137 標21話 太陽の花・登場!ジューンブライド聖騎士団ですわ 6


 ユニバースにある代官邸においてフレイヤデイ側、ジューンブライド側による交友夜会がり行なわれました。

 ジューンブライド家のユニバース別邸へと移動した日輪聖女ナリアムカラは邸内の執務室にある大きな机の前に座って、立ち並ぶ四人のゴーレム操騎士を見つめながら先ほどの夜会について思い返します。


 昼間は女性騎士風にズボンの上に巻きスカートの軽装鎧姿だったナリアムカラも、パーティーでは公爵令嬢として夜会服で登場です。

 胸元の淡いオレンジから裾の深紅へと繋がる様に彩るワンピースドレスはその美しさを引き立てます。

 立ち振る舞う姿にフレイヤデイからは男女を問わず感嘆と賛美の声が上がります。

 結い上げた青い髪には生花なまばなを錯覚させる精巧なリンダの大きな髪飾りが載っています。

 それを身にした彼女の美しさにフレイヤデイ騎士団員たちさえも息を飲みます。


 一方で白光聖女の末裔であるユリーシャと歓談したナリアムカラは、オンユーフから一人の少女を指し示されます。

 それこそはルーンジュエリアです。

 ジューンブライドの浮遊破城砕について、他人ひととは違う妄想を語った少女です。

 本人が知らないところでナリアムカラはその姿を評します。


「――ジュエリア、か。……」


 ナリアムカラはその名前に聞き覚えがありました。

 そう。

 彼女の従兄が見初めた、セイラと名乗った少女の主人がジュエリアです。

 ナリアムカラはルーンジュエリアの横に従う少女へと目を向けます。


「彼女がエリスセイラ……。連れのルーンジュエリアはサンストラックのバケモノであり、フレイヤデイ令嬢グローリアベルの魔法術の師。決まりかな」


 従兄の語ったセイラの髪は燃える様に美しい真っ赤なストレートだったそうです。

 それは赤を尊ぶ公王家第一王子である自分の従兄バンセーが妻に望むほどのものです。

 そしてサンストラックのルーンジュエリアは魔のフレイヤデイ出身である第一夫人がバケモノと呼ぶ存在だとか。

 この話を従兄に伝えれば喜ぶだろうか?悩むだろうか?と考えます。

 夜会のことを思い返している、そんなナリアムカラにハニービーは訊ねます。


「ナリアムカラ様。夜会にてお会いになられたグレアリムスの言葉が分からなかったのですが、どう言う意味なのでしょうか?」

「親愛なるハニービー。意味とは?」


 ん?ハニービー。何が不思議なの?

 ナリアムカラはそう言った趣旨の言葉を返します。


「ナリアムカラ様の宝冠を見た時の驚きようとそこから続くナリアムカラ様への言葉です。明らかに彼女はメッセージ・サークレットの事を知っていました」

「あのサークレットは六百五十年前から当家に伝わる物です。そしてそれは隠している訳ではありません。知っている人なら知っており、グレアリムスが話に聞いていたとしても不思議はありません」

「待たれよ、かみ

「親愛なるクリストマス。なにか?」


 おい、クリストマス。私はハニービーと話しているのよ?

 ナリアムカラが向けたきつい視線はそう主張します。


「グレアリムスのユリーシャは宝冠の存在を知らぬ様子だった。だが見ただけでそれをメッセージ・サークレットだと判断していた。故に儂は奴が別のサークレットを見知っていたと判断する」

