第25話 イチの帰宅

 翌朝6時ミータが鳴く声でヨンとレイは起こされた。


 ヨンがドアを開けミータを呼ぶと凄い勢いで部屋の中に入りベッドにいるレイに文句を言うように鳴いた。

 「ごめん、ごめん、どこにいるか探した?」

 身体を半分起こしてミータの耳を触っているレイの隣にヨンは滑り込んだ。

ヨンは自分にレイが寄りかかってくれるように肩に手をまわした。

 「ドアを開けておけば良かったか?」ヨンもミータに話しかける。

 「ミータに見られるけど、いいの?」

 「それは困る。ミータが話せなくて良かったな。話せたらこの状況を報告されてたかもな」

 その報告をしなければならない。今日はニイもイチも戻って来る。

 「ニイとイチにいつ言う?」

 「早い方がいいよな。今日俺から言うから」

 「イチには私から言いたい。おじさんたちには?」

 「オヤジと母さんに言うのは、極力遅くていいだろう」

 二人の反応を想像して、レイは何度も頷いた。



 イチは土曜の朝早くに帰って来た。

 車が混まない夜中に琵琶湖を出発し朝8時には東京の家に着いていた。

 「お帰りー」洗濯物を干していたレイが屋上から声をかけてきた。

 「ただいまー」と手を振ってイチは家に入った。


 玄関でミータがイチを喜んで出迎え、ヨンがキッチンから顔を出した。

 ヨンは平日よりも早い時間にミータに起こされた。そのままレイと一緒に朝食を食べた。その後、皆が帰って来る前にもう一度だけと言ってレイを抱きしめた。今はレイが洗濯物を干している間に朝食の後片付けをしているところだった。


 「ただいまー」イチはミータを抱いたままヨンに声をかけた。

 「朝メシは?」キッチンからヨンがエプロンを外しながら出てきた。

 「サービスエリアでラーメン食べた」

 「早朝にラーメン食ったのか。さすが若いな。コーヒー飲むか?」

 イチがうなずくとヨンはコーヒーマシーンに3杯分の豆をセットしてスイッチを押した。

 「ねぇ、ヨン……」イチはなぜかその後を言わない。

 「何だ。早く言え」

 「ヨンからレイの匂いがする」

 「……凄いな。警察犬並みの嗅覚だ」

 ヨンはとっさに服の匂いを確かめるが、レイの匂いはわからない。

 「そういうこと?いつから?レイが変な男と付き合わないように見張ってよ」

 「そういうことだ。俺はレイと付き合っている。だから最後のセリフはおかしいだろう」

 「ねぇ、ねぇ、いつから?」

 興味深々のイチを無視してヨンは自分が気になったことを聞いた。

 「レイの匂いってどれだ?」

 イチはヨンの周りを犬さながら鼻をひきつかせ、ヨンの左胸のあたりから左腕を指す。

 「この匂い。レイはね、顔と身体にラベンダーとミントのアロマオイルをつけてるんだよ。それの原液を浸したガーゼをタンスにも入れているから服からも同じ匂いがする。かすかに匂う程度だけどね。ずっと一緒にいると匂いに慣れてくるから、わからないのかも」

 ヨンはさっき抱きしめた時にレイのミント香りを思い出した。「ずっと一緒」との言葉に夜のことまで見透かされたようで少し動揺しながらイチを見ると、からかっているのではなく真面目に言っていた。

 「イチ、俺がレイと付き合っても大丈夫か?」

 「レイと付き合える人はヨンぐらいしかいないよ。ほら、レイは変わってるじゃん」

 「残りは心の中で言った方がいいと思うけど」

 ヨンはレイの気配を感じてイチに忠告したが、イチは察してくれず続ける。

 「喋らなければ可愛いのに、その上、その辺の運動不足な男より強いから」

 「で、他には?」

 レイの声にイチが恐る恐る振り向き、愛想笑いを浮かべた。

 「イチ、パンチとハグどっちがいい?」レイは笑いながら両手を広げた。

 イチは観念したようにレイにハグされたが、そのままレイの耳元で囁いた。

 「俺は賛成。ヨンと結婚して」

 レイは驚いてイチから身体を離しヨンを見る。

 「何も言ってない。その前に警察犬並みの嗅覚で嗅ぎ付けた」

 「ヨン、今日からお兄さんと呼んだ方かいい?」

 「やめてくれ」

 ヨンの切実な声にイチとレイは笑った。

 


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