第7話『異世界召喚の真実……っておいぃぃぃ!?』


そうして僕はウェンディスに連れられて、1軒の家の前まで来た。


「さぁ、兄さま。ここが我が家です」


「うん」


 そうか……ここが僕の家なのか。

 その家は古い木造の建物だった。

 小さな1軒屋だ。1階建ての建物で、2人で住むには小さすぎるんじゃないかと思えるくらいに。

 それでも、周りにも似たような家が何軒かあった。この作りが普通なのだろう。


「こんな古い建物しか作れない世界になぜコンドームやエロ本が……」


 今更ながらに疑問を覚える。


「なにをぶつぶつ言っているんですか兄さま! ほら、行きますよ!」


「ちょっ、だから引っ張らないでって!!」


 そうして僕とウェンディスはわが家へと入る。

 中には小さな木製のテーブルが1つ。その脇に2人分のベッドが並んで用意されていた。おそらく僕とウェンディスの分だろう。


「さて、兄さま」


「待って! イヤ本当に待ってウェンディス! 僕は妹とそんなことをするつもりはないよ!?」


 いやまぁ僕はウェンディスの事を妹として認識していないけどさぁ。

 それでも会ったばかりの、しかも13歳の女の事そんなことをするつもりはない。


「兄さま。もしや雑貨屋での話を真に受けてらっしゃるのですか?」


「え? 冗談だったの?」


 本気にしか見えなかった……。


「はい、さすがに兄と妹でそんなことはしませんよ~」


「そ、そうだよね。ごめんね、真に受けちゃって」


「はい、20%ほど冗談です」




 ……ヤバイ……80%くらい本気だ……。




「それで兄さま……お聞きしたいことが何点かありますのでまずはこちらにお座りください」


 そう言ってウェンディスはテーブルに備え付けられた椅子へと座り、もう1席ある椅子を指し示す。


「う、うん」


 なんだろう? いったい何を聞かれるのだろうか? まぁまた変な事だろうけどさ……。

 まだ会ったばかりだというのに僕はこのウェンディスがどんな子なのか理解し始めている。この子は……残念な子だ!!


 そんなことを思いつつ、僕は指し示された椅子へと腰を下ろす。


「さて……」


 ウェンディスはその身を乗り出してこちらを至近距離で見つめてくる。そして、


「あなた、私の兄さまではありませんね?」


「え?」


 なにぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!??

 僕がウェンディスの兄じゃないってばれてる!?

 ま、待て。ただの冗談とかかもしれない。とりあえずごまかしておこう。

 

「え? なに? ごめん。何を言っているのか分からないんだけど!」


「今、まゆをひそめましたね? さらに兄さま。口を手で覆っていらっしゃいますね? さらに今、私から目を逸らしましたね? そして汗の量が増えてらっしゃいます。 先ほどの口調も本当に何のことか分からないというのならもっと落ち着いて言うはずです。しかし兄さまは慌てて口にしていました。そして呼吸のリズムも多少変わりましたね? 私の質問に対する返答もいつもの会話から比べると早いくらいです。

 これらはすべて嘘をつく者が取りがちな物です。他にもありますがお聞きになりますか?」




 こ、怖えええええええええええええええええええええええ!!

 そんな些細ささいな行動で嘘を見破るのかこの子!?

 や……ヤバイ……このウェンディスって子は自分の兄に対して強烈な想いを抱いている。

 そんなお兄さんに僕が成り代わってるなんて知ったら僕の身がどうなるか……想像するだけで恐ろしい。


「兄さま。そんな怯えなくても大丈夫ですよ」


「は、ははは。いやいや、僕は怯えてなんて……」


「心音が随分早くなってらっしゃいますし、体全体の動きも少なくなっていますよ? それになにより怖いのを隠すなら手足の震えを抑えないといけないじゃあないですか」


 クスクスと笑うウェンディス。

 だから怖いんだって!! なんでそんな的確に僕の心を読めるの? エスパーか!?


「兄さま兄さま。これは私が特別な力を持ってるとかではありませんよ? 魔法も特に使っていません」


「もう完全に心を読まれてる!?」


 心の中の声に返答されたぞ!? もう本当に怖い!!


「そもそも、私はあなたが私の兄さまで無いとしても、怒るつもりなどありませんよ」


「へ? そうなの?」


「はい、だってあなたも私の兄さまですから」


 どうしよう……この子が何を言っているのか分からない……。


「とりあえず……自己紹介をしていただけると嬉しいですわ、兄さま」


 そのウェンディスの言葉に僕は観念して、これまでのいきさつを話した。

















「なるほど……兄さまは異世界から来たのですか」


 ウェンディスちゃんは僕の話を真剣に聞いてくれた。

 異世界から召喚されたっぽいこと。

 ステータスが見える事や勇……者??? というクラスの事。それら全てを僕は話した。


「まず兄さま。兄さまの名前は豊友ほうゆう 洒水しゃすいで宜しいですか?」


「ああ、うん。僕の名前は豊友ほうゆう 洒水しゃすいだよ。それがどうかしたの?」


「私の兄さまの名前も豊友ほうゆう 洒水しゃすいです」


 ん? どゆこと?


