第六話 〜親友〜

あれから桜咲さんとの生活が始まって一週間がすぎた

だからと言ってこれといった進展は無かったが、それでも前の叔父さん夫婦よりはマシに見える

欲を言えば最初に身元引き受け人になってくれたお兄さんよりも、無口でどこか無関心な表情が気にくわないが、太陽そらにはそんな関係の方が何となく落ち着くようだ


そんな感じで一週間経つが、それでも太陽そらの虐待されていたトラウマが消えることはなかった

それを分かってか分からずか、桜咲さんも深入りしようとしない

はっきり言うとそのことは、太陽そらにとってすごく有り難いように思う

最初のおじさんより会話が少ないのは心配だけど、二番目の叔父さん夫婦のように殴られる心配がない安心感が太陽そらに安らぎを与えるからだ…




そんな関係が一年過ぎたある日のことだった

中学二年になった太陽そらは友達と三人で学校から、古い路地裏を歩いて帰っていた


「僕ね〜不思議なんだ〜

ねぇ〜なんで空は青いんだろう〜」


と隣の友達が急に訳のわからないことを呟く

その質問にまた始まったよ、と言うように隣にいる別の友達が


「またそれかふう

そんな答えのないような質問聞かれても

俺らバカには絶対答えられないぞ」


と呆れたように言い返すと


「いや分からないだろうゆき

君はなんでそんな百かゼロなんだ

もしかしたら何かひらめくかもしれないだろ!

な?そう思うだろ太陽そら


太陽そらに振った

こんな感じの会話に巻き込まれるのは、もうおきまりの展開になりつつあるのか


「確かにそうかもね〜」


と軽く流すと〝また太陽そらは話流す!〟みたいな感じに頬を膨らませて拗ねた顔をする

それを見て〝まーまー〟とその友達をもう一人の友達が宥めていた

そんな事をよそに〝上の空〟の太陽そらはふと昔の事に思いを巡らせていた




この二人の友達と太陽そらが知り合ったのは中学に入ってすぐの頃だった

叔父さん夫婦から虐待を受けて心身ともに疲弊してた時に唯一、太陽そらに話しかけてきた


最初に話しかけてきたのは、さっきの会話の時に訳の分からなない質問をこぼした少年で名前は火海ひすいふうという

ふうを初めて見た時の印象は、誰が見ても〝どこかの小学生が他人の迷惑を考えず無邪気に遊んでいる〟そんな感じに見える


そんなふう太陽そらが虐待の件で学校でも暗くなっていた時、真っ先に声をかけてきた

あの時も太陽そらに対して今みたいに


「なんで空は青いか知ってるかい!」


といきなり嬉しそうな顔をしながら話しかけていた…

あの質問には一体なんの意味あるのかは、今でも分からない

でもその時の太陽そらは虐待の件で人との関わりを避けていた

だからふうにも同じように無視を決め込んでいた、それに対してふう


「あれれれ。聞こえてないの?

太陽そらくーん」


と本当に子どものような感じに〝しつこく〟声をかけていた…


「おーい、太陽そらくーん?

