窒息状態にファングボアは陥る。そして、呼吸ができなくなって数分後ファングボアは静かに地面へと倒れ込み動かなくなった。
「どうやら、終わったようね」
「さすがです」
姫の実力を改めて目の当たりにしたミルダは、自分の勘が正しかったことを認識するとともに、歓喜に打ちひしがれる。
その後ミルダがファングボアを解体し、戦闘の感触も掴めたところで街へと帰還することにした。
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