「つまりですねぇ……なんというか……あなたは意識のみが私の兄さまに憑依ひょういした形なのだと思います」


憑依ひょうい?」


「はい。筋肉の付き方など、体つきは私の兄さまそのものです。確かあなたの世界では争いなどは無かったのですよね?」


「少なくとも僕の周りではね」


「であるのならば、やはりあなたの肉体がこの世界に来たのではなく、あなたの意識のみが私の兄さまの体に入ったのだと思います。争いのない世界でそこまで鍛えられるとは思いませんから」


 ……まぁ確かにこの世界の僕のステータスはドラゴンを上回っていた。

 元の世界の僕のステータスなんて見たこと無いから分からないが、少なくともドラゴンを超えてはいなかったと思う。

 そして周りの村人が僕の名前を知っている理由もわかった。

 彼らは僕の事を知っていたのではなく、この場所で生きていた豊友ほうゆう 洒水しゃすいの事を知っていたのだ。

 彼らは中身が僕に入れ替わったことに気づかずに僕に呼び掛けてくれただけだったのだ。



「それにしてもなんでこんな事に……僕は勇者になりかったっていうのに……」


 別に元の世界に未練があるわけではない。いや、いつか戻りたいかなぁくらいは思うけれど。

 それでもどうせ異世界召喚されるのならば、勇者として召喚されたかったなと思わずにはいられない。


「あは……は……。な、なんででしょうねぇ~~」


 僕から視線を外し、声を上ずらせるウェンディスちゃん。


「え? なに? 何か心当たりがあるの?」


「…………」


 そのまま黙り込むウェンディスちゃん。


「何か思い当たる事があるなら教えてくれないかな? 推測でも何でもいいから教えてほしいんだ!」


 情報が不足している今、今はどんな情報だろうが欲しい。

 やがてウェンディスちゃんはゆっくりと顔をあげ、


「兄さま……私はとんでもないことを……兄さまになんとお詫びすればいいのか……」


「ウェンディスちゃん……」


 彼女の兄の意識は僕が上書きしてしまった。

 その意識はどこにいったのか分からない。消滅したのかもしれないし、僕と融合したのかもしれない。

 その原因がウェンディスちゃんにあるのだとすれば……なるほど、自分を追い詰めるのも当然かもしれない。


 しかし、しかしだ。

 妹が落ち込んでいるのを兄が黙ってみていられるだろうか?

 ウェンディスちゃんの兄だって、彼女が自責の念で追い込まれていくのを望んでいるはずがない!


「ウェンディスちゃん! 僕は君のお兄さんじゃないけど……君のお兄さんだって君を責めないと思うよ!

 妹が傷つく姿を望む兄なんて居ないんだから!!」


「兄さま……」


 ウェンディスちゃんが僕の姿をその瞳で捉え、そう呟く。


「異世界の洒水しゃすいさん……お願いがあります」


「なんだい?」


「私の兄さまになっていただけませんか? 私の心の支えになっていただけませんか?」


「僕で……いいのかい?」


「あなただからいいのです。あなたは兄さまとは違うけど兄さまと一緒です。その心のありよう、何よりもその魂から兄さまを感じます」


 魂というのがあるのかは僕にはわからない。

 でも、多分僕とウェンディスちゃんの兄は姿かたちが一緒ってだけではなく、その内面も似通っていたのだろう。


「僕でいいなら……分かった。ウェンディスちゃんの兄になるよ」


「ありがとうございます。それともうひとつお願いがあります」


「なんだい?」


「これから私が話すことを聞いても私の事を嫌わないでください……。怒らないでください……」


 これから話すこと……。それはきっと僕がこの世界に来た理由。

 そして彼女の兄の体に僕の意識が入り込んだ理由だろう。

 彼女が何をしたのかは分からない。でもこんなに落ち込んでいるんだ。責めるもんか! 嫌うなんて出来るわけがない!


「分かった」


「ではお話しします」


 ウェンディスちゃんは僕の目から軽く視線を外して話し始める。

























「別の世界があることは私も知っていたんですよ~。

 それで兄と同じ魂があることを知って、別の世界の兄さまも私のものだぁ!! と冗談で魔法を使ってみたら……てへっ♪」 


 ……………………………………………………………………ん?


「ごめん……もう一回分かりやすく説明してくれない??」


 おかしいな。耳がおかしくなったかな?