寝てるのかーい」


〝まだ続けるのかよ、そろそろ鬱陶しいな〟と太陽そらが感じ始めた時、そのふうの後ろから


「おいふう!あまり他人に迷惑をかけるな」


と強い口調で止めに入ってきた

ふうよりも身長ははるかに高く、隣に立った姿は、まるで親と子みたいに感じる程身長差がある

そんな彼がさっき下校時に一緒にいたもう一人の友達で、ふうの質問に呆れたように言い返していたやつだ


名前は山道さどうゆき

しつこく話しかけるのを止めたふうとは幼馴染らしく、名前の漢字がゆきふうという同じもの同士で、とても仲が良い親友同士だ


そんなゆきとは今では太陽そらも仲のいい友達になったが、出会った時の印象は酷かった

ゆきは鬱陶しかったふうを止めてくれたのはいいが、そのあとに


「すまなかった」


と頭を下げてお詫びすると、頭をあげながら


「しかし、ふうがしつこいのは、お前が無視してたからだ

だからどちらかといえばお前が悪い

そんなお前に俺は謝ってやったんだ

だからお前も謝れ」


太陽そらに言った

太陽そらは鬱陶しかったふうを止めてくれた事に対して感謝していたが、その言葉を聞いて一瞬でその思いは消え去ったようだ


「はぁ、お前なんなの、止めに来たかと思えば、何様のつもり」


と反射的に太陽そらゆきに文句を言う

それに対してゆき


「俺は俺だ、そんな死んだ目をした奴に〝お前〟と呼ばれる筋合いはない」


と強気に返してきた




そんな睨み合っている嫌な空気を吹き飛ばすように


「そうか、君は死んでるんだ〜

ならご飯食べないと、一緒にご飯食べに行くよ♪」


ふうが言いながら太陽そらに笑いかける

それに対して太陽そら


「僕…金持ってない」


と目をそらすと、いきなり太陽そらの手を握る

その行動にびっくりする太陽そらをよそに


「大丈夫、今日はゆきのおごりだから」


と言った

横では〝はい?!俺そんなこと言ってないぞ〟と言うような顔をしたゆきが立っている

それを御構い無しに


「ね?いいでしょう」


と涙目で話を進めるふうを見て、太陽そらは〝まるで子猫みたいだ〟と思いつつ

そんな可愛い小動物に心動かされたのか


「わかった、いいよ、そこの奢りなら、一緒に行ってやるよ」


と嫌味っぽく言うと、それにふうは笑顔で喜んだ様子を見せる

〝その姿は尻尾を振ってる犬のように見える〟

でも少し何か違和感があったのか

〝えっとー〟とみたいに人差し指を立てた左手を頬に置いて考え事をするポーズを取る

それを見ながら無意識に太陽そらや周りにいた人は

〝いちいち行動が可愛いすぎるなおい!〟

と感じながら頭の中でそんなツッコミを入れていた

そんなツッコミを入れたすぐに後にふう


「〝そこの〟とかじゃなくて僕の名前は火海ひすい ふう

で、こっちの隣にいるデカイのは山道さどう ゆきだよ

人を〝それ〟とかで読んだダメなんだよ

ちゃんと名前で呼ばないと」


と自己紹介とゆきの名前を教える

太陽そらは見た目から〝子どもみたいなやつ〟と思っていた

そんなふうだったからこそ、その〝人の名前はちゃんといえ〟と言われて、人として大事な事に気付かされた事に太陽そらは〝恥ずかしくなった〟ようだ


でもそんなことがあったからこそ太陽そらは、ふうとはすぐに仲良くなれた

ゆきともいつも間に入って居たふうのおかげで少しずつ仲良くなっていったのだった




太陽そらはそんな会ったばかりの事を思い出していた

そんな思い出を振り返り終わったのか、ふとふうの姿を見るが、その横顔はまだ拗ねていた

頰を膨らませて拗ねてるふうは可愛いが〝そろそろなだめないとな〟と思いながら、太陽そらは仕方ないなと言うふうに一つため息をつくと


「そう拗ねるなよ、お菓子奢るからさ」


とご機嫌取りをする

すると横から


「じゃあ俺アイスな」


ゆきが横入りする

それに突っ込む間を与えず


「それなら僕もアイスで〜」


とすっかり元気なふうが答える

この変わりようを見てすぐにふうゆきが、太陽そらが思い出に浸ってる間に企んだことに気づいたようで


「お前らはめやがったな」


と溢しながらため息をつくと、やれやれという感じに


「あー、分かったよ奢ってやるよ」


と半ば諦めながら太陽そらは答えた

そんな三人の前から


「にゃー」


と小さな鳴く声が聞こえた




その声が気になり三人で、声のする方を見ると段ボールが一つ置いていた

中を開いて見ると子猫が捨ててあった


「子猫だ」


と口を開いた太陽そらの後ろから


「本当だ!子猫だ、子猫!」


と目を輝かしているふう


「生き物の世話できないのにふうだけは絶対飼うなよ」


ゆきが釘を刺した

その瞬間〝あれ?これ僕が飼う流れなんじゃないか?〟と察した太陽そら


「いや、僕、親戚の桜咲さんと一緒だから、子猫飼う余裕無いと思うんだけど」


と両手を上げて〝無理ですよ〟と二人に言ったがその後ろから


「にゃー」


と泣き叫ぶ子猫の声に罪悪感が芽生えてしまい


「いや、やっぱり飼うよ

桜咲さんに一度相談してみる」


と断るために挙げていた両手を下ろして言い直した

段ボールごと持って


「じゃあ僕、早速頼みに行ってくる」


と言い放ち家に向かって少し歩いてから


「あ、忘れてた奢るのまた今度な」


と二人に告げた

太陽そらがそれを言って去った後


太陽そらって本当、律儀だよね〜♪」


ふうが笑顔を浮かべながら見ていた




家に帰ると太陽そらは子猫の入った段ボールを持って、すぐ桜咲さんのいる部屋に向かった


「桜咲さん、今少しいい」


そう桜咲さんに話を切りだすと


「中に入ってきな」


といわれ部屋の中に段ボールと一緒に入ると、桜咲さんは何も言わずに目の前に座っていた

その姿にいざ子猫のことを話そうとした太陽そらだが、わがままを言ったという事で殴られるのではないかという、虐待の時の恐怖心とトラウマで手が震えていた

それでも勇気を出して


「子猫を拾ってきたんだけど、家で飼っていいですか…」


と桜咲さんに話を切り出した

すると桜咲さんは


「だめだ、元の場所に戻してこい」


と一言だけ言うと背を向けて机に向かう

その冷たいいつもの口調が今日の太陽そらには頭にきたのか


「なんでだめなんだ」


と突っかかるように怒鳴った

それにびっくりしたのか子猫が横で鳴いている

それを聞いた桜咲さんがこちらに向き直すと


「その子は子猫でも一つの命、お前にその子を育てる覚悟はあるのか」


と震えが止まらなくなるような殺気に満ちた目を向けながら聞いてきた

その殺気に気圧され震えが止まらないが、それでも太陽そら


「はい、責任持って必ず育てます」


と強く言い返した

その目を見た桜咲さんは


「…分かった、そんだけ強い意志で育てるというなら、その目に免じて飼ってもいいぞ」


と言いながらまた机の方に向かい仕事を始めた

その言葉に少し拍子抜けしたというか、驚いたというか少し間を開けて、ただ育てていいと認めてくれたことに対して


「ありがとうございます」


と言うと太陽そらは早速子猫を段ボールごと自分の部屋へと連れて行った

それからその子猫には毛並みが黒だったから〝クロ〟と名付けていっぱい可愛がった

最初怯えていたクロだったが少しずつなれたのか、今では家のあちこちを歩きまわるほど元気に育って家族の一人として太陽そらの傷ついた心を癒していた

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