20話「関係改善に力を注ぐみたい」



「ここが今あたしが住んでる家だよ」



 ミルダを連れ帰った姫が、そう彼女に説明する。姫がミルダの足を治療してから、ひとまず歩くことが可能になった彼女を最初に連れて行った先は、川だった。



 目的は普段から水浴びなどさせてもらえなかったためによる弊害として、ミルダの体臭がきつかったからだ。



 奴隷商に来る途中に買っておいた桶や石鹸、それと体を拭くための布などを使って、姫自らの手でミルダの体を洗ってやったのだ。



 姫の手で洗ってやることを伝えると、自分でできると拒否したのでミルダ自身に洗わせたのだが、体を洗ったあと姫が彼女の臭いを嗅ぐと、まだ臭いが残っていたので二回目は問答無用で洗うことにした。



 余談だが、彼女の体はまるで美術の彫刻の様に美しく、戦士としての肉体美と女性としての妖艶さを併せ持った体つきをしていた。



 その時、姫が軽いノリで「これだけ綺麗だと、さぞモテたでしょ?」と聞いたところ「男とそういう関係になったことはない」と返って来たため、実は処女だったことが判明した。もう一度言う、ミルダは処女であるということが判明したのだ。



 それはさておき、ミルダの体を綺麗にしたあと衣服などの生活に必要な日用品などを買い集め、そうこうしているうちに昼の時刻を回ったため、途中の屋台で昼食を済ませようやく家に戻ってきたのがさきほどだった。



 姫の先導で家に入ると、物珍し気に家の様子を首を左右に忙しく動かしながら、ミルダをダイニングへと案内する。



 まだ出会って少ししか経過していないため、姫に対して遠慮する素振りがあるものの、ファーストインプレッションがあまり良くない出会い方をしたというだけであるため、関係改善は可能なレベルだと姫は考えていた。



 ミルダを椅子に座らせ、その対面に姫が座ると徐に今後の予定について話し始めた。



「これからの予定についてだけど、とりあえずミルダはその左足の治療に専念してね。それで足が治ったら、あたしの護衛として働いてもらうから」


「わかった」


「その間は、暇だと思うから足に負担が掛からない程度に体の鍛錬をしておいてね。足が治ったら、武器を買いに行くから」



 姫の言葉にミルダが頷き、そこで会話が途切れ部屋に静寂が訪れる。



 気まずい雰囲気が漂い始めたその時、その静寂を破ったのは意外にもミルダだった。



「あ、主」


「なに?」


「その、アタイの足を治療してもらったこと……感謝する」


「そんなこと気にしなくていいよ。ミルダはあたしの奴隷なんだから怪我をしたら治すのは当然だし」



 自分の怪我を治してくれたことに対し、ミルダが姫に感謝の言葉を述べる。それに対し、怪我をすれば治すのは当然と言う姫の言葉に、ミルダが複雑な顔を浮かべ、こう返す。



「アタイを買った奴の中には、アタイが怪我をしても治そうとする奴はいなかった。だから、治してもらってとても感謝している」


「まあ、まだ完全に治ったわけじゃないから、感謝するのは早いとは思うけど、どういたしまして」



 そう言って、二人とも穏やかな笑みを顔に浮かべる。どうやら、最初のわだかまりは徐々にではあるが解消されつつあるようだ。



 いい雰囲気が漂う中、それをぶち壊すように突如として“ぐぅー”という音が響き渡る。先ほど昼を食べたばかりなので、この音の発生源は姫ではない。



 となると、今家にいる人間の中で残っているのは一人しかおらず、姫はその音の発生源である人物に視線を向ける。すると先ほどまで穏やかに微笑んでいたミルダが、顔を赤くして俯いている様子が目に映し出された。



「……」


「あれだけじゃ足りなかった?」



 姫が苦笑いを浮かべながら問い掛けると、恥ずかしそうに体をもじもじさせながらミルダはコクリと頷く。その仕草は十代年相応の少女のそれであり、大人びた彼女と少しかけ離れているものであったため、何とも愛くるしいと感じられた。



