第四話 〜救い〜

あの日以降、太陽そらは事あるごとに暴言を吐かれ、身体の見えないあちこちを殴られ続けた

どうやら叔父さん夫婦は日頃の憂さ晴らしをしているようだ




そんなある日桜野刑事が様子を見に来た

太陽そらは桜野刑事の言った

〝でも何かあったらすぐに相談してくれ!〟

と言う言葉が頭をよぎるが、すぐに叔父さんへの恐怖が言葉を濁し、虐待について伝える事が出来なかった

それに叔父さんは、桜野刑事が紹介してくれた人でもあるからか余計に言いづらいようだった


「久しぶりだね太陽そらくん

様子を見にきたんだ」


そう挨拶を交わす桜野刑事に


「様子を見にきてくれてくれたの!

ありがとう桜野刑事」


と笑いかけながら太陽そらは答える


「少しは元気になったようだね」


と桜野刑事は自分の事のように嬉しそうな表情を浮かべ、そっと太陽そらの頭を撫でる

一瞬ビクッと仕掛けるが〝桜野刑事は本当に優しいな〟そんな気持ちで太陽そらの表情がやわらぐ

その落ち着ける雰囲気のまま


「はい、おかげさまで」


と一言だけ答える

ただ答えながらも頭の中では

もし本当のことを話したら助けてくれるだろうか…

そんなことばかりが頭をよぎる

でも…その考えとともにふと横に目を向けた先には、笑顔で太陽そら達の話を聞く叔父さんがいた


「どうしたの太陽そらくん」


目があったからだろう、叔父さんはそう太陽そらに投げかける

その言葉には〝余計なことは言うなよ〟と言う〝脅し〟と恐怖心を与える〝殺意〟を感じた


「いえ何も…ただ少し遊びに行こうかな?と思って

ちょっと行ってきます!」


と頑張って作った笑顔で答えながら、その場を逃げるように遊びに出かける

叔父さんが太陽そらに何かを伝える考えを、最初から持たせない様に行動している悪意を感じる

だから太陽そらも〝本当にあの笑顔には逆らえない〟と改めて感じたようだ

そんな走って出かける太陽そらの後ろから


「早く帰ってくるんだよ」


と叔父さんがかけた言葉が聞こえる

恐怖に支配されながらも


「わかりました!行ってきます」


と必死に声を絞り出しながら笑顔で答えた

答え終えると力いっぱいに走りながら、その場を離れるように去っていった…




しばらくして叔父さんから逃げるように遊びに行く姿を見ていた桜野刑事は


「本当に元気になったな太陽そらくんは」


と溢した

その言葉に叔父さんは少しビクつきながら


「はい私もそう思います」


と笑顔で切り替えす

それに対して桜野刑事は


「でもやっぱり上手いこと行きませんか?」


と問いかけた

それに〝虐待に気づかれたのでは?〟とビクつき、少し冷や汗をかきながら


「やっぱり両親が死に、前の人にも裏切られたせいか…

なかなか難しいのも事実ですね」


と叔父さんは上手いこと切り替えす

それを聞いて


「そうですか、、、すみませんが太陽そらくんの件よろしくお願いします」


と叔父さんに桜野刑事は頭を下げて答えるのだった


「はい任してください!少しでも彼の心を癒せるよう頑張りますよ」


と笑顔で答える叔父さんを見て〝任せても大丈夫そうだな〟と感じたのか、桜野刑事は


「ありがとうございます

それでは仕事がありますので」


と言って仕事に戻るのだった




その夕方、太陽そらは家に帰るなり腕を掴まれた

その掴む手はいつも掴む握り方ではない

〝骨が折れるのではないか〟と思うほどの強さで握られている


「痛い痛い痛い、伯父さん痛いよ」


泣きながらそう言うと、凄い剣幕で叔父さんは太陽そらを睨み


「お前刑事に余計なこと言おうとしたな!

