169 標25話 あたしって、ほんとバカ。ですわ 3


 ところで。

 イベントと言うと普通はあんまり自分と関係ないかな?とか、思っちゃうよね。

 それが意外と関係するのは観光地の選択だ。

 もう宿泊先なんてものは旅の目玉でしょ!

 もらいたくないのが大目玉。

 だけど目玉なら必要だ。


 あたしが選ぶならホテルの基準は料理になる。

 彩音だったらバーの品格かな?

 けれども優華の基準は違う。

 『いかに暇を潰せるか?』だ。

 簡単に言うと、ホテルに10個の見逃せないサービスがあるとしたら、あたし達なら10個全部を回るんだけど優華は違う。

 10個サービスがあるんだから10泊するのが優華の流儀だ。

 よくある表現だと『コテージが一軒だけある南の海の小島で何もしないで寝て過ごす贅沢』が近いかな?

 例えばつるぎざきの岩の上で朝から夕方まで日光浴して寝転んでいるだけとか、飽きるまで1個だけを楽しむ。


「飽きるまでやったのにまた次回もやりたいと思ったら、それは楽しかった証拠でしょ。違わないよね?」

「同意だね。食べ飽きるほど食べて、また食べたいと思ったらそれは美味しい食べ物だとあたしは思う。彩音は?」

「最上の善きものは水のごとし。水を飲むのが嫌になるかって言われたら、それは有り得ないと言うしかないわね。ただし、米の香りはもう少し弱いと嬉しい」

あーや。それって水の話じゃないでしょ!」

「それと同じ様なものだって。比喩よ、比喩」

「美苗も同意?」

「あのー。僕、よく分からないんだけれどもさー。なんで好きな事をやってて嫌になるの?」

「だから嫌にならないんならそれは好きな事だよね、って会議よ」

「あ!なら僕は賛成票」


 交通費の美苗は僕っ娘だ。

 保育園時代は「わたし」だった筈なんだけど、あたしが気付いた時にはいつの間にか僕っ娘に進化していた。

 大学進学に向けて矯正を努力したんだけれども、社会人になった今でもあたし達みたいな気が置けない友人たちとの会話では僕っ娘健在だ。


 美苗は鉄道・ヨシ!バス・ヨシ!マイカー・ヨシ!全ての交通手段を網羅するあたし達の専属ドライバーだ。

 ただし不得手な移動手段が一つだけある。

 テクシーだけは四人の中で最初に音をあげる。

 黒髪美人の見かけお嬢様な優華よりも体力が無いとはお前の体はどうなってるんだ!


「んな事、言ったってさ。自動車って言うのはシートに座ってペダル踏んでたら前に進むんだよ?体力関係ないよね?」

「せめて前は見ろ」

「何、言ってんのさ。前見てなかったらカーブで路外に飛び出すでしょ。これでも僕、無事故無違反だよ?」

「さっき新幹線を見つけた時、横向いていたわよ?」

「真横の線路を新幹線の新型車両が走っていたら、普通見るでしょ?」

「運転手以外はな」

「そんな事言ったって、今走っているのは高速だよ?直線だったらしばらく横向いてたって大丈夫だって」

「だから駄目!」

「誰だ?こいつに路上検定合格の判押した自動車学校の教官!」


 なんて話をするくらいには四人の中で一番あくが強い。


 ある日あたし達三人は考えた。

 もー、見るからにのんびり屋の美苗に旅行のスケジュールを任せたらどうなるだろうか?