 家に帰ってきたばかりだったが、姫がミルダと生活をスタートさせて最初にすることになる仕事が、彼女に昼食の続きを食べさせるという何とも締まらないものだったのにはさすがの姫も笑いを堪えきれず、声に出して笑ってしまった。



「わかったわ。じゃあ今から何か作るけど、その前に一つだけ約束して欲しいことがあるんだけど?」


「何だ?」


「これからあたしが料理を作るけど、その料理はちょっと特別みたいなのよね。だから、あたしの作った料理のことはすべて内緒にしておいてほしいの。どう? 守れそう?」


「主の料理のことを黙っていればいいだけだろ? 容易いことだ」


「そう、じゃあ作るからちょっと待っててちょうだい」



 姫は自分の作り出す料理がこの世界にとってとてつもなくレベルが高いものだと理解していた。だからこそ、こちらの住人であるミルダに地球の料理を食べさせるかどうか迷っていた。



 だが、自分だけ美味しい料理を食べミルダには食べさせないというのは、公平と平等を重んじる日本人としてはどうしても落ち着かないものがあるし、何よりも姫の奴隷をやっていればいずれ明るみに出てしまう。



 それならば、いっそのこと自分と同じ料理を食べさせることで、こちらの秘密を一つ開示しているという意志を伝える方式を取ることにしたのだ。



 そうすることで、ミルダに自分は信頼されているのだという潜在意識を植え付け、自らの意志で姫の奴隷をやっていたいと仕向けさせるのだ。



 そういった打算的な思惑があるからこそ、彼女に料理を食べさせることは決してマイナスとはなり得ないと姫は判断した。尤も、ただ隠すのが面倒だという思いと打算的な思惑とで天秤にかけた時、若干面倒な方に傾いている気がするのはご愛嬌である。



 そして、姫の料理を食べたミルダの反応は、この世界にこれほど美味なるものが存在していたのかという驚愕と感動に包まれ、これから毎日この料理が食べられるのかという幸福と期待で満ち溢れていた。



 姫の奴隷となった彼女が、このことがきっかけで忠誠心が芽生え始めることになる。だが、今まで彼女が送ってきた地獄とも言うべき生活から考えれば、ミルダが姫に対しどのような感情を抱くのかは、推して知るべしであった。






        ( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)( ̄д ̄)






 ミルダとの生活を始めて数日が経過したある日、姫はとある魔法の習得に心血を注いでいた。



 あれから下級ポーションや回復魔法のヒールを掛け続けているのだが、一向に足の怪我が完治しなかった。いろいろと考えた結果、その原因が回復手段の格不足にあるのではないかという結論を姫は導き出したのだ。



 どういうことかといえば、下級レベルのポーションやそれに準ずる回復魔法のヒール程度ではレベルが足りず、さらに上位の回復手段でなければ対応できないことを意味する。



 つまり、下級ポーションの上位である中級ポーション、またはヒールの上位魔法であるハイヒールが必要になってくるということだ。



「ハイヒールがなければ、覚えればいいじゃない」



 どこかで聞いたような言い回しを使い、姫がそう宣う。ちなみにミルダはというと、先の姫の言葉に反応せずひたすら筋トレに励んでいる。



 ここ数日間の生活で、姫がおかしな言動をとっても反応しないようになるくらいには、ミルダも彼女のとる奇行に慣れつつあった。



 異世界に来てからずっとぼっちだった反動から人との会話を楽しみたかった姫だが、彼女の中で会話といえば日本のアニメや漫画をネタにした話が多く、こちらの世界の住人であるミルダにそのネタを振っても理解できず、ミルダの目からはただおかしなことを言う人として認識されつつあった。



 そのことに歯痒い思いをしつつも、会話のキャッチボールができるようにできるだけそっち系統の話はしないようにしているのだが、ちょっとでも気を抜くとそういった言葉が出て来てしまうあたり、彼女のオタクレベルも廃人クラスと言えた。