「つまりですねぇ。世界は複数あるらしいのですが、そこに住む人々は結構似ているところがあるみたいなんですよ~。

 私と同じ魂を持つ存在も異世界には何人かいらっしゃるでしょうし。兄さまと同じ魂を持つ存在も異世界には何人かいらっしゃいます」


「うん、それで?」


「それでですねぇ。異世界にも兄が居ると思ったら興奮してしまって……。兄さまの魂を触媒しょくばいに、兄さまと同じ魂をこの世界へと召喚する魔法を使っちゃいました。てへっ♪」


 ……………………………………………………………………


「な、なるほど……それで僕が召喚されたと?」



「そうだと思います。兄さまの体に意識が宿ったのは、私が兄さまの魂を触媒に使ったからですかね」


 ほ、ほほう。な、なるほどなぁ……。


「ウェンディス」


「なんですか? 兄さま」


「ふん!」


 僕はウェンディスちゃんの頭に拳骨を喰らわせた。


「きゃっ。いったぁ~~。何をするんですか兄さま!!」


「何をするんですかじゃあないよ!? そっちこそ何してくれてんの? なんなのそのしょうもない理由の召喚!? 召喚されたこっちの身にもなってよ!? 意識を上書きされたお兄さんの身にもなってよ!!」


 こんなしょうもない理由で意識を上書きされたお兄さんが可哀そうすぎる!!


「失礼な!! 兄さまの許可は取ってありますよ!!」


「取ってるの!?」


 どんだけ寛容かんような兄なんだよ!?


「勿論です! 私が召喚の際、お兄様の意識が上書きされるかもしれないことを伝えたら「お前から解放されるなら本望だよ……」と遠くを見ておっしゃっていました!!」


「お兄さーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーん!!!」


 あんた!? 僕にこの子を押し付けやがったな!?

 っていうか自分が消えることよりも、妹に付き合わされ続ける方が苦痛だったっていう事か!! どんだけこの子は兄に迷惑をかけ続けてきたんだ!!


「いやぁ、苦労しましたよぉ。

 異世界からの召喚なんて私の魔力でも簡単には出来ませんからねぇ。

 でもそこは勇者の召喚に合わせる形で何とかなりました。お姫様が勇者の召喚の為に世界の間に穴をあけた瞬間であれば私の魔力でも可能じゃないかと思いましたが、成功して良かったです」


「こっちはちっとも良くないけど!?」


 そんな意味不明な理由で召喚されるなんてこっちからすれば迷惑でしかない!


「しかし兄さま。兄さまは元の世界に未練などあまり無いのでしょう? それどころか他の世界に想いをせていたのではないですか」


「え? なんでそれを?」


「望まない者を召喚させることなんて私にもできません。ここに兄様が召喚された事。

 それ自体が兄さまが他の世界へと行くことを心のどこかで望んでいたという証拠なのです!」


 あ、そうなんだ。

 まぁ確かに元の世界にそんなに未練はない。

 他の世界に行きたいと思っていたのも事実だ。だけど……、


「僕は勇者になりたかったのであって、村人になりたかったわけじゃなーーーーーい!!」


 そう、そうなのだ。

 僕は勇者になりたい。

 だから異世界に行って勇者として悪をバッサバッサとなぎ倒したかった。

 そこで仲間との冒険! 熱い物語!

 仲間のヒロインとの甘酸っぱいストーリー!

 そんな物を夢見ていたのに……異世界召喚されたら村人だとぉぉぉぉぉ!! ふっざけんなぁぁぁ!!!




「まぁまぁ、兄さま。過ぎてしまったことは仕方ないじゃありませんか」


「君が言う事じゃ無いよね!?」


 確かに過ぎてしまった事は仕方ないかもしれないが、それを元凶であるこの子が言うのは何か違う気がする。


「さっきからなんですか兄さま! 私の話を聞いても怒らないって言ったのにさっきから怒りっぱなしじゃあないですか!!」


「そりゃ怒るよ!! そんなしょうもない理由で召喚されただなんて知ったらさぁ!!」


 まさかそんなしょうもない理由で召喚されただなんて思いもしなかったしさあ!!


「約束を簡単に破るなんて……兄さま! 私は悲しいです!」


「僕の方が悲しいよ! こんなしょうもない理由で召喚されるなんてさあ!!」


 もう涙が出てきそうだよ……。


「まぁそれは置いといてですね」


 ウェンディスがそれまでの話は無かったかのように、話を切り替えようとする。


「いや、置かないで? まだ話は終わってないよ?」


 まだまだ文句が言い足りないんだけど!?


「兄さまにはこの世界について説明しますね」


「……よろしくお願いします」


 この世界の話には興味がある。まだまだ文句は言い足りないけど、僕はじっくりとウェンディスの話に耳を傾けることにした。

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