「ん?いいよ」


 二つ返事で了解を得られた事でミステリーツアーの実行が決定された。

 ミステリーツアーは999劇場版の頃に国鉄も行なって、小学生のみ参加だからってボックス席1シートに三人座らせてえらい批判を浴びた。

 美苗主催のミステリーツアーだから何も問題は出ないと考えたあたし達は3泊4日のドライブに出掛けた。

 出発地はきっしょう、出発時刻は午前四時。

 お昼は明石でたこ飯を食べた。

 おやつは岡山でまつりずし・大。

 プラの重箱は一般的なおせちサイズだね。

 思えば、この辺りでおかしいと思うべきだった。


「晩ご飯は馬ステーキを予定しているんだけど、駄目な人っている?」

「馬?」

「そう。熊本名産の馬肉」

「熊本名物って馬刺しじゃないの?」

「刺身があるなら焼きもあるでしょ」

「そうなの?」

「ローがあるならブルーもレアもあって当然でしょ?馬ステーキは美味しいよ。脂が無い赤身でしつこくないから、分厚くても余裕で食べられるよ?」

「美苗が言うなら」

「あたしはいいよ」

「私もいいよ」


 ローは文字通りの生。

 ブルーは表面を焦がしただけの生。

 例えるならアタリメ?

 レアは中身が赤いから生焼けだと思う人がいるかも知れないけれど、それは違う。

 肉食い民族である欧米人の感覚では、芯まで温まったら火が通っているんだ。

 色は関係ない。

 どっかの魚喰い人種が自分の知らない魚を見ると醤油で刺身を食べたくなるのと同じだったりする。


 肉を食べると自分の肉になる。

 実はこれには意外な事実が隠されている。

 霊長類の一部には体内でビタミンCの精製をできない種類がいる。

 人類は抗酸化物質として尿酸を体内精製しているんだけどビタミンCが無いと細胞の更新ができない。

 これが壊血病だ。

 では植物が無い砂漠や北極圏の住人はどうしているかと言うと動物性ビタミンCを摂取している。


 そのほかのほぼ全ての動物はビタミンCの宝庫だ。

 だけどビタミンCは加熱すると壊れる。

 エスキモーが生肉を食べるのは暖を取るためだけじゃあ無いんだね。

 しかも寒すぎて病原菌や腐敗菌が存在しないから生ホルモンが無いと体内細菌の補充ができないとる。

 アザラシを一年間寝かせてどろどろに溶けた内臓を肛門から吸いだして飲むとか。

 ばい菌が無い世界ならではの調理法だよね。


 んで、その日の夜は指宿いぶすきで泊まった。

 せっかくこっちまで来たんだから鳥取砂丘ははずせないよね。

 その一言で朝早く出発して出雲でかにめしを食べて砂丘散策。

 一人だけごきげん弁当を喰った裏切り者がいた。

 そんなにお酒が飲みたいのか?


 遊びすぎて時間がなくなったから手近な敦賀でかにを食べる。

 暗くなっても走り続けているからそのまま寝たら、朝には酒田を走っていた。

 秋田フキの一本物砂糖漬けなんてお土産が売っていたから、あたしだけおやつで食べる。

 