それに助けを求めようとしたよな!」


と怒鳴るように言った

その姿に恐怖で震え上がる太陽そらをよそに


「こっちに来い」


と叔父さんは家の一室に引きずり込んだ

ここは叔父さん夫婦が、よく暴行を行う為に使う部屋だ

ここに来ると太陽そらは〝トラウマ〟からか、震えが止まらなくなる

そんな太陽そらに追い打ちをかけるように叔父さんは言った


「ここで少し頭を冷やしておけ」


そう言い終えると部屋から出て扉と鍵を閉めた

この家自体が特別な作りになっているのか、この部屋にはなぜか窓がないのだ

六畳ほどの和室で家の内側にあるのだが、電気をつけるスイッチが外に取りつけられている

だから扉を締め切ると真っ暗で何も見えない、いわゆるここは暗く密閉された監獄のような部屋の造りになっているのだ

そんな部屋に閉じ込められる恐怖から、太陽そらは必死に扉を叩きながら


「嫌だ、嫌だ、ここは嫌だ、

一人にしないで」


叫び訴えるが叔父さんは聞く耳を持たない


「嫌だ、、、出してよ」


太陽そらは小さく消えそうな声で、泣きながら扉の前に座り込む

流した涙が止まらない、暗くて何も見えない、そんな状況でただ一人そこに…


少し泣き続けやっと落ち着くと

その暗闇が太陽そらの心を少しずつ恐怖に引きずり込む

泣いている時はそんなに感じなかった恐怖がさらに増してくるのだ

その恐怖に太陽そらは耳を塞ぎ小さく丸まると、部屋の隅でじっと固まる事しか出来なかった

そして部屋の中でも恐怖はあるが、外に出ても恐怖がある絶望に少しずつ孤独な思いが膨れ上がるのだった


少しすると扉の鍵を開ける音がした

あれから何時間いたのか太陽そらには分からなかったが〝やっとこの暗い部屋から出ることが出来る〟

その思いでいっぱいだった

次の瞬間扉が開き叔父さんが笑顔で入ってくる

恐怖を感じながらも大人しくしている太陽そらを見て、反省したようだなという顔を一瞬浮かべると


「出ろ、ただしまた今回みたいな事があれば、また閉じ込めるからな」


と釘を刺すように伝える

それと同時に太陽そらは暗闇の恐怖に弱った心で見た笑顔に、生殺与奪権を握られてしまっていることに気づく

この時、太陽そらは叔父さんには本当の意味で逆らえないと、改めて感じるのだった




部屋から出してもらえると、すぐ食事の準備を手伝わされる

食事が始まると叔母さんが急に


「あ、そうそう、そうだわ太陽そら

今後のことだけど、学校には必ず通いなさい」


と話をする事すら面倒そうな口調でいった

太陽そらは滅多に話しかけない叔母さんの、その一言と内容に少し驚いている

しかし心無い口調と声は弱った心を胸をえぐっていた

それでも、いきなり何故その事を伝えてきたのかが気になり


「どうしてですか、僕に酷い事するのに、なんで学校に行けなどと…」


とうつむきながら少し強張った声で、疑問を投げかけた

すると叔父さんはその疑問には答えず

なんだその態度は、と言わんばかりの殺意を向けながら


「余計なことは聞かんでいい

いいかこれだけは守れ、友達だろうとこの家で起きたことは、絶対に口外するなよ」


と強い口調で釘を刺す

その気迫に気圧され太陽そらは口を紡ぐ…

何はともあれ学校に関しては、必ず登校させてもらえることになった

その事に太陽そらはホッとした表情を浮かべる

それと同時に〝少しは自分の事を考えてくれているのではないか?〟と感じていた


しかしその会話があった日から虐待は、減るどころか頻度が増えいった

〝また僕は殴られている、なんでなんだ〟

そう感じながら太陽そらはいつものように虐待を受けていた

そんな中〝どうしてこんなにも酷い事をするのに、学校に通わせてくれるのだろう?〟

そんな疑問が再び頭に浮かんだ

だから殴られる痛みから意識をそらせるために、それについて考えてみた…結果

いわゆる世間体や警察を気にして学校に通わせている事に気付いた


〝なんだ、、、僕のためじゃなくて自分達の為だったのか〟


それに気づいた太陽そらは、絶望のどん底へと落とされた気持ちでいっぱいになった

しばらくして叔父さん達が気を晴らし終えて部屋を出て行く

太陽そらは一人残されたあの暗い部屋で殴られ続けた傷の痛みを感じながら、その絶望に押しつぶされそうになるのだった

その日からの太陽そらはなるべく影を薄くして生き、叔父さん達の機嫌を損ねないように暮らすようになった