 そんなこんなで、いい加減ミルダの足を治さなければ次に進むことができないと考えた姫は、さっそくハイヒール習得のために修業に入った。



「修行といっても、具体的に何をすればいいかわからないからなー。ひとまずは《ヒール》」



 回復魔法の修行法などというものは知らないため、おさらいの意味を込めてすでに修得しているヒールを唱える。すると右手から優しい光が発生し、しばらくして輝きが消えていく。



 それを何度か繰り返すうちに、一つ気になる点を発見した。基本的に魔法を使う時には、必ず魔力を消費する。これはいかなる魔法を使う時でも同じ共通点であり絶対的に必要なことだ。



 今まで姫は魔法を使う際、魔力を使うことに意識を集中させていなかったが、何度もヒールを唱えているうちにその魔力が失われる感覚がなんとなく一定であることに気付いたのだ。



「ヒールを唱える時、意識的に一定以上の魔力を込めてやれば、もしかして……」



 思い立ったが吉日と言わんばかりに、さっそく実行してみる。まずヒールを唱え再び手が光り輝く。その時に意識してその光に魔力を込めてみると、その光はさらに強くなる。光の強さが増していき、それが部屋全体を包み込もうとしたその時、久しぶりに“ピコン”という効果音と共にメッセージが表示される。




『【ハイヒール】を覚えました』




 やはり姫の推測は正しかったようで、あっさりとヒールの上位魔法であるハイヒールを習得できた。だが、これは姫が持つ称号である【英雄の素質】が影響しており、並の人間であれば数年から十年という長き研鑚を積むことでようやく会得できるものなのだが、あらゆる分野で才能を発揮するというこの称号の前では、修行に費やす時間などほんの少ししか掛からなかったのである。



「よし、覚えたぞ!」


「主、さっきの光は一体何が起こったのですか?」


「ミルダ、ちょっとそこに座って。すぐに試すから」


「試すって、何を?」


「いいから」



 この数日間で、ミルダの言葉遣いも少し丁寧な口調となっており、主人と奴隷という関係らしくなってきていた。特に詳しい説明をすることなく、姫はさっそくミルダを椅子に座らせ、ハイヒールによる治療を開始する。



「いくわよ。《ハイヒール》」


「こ、これは!?」



 ヒールよりもさらに大きな光が、ミルダの足を包み込む。そして、徐々に足の内部に残っていた骨片や治しきれなかった骨の歪みがなくなっていき、彼女が本来持つ足へと戻っていく。



 光が徐々に弱まっていき、ついには光を発することなく消えていくと、さっそく鑑定を使いミルダの状態を調べた。





名前:ミルダ(♀)


年齢:18歳


種族:亜人(オーガ)


体力:2390 / 2790


魔力:180 / 180


スキル:【棍棒術Lv7】、【身体強化Lv4】、【闇魔法Lv3】


称号:追放者、濡れ衣を着せられた者、奴隷(契約者:重御寺姫)、一途、剛力


状態:隷属化、右腕欠損





 数日間ひたすら筋トレをしていたことで、体力が上がっていることはさておいて、ようやく状態から左足粉砕骨折が消えた。



「よっしゃああああああ!!」


「主?」


「ミルダ、喜びなさい。ようやくあなたの左足が治ったわ!」


「ほ、本当ですか?」



 姫の言葉にミルダは信じられないという顔を浮かべていたが、試しにその場でジャンプをさせたり足に負担が掛かるようなことをいくつかさせてみたが、彼女が足に痛みを感じることはなかった。



「ほ、本当にアタイの足が……」


「これでようやくあなたに働いてもらえるわ。これからビシバシ働いてもらうから覚悟して頂戴!」


「あ、ありがとうございます……」



 こうして、ミルダの足が治りようやく護衛として働けることになったのであった。



 余談だが、ミルダの右腕については、姫がそのあとハイヒールを掛けてみたがやはり欠損は重い怪我に入るらしく、ハイヒールでも治ることはなかった。

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