10話「図書館で情報収集するみたい」



 翌日、姫は朝食を食べ朝の支度を済ませると、街へと繰り出した。目的はこの世界の情報収集だ。



 まとまった収入を得たことで浮かれていた姫だったが、未だにこの世界のことを何も知らないということに気付き、情報を収集すべくこの街の図書館へ行ってみることにした。



「とりあえずは、この世界の情報が第一優先で、他の転移者や転生者の情報と元の世界に戻る方法は二の次かな。せっかく異世界に来たんだ、それを楽しまなくては、オタクの名折れぞ!」



 姫としては、元の世界に戻りたいという思いはあったが、絶対に戻りたいというほどその思いは強くない。



 異世界転移という自分の頭の中で夢想していた出来事が、現実に起きたのだ。オタクとしては、この状況を最大限に楽しまなければ、損だとすら彼女は考えていた。



 彼女にとって幸運だったのは、神から与えられるはずの異世界で生き残るための力、所謂チートを持てたことだろう。



「でも、油断しちゃいけないわよ、あたし。ここで調子に乗って目立つようなことをしてしまえば、馬鹿な王族や貴族の格好の餌食になってしまうわ。なんとしても、それだけは避けないと……」



 数多の異世界ファンタジー小説に登場するほとんどの主人公が、ほぼ必ずといっていいほど取る行動がある。それが何かといえば、元の世界の技術を流用する行為だ。



 料理ならばプリンやピザなどといった異世界の食材で再現可能な物、小物ならば洗濯ばさみや石鹸などの日用品を異世界で販売するといった具合だ。



 そして、そういった文化レベルを一つも二つも押し上げてしまうような行為を、時の権力者が黙って見ているなどあり得ない。



 必ず、何らかの形で介入しようとするものだし、場合によっては強権を発動して強引に自分の手中に収めてしまおうとするのが、彼らの常套手段だ。



 だからこそ、そういったものを流通させる際には、権力者が介入してきてもそれを押しのけるだけの武力を身につけるか、国の最高権力者の後ろ盾を得た上で行うのが望ましい。



 しかし、そういった権力者とお近づきになること自体が稀であり、物語に登場する主人公たちのご都合主義による見えざる力で出会えているに過ぎない。



 実際に権力者に会うには、権力者との強いコネを持つ有力商人か商業ギルドや冒険者ギルドのギルドマスター経由での紹介となってくる。



 さらに、権力者とのコネを持つ人間と知り合うこともまた、難易度の高いものだろう。



 であるからして、ここからは慎重な行動が要求される。そのことを重々承知している姫は、この世界のことを知るための情報収集として、現在拠点としているアラリスの街にある図書館を利用することにしたのだ。



 図書館に到着すると、さっそく中に入る。入ってすぐの右手に受付があり、そこで図書館を利用する旨と伝える。



「では、入場料として100ゼノを頂きます」


「え? ああ、はい」



 まさか利用するのにお金が掛かるとは思っていなかったので、一瞬言葉を詰まらせる姫だったが、すぐに取り繕うと入場料を支払って本のある場所へと移動する。



 中の造りは地球の図書館と同じで、一階部分に大きめのテーブルと椅子がいくつか配置されている。その隣の区画に、一つの本棚の中に数百冊の本が収納されており、それが十数個もある。



 二階部分は壁に嵌め込むタイプの大きな本棚の中にいくつもの本が収納されており、その数はざっと見ても千冊は下らない。



「すごく、大きいです……って、意味が違うか」



 そのあまりの膨大な数の本に、どこに自分の知りたい情報があるかわからなかった姫は、一度受付に戻り読みたい本がどこにあるか聞いてみることにした。



 すると、親切にも受付を担当してくれた人が読みたい本を持ってきてくれ、なんとか情報にありつけることができた。



 姫が調べた情報によると、この世界の名前は【ヴァールグラン】といい、三柱の神が存在する世界らしい。



 それぞれ、創造の神・破壊の神・運命と時の神という神がおり、人々の生活を見守ってくれているというよくあるものだった。



 現在姫のいるアラリスの街がある国は、サリヴァルド王国という名前で、温暖な気候と豊かな大地のお陰で、毎年多くの作物が収穫され、治安も比較的良いとのことだ。



「うーん、今いる世界と国の名はわかったけど、他の転生者や転移者のこととか、元の世界に帰る方法とかはさすがに載ってないか」



 転生者や転移者は、御伽噺や英雄譚などを参考に読んでみたが、どれもありきたりな内容で、特に目ぼしい情報はなかった。



 元の世界に戻る方法については、古い文献や昔の文化体型が描かれた歴史書などを読んでみたものの、どれもこれも曖昧なことしか書かれておらず、こちらについても得られた情報はほとんどなかった。



「うん? これは……薬学の手引書かな。どれどれ……」



 受付の人が持ってきてくれた書物をある程度読み終えたあと、最後に残った書物が気になったので読んでみることにした。



 そこに書かれていたのは、この世界の【薬師】という職に関するもので、何でも薬草などを調合し、ポーションと呼ばれる怪我や病気に効く薬を作る者を指す職業のようだ。



《スキル【薬師】を覚えました》



 書物を読み終えたその時、脳内に聞いたことのある効果音が響き渡り、新たなスキルを獲得した。



「読んだだけで覚えたってこと? じゃあ他のスキルも覚えられたりするのかな」



 薬学の書を読んだことで【薬師】というスキルを覚えたという予想を立てた姫は、他の分野に関する書物を本棚から取ってきて読んでみた。しかし、小説の主人公のようにはいかず、結局覚えられたのは最初の薬学の書で覚えた【薬師】だけだった。



 得るべき情報を得た姫は、図書館を出るため受付に向かった。受付にいた職員にもう用は済んだことを伝え、読んだ本はどうするのか聞いたところ、図書館の職員が片付けてくれるとのことだったので、そのまま図書館を出た。



 現在の時刻は腹具合から予想して昼前だったので、一度宿に戻り昼食を食べる。その後、図書館で覚えたスキル【薬師】を活用するため、薬屋に向かった。



 薬屋に到着し、中にいた店主のおばあさんに薬を調合するための道具が欲しい旨を伝えたところ、基本的な道具をタダで譲って貰えた。



 さらに、下級ポーションなどの初歩の薬のレシピが載っている本も押し付けられ、薬が完成したら見てやるから持ってこいとも言われた。



 さすがにこれ以上お世話になるのは気が引けた姫は、せめてレシピに必要な素材を3000ゼノ分購入し、店をあとにした。



「な、なんか凄まじいおばあさんだったな……」



 おばあさんの勢いに押されたまま店を後にする姫だったが、宿に戻る頃には薬の調合に興味が移る。自分の部屋に戻ると、夕食の時間が来るまで手に入れた調合道具を使い、さっそく調合をやってみることにした。

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