そんな叔父さん達夫婦と太陽そらの暮らしも三年半が経ち中学一年になったある日だった

いつものように叔父さん夫婦が、何かにイラついて太陽そらの事を殴ったりしていた


「ピンポーン」


インターホンの音が家に鳴り響いた

その音に怒りをぶつけていた二人の手足は止まり、明らかに動揺している


「おいお前、こんな時間に誰か来る用事あったか」


と叔父さんが時計を見ながら呟く

時計は夜中の二時過ぎを示している


「あるわけないじゃない」


と少し焦っているのか、冷や汗を流しながら叔母さんが答える

少しの沈黙の後


「出ないのはまずいわよね」


と叔母さんが言うと、叔父さんは舌打ちをして叔母さんに、一緒に来いと首を振り合図をする

部屋を出る瞬間に


「お前はここで大人しくしていろよ」


と言い放ち叔父さん夫婦は玄関へと向かった

玄関を開くと叔父さん達はびっくりした表情を浮かべる

目の前に桜野刑事が立っていたからだ


「夜分遅くにすみません一緒に来ていただけますか」


と桜野刑事が言うと


「なんなんですか、本当にこんな夜分に、一緒に来いってふざけているの」


と声を荒げて叫ぶ叔母さんの声が家に響く

確かにいきなり過ぎで、腹が立つのは当たり前だと思う気もするが、その考えは桜野刑事の次の言葉で無くなった


「ふざけているのはあなた達の方です

あなた達、太陽そらくん虐待してますよね

証拠は上がっていますよ」


その口調はいつも優しい桜野刑事のものではなく、とても強くとても怖い印象を与えた

その怖さと虐待の件がバレた二つが伯父さん夫婦にこたえたのか、足から崩れ落ちるようにその場に座り込む


「連れてけ」


そう言う桜野刑事の後ろで控えていた刑事も、優しい桜野刑事のあんな口調や姿を見るのが初めてなのか、少し気圧された様子で


「あ、は、はい」


と慌てて手錠を出し逮捕する

太陽そらは玄関から聞こえるその会話を聞いて〝あの部屋〟から様子を伺うように出て来る

そこには桜野刑事が叔父さん夫婦を睨みながら立っていた




それからすぐに叔父さん夫婦が連れて行かれると、太陽そらは桜野刑事に駆け寄り後ろからそっと抱きついた

桜野刑事は少し驚いた様子だったがその状態を受け入れ、じっと太陽そらが落ち着くまで待っていた

しばらくして落ち着くと、抱きついた手を離し


「いきなり、すみませんでした」


と弱々しく放つ、その言葉を聞いて桜野刑事は太陽そらの方へと向きを変え


「落ち着いたか」


と優しく声をかけながら手を頭に乗せ、太陽そらと同じ位置までしゃがみ込む

その優しさが太陽そらに勇気を与えたのか


「僕、虐待されていたんです」


と今にも消えそうな声で呟くと〝申し訳無かった〟と言う顔を浮かべ抱きしめてくれた


「すまなかった、今まで気づかず、、、本当にすまなかった・・・」


桜野刑事のその言葉を聞いた瞬間、太陽そらは三年半の間押し殺してきた感情が溢れ出したかのように、ひたすら泣き叫んだ

それはあの葬式で泣き叫んでいた子どものように、儚く壊れそうな姿だった


それからしばらくして落ち着いたのか太陽そらは桜野刑事の上で眠ってしまった




そんな桜野刑事に一人の刑事が近づいて来た


「桜野さん、実はお話が…」


と横から桜野刑事に話しかける

太陽そらが子どものように抱きついて寝ているため、身動きが取れない桜野刑事は


「すまんな今身動きが取れなくて、、、なんだ」


と答える

すると刑事は桜野刑事の耳元で内容を話した

内容を聞き終えると桜野刑事は


「なるほど、わかった、起きたら伝えておこう

今日は上がっていいぞ」


と言ったがすぐに


「すまん、ちょっと待ってくれ

この者に連絡を取っておいてくれ」


と呼び止めポケットから紙とボールペンを取り出し、何かをメモりながら紙を刑事に渡した


「すまないな、よろしく頼む」


と刑事にお願いすると


「はい、分かりました」


と言って刑事は早速頼まれた仕事をするため戻って行った

それから桜野刑事は玄関で風邪を引かないように、抱きついて寝ている太陽そらを起こさないよう居間へ運ぶと、そのまま起きるまで待っていた

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