 日本のアンゼリカはフキが材料だけど、本物はでっかいタデの葉の柄なんだよね。

 イタドリの方がよっぽど近縁種だ。

 タデ科は葉にシュウ酸が多いから葉っぱを食べるとお腹を下します。

 そんなにおやつが食べたいの?と誰かに言われた。


 三日目のお昼は奥入瀬観光。

 『おいらせ』と書いて『おくいりせ』と読まないあそこだ。

 ただの倒木があふれた川だっていう感想は伏せておく。

 夜は大間でマグロを食べて、四日目の朝は本州最北端にあるJR北海道の駅前出発で東京に戻る。

 今更言う事でもないだろうけど、ただ車に乗っていただけって気がする。

 そんなあたし達三人でも疲れたんだ。

 さぞや運転を一人でしている美苗は疲労困憊だろうなと、思った時もありました。


「あ。僕は大丈夫だよ。さっき寝たから」

「え?みんな寝てる間にサービスエリアに入ったの?」

「言ってよ。トイレ行ったのに」

「入ってないよ?」

「路肩で寝たな?駐禁だぞ!」

「非常時はいいんでしょ?」

「停まらないよ!路肩停車は危険なんだよ!」

「なら、いつ寝たの?」

「実は寝てないんでしょ」

「寝てたよ。気が付いたら隣の車線走っていたから間違いないよ」

「は?」「え?」「い!」


 衝撃の告白だ。


「お前寝ろ!すぐに寝ろ!次のサービスエリアでピット・インだ!」


 旗を振っているガソリンスタンドがたまーにあるけれど、あれってブーム最初の一年間は本当にチェッカーフラッグを振っていました。

 今ではのぼりとかまで振っているから、理由がまったく分からないよね。


「大丈夫だって。さっき寝たから」

「さっき寝たからすぐに寝ろって言ってんのよ!」

「でも、あれをやったら半日は眠気が吹っ飛ぶから今は寝られないよ?経験者は語ります」

「そんなに頻繁にやってるのかよ。前回はいつの話だ?」

「昨日」

「……。その前は?」

「おととい」

「あえて聞くけど、昨おとついもやった?」

「決め付けないでよね。もしかしたら寝ていたんじゃないかって言うだけで、寝ていた間の記憶は無いんだから。もしかしたら気を失っていただけかも知れないでしょ!」

「なお怖いわ!」

「一回休憩取ろうな。あたしは二度も自動車事故で死にたくない」

「あれ?サヤカって死んだ事があるの?」

「ある訳無いよ」

「そうよねー」

「アーホ」

「「ウフフフフ」」「ハハハハハ」


 そこまで思い出して、あたしは気が付く。

 あたしが十一歳の時、パパの運転する車が事故を起こしてパパ、ママ、あたしの三人は死んだ。

 少なくともあたしは間違いなく死んだ。……筈だ。

 でもそんな事は思い違いだ。

 何故なぜって、パパもママもあたしも現にこうして生きている。

 あたしはパパとママの顔を見る。

 変わり番こに何回見直してもそれはあたしのよく知っている二人の顔だ。


 ――知っていて当然だ。

 それはあたしが十一歳の時の二人の顔だ。

 不意にあたしは気が付いた。

 さっき見た朝刊のテレビ欄に書かれていた番組はあたしが子供の頃に放送されていたものばかりだ。


 えーい、テレビうるさい!

 あたしはリモコンのボタンを押す。

 真っ暗になった液晶画面にあたしの十一歳の時の顔が映る。

 視界が涙でにじんでくる。

 世界が白くよごれ始める。

 かつてあたしの目の前で真っ紅に塗り潰された、あたしが一番最初に大切にしていた世界が今度は真っ白にけがされていく。


 騙すんなら最後まで騙してよ。

 ばれるような下手、打たないでよ!

 知らないままの方が……、分からないままでいた方が幸せだ!って事だってあるんだよ!

 そして全ては白くなっていく。

 あたしには、何も区別ができなくなる。

 ただ……。

 自分が泣いている事だけははっきりと判った。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「ふわぁあああああー。夢おち?」


 なんか良く覚えていないけれど、もの凄く変な夢を見た。

 とりあえずもう朝だ。学校がある。

 あたしは体を起こしてベッドのへりに座る。

 そして右手のひらを見る。

 人差し指を一本立てる。


「トーチ」


 あたしの呪文に反応して魔法術が発動した。


 えーい、やめやめやめー!

 この世界に魔法は無い。

 現実の日本には、奇跡も魔法も無いんだよ。

 もうあたしは間違えないんだ!


「ごめん、カミーラ」


 あたしは異世界に生まれ変わったならできていた筈の可愛い妹に謝罪する。

 思い出されるのは「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」と、いつもあたしの後ろを追いかけて来たまぶしい笑顔だ。

 でもカミーラなら分かってくれるよね?

 この世界にはパパもママもみんなもいるんだよ。

 あなたとは思い出の中でいつでも遊べるんだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る