「おいおいチャーリースペンサー卿。つまりあんたはメッセージ・サークレットが二つあるって言うのかい?」

「ゴッドネロス卿の言葉通りの意味になるかな」

「スタートテス卿!ユーロエイザ卿!お前らはどう判断した⁉」


 チャリアットはクリストマスの左に立つ二人、ハニービーとオンユーフに訊ねます。

 まず先にハニービーがユリーシャについていた感想を述べます。


「私はクリストマス様のお言葉と同様に判断しました。彼女にはとても深いメッセージ・サークレットへの敬意を感じました」

「待てよー。グレアリムスのあれはナリア様への敬意だろ?」

「チャリアット様。わたくしもあれはサークレットへの敬意だと思いました」

「ちょーい待てよ。なんでグレアリムスがサークレットへ敬意をくんだ?話がおかしいだろ?」


 オンユーフの言葉をチャリアットは否定します。

 が、ハニービーはオンユーフの言葉を擁護します。


「簡単です。あの娘はあのサークレットがなんであるかを正しく知っていると言う事でしょう」

「儂もそう考えた。だから奴はお言葉を頂きたいと言ったのだと」

「考えすぎだぜ、チャーリースペンサー卿」

「親愛なるチャリアット」


 判りました、チャリアット。

 ナリアムカラの言葉に四人は、自分たちの聖女へ向き直ります。


「では聞いてみましょう、彼女に」


 ナリアムカラは机の上に置かれている宝冠を両手の指で挟むように持ち上げると、まるで眼孔のように二つ並んだ横長ひし形の装飾を見つめました。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 交友夜会とは簡単に言うと立食パーティーです。

 貴族の夜会ではダンスを踊るのが常ですが、騎士団同士の交友であるため女性の数が圧倒的に少なく楽団の準備はあっても演奏がされることは稀です。

 ナリアムカラは公爵令嬢ですからグローリアベルのあとに来場します。

 そして数多の挨拶をこなしたのちにグローリアベルの順番が来ます。


「ベル。待たせました」

「いいえ、ナリア様。お楽しみ頂けておられますでしょうか?」

「はい。みなも十分に楽しんでいるように見受けられます」

「それは光栄です。では明日あした同行するグレアリムスを紹介したく思います」

「許します」


 グローリアベルは体を横にずれると自分の後ろにいた平民の少女を紹介します。


「こちらの者がユリーシャ・グレアリムスです。お見知りおきください」

「ユリーシャ・オブ・マイスタージンガー=グレアリムスと申します!よろしくお願いいたします!」

「快活な方ですね。私が第二十一代日輪聖女を襲名したナリアムカラ・オブ・ナスティム=ジューンブライドです。明日あすは良く頼みます」

「お任せください!」


 身分をわきまえない女だ。

 グレアリムスが平民である事はナリアムカラも知っています。

 とは思いながらもナリアムカラは別のことが気になります。

 平民のくせに立ち振る舞いは完璧ですね。私よりも優雅ではないでしょうか?


 そんな会話を進めているとナリアムカラの背後から女性騎士が近づきます。

 近づいた騎士はハニービーです。

 彼女は自分の聖女に声を掛けます。


「ナリアムカラ様」

「親愛なるハニービー。ああ、見つかりましたか」


 ん?ハニービー。良かった、探し物は見つかったの。

 聖女は彼女の声に安堵します。

 会話中だったユリーシャは無作法にも、それにうっかりと口を挟みます。

 ですが日輪聖女はその無作法を気にも留めません。

 聖女とは奥ゆかしく、慈悲深い存在だからです。


「ナリアムカラ様。どうかなされたんですか!」

「大した事ではありません。墓参に使う宝冠が見当たらなくなっていたので探させていました。大切な物ですから見つけたら確認をすると申し付けており、彼女はそれを持って来たようです」

「うわあ。拝見してもよろしいですか!」

「ふふ、構いませんよ。親愛なるハニービー、付けなさい」

「はい、ナリアムカラ様」


 ハニービーは自分の聖女の頭上に後ろからサークレットを載せます。

 黄金色に輝く宝冠は美しい髪飾りと相まって気高く輝きます。

 それを見守る会場の人々はその素晴らしさを称えます。

 みんなと同じ様にそれをうっとりと眺めていたユリーシャはあることに気づきます。


「うわあ、きれい。えっ?」


 ユリーシャは大きく目を見開くと半開きの口を隠す余裕もなく宝冠に釘付けとなります。

 かつてユリーシャの中にいるオーロラは、そのサークレットと同じ物を見たことがありました。

 その名はメッセージ・サークレット。

 白光聖女オーロラが姉と慕い、六百五十年前の大魔王との戦いで共に戦った日輪聖女メッセージが作ったサークレットです。

 それはメッセージ自身が自分の記憶を埋め込んだ自動応答型の魔宝具です。

 オーロラであるユリーシャはひざまづくと左の手のひらを胸に当て、右手で大きな丸を載せた十字を切ります。

 そしてナリアムカラに願います。


「日輪聖女ナリアムカラ様。このわたくしにお言葉を授かる名誉を与えては頂けないでしょうか?」

「……!いいでしょう」


 美しい十字です。他教の祈りも捧げられるとは伊達に聖女の末裔ではないと言うことですか。

 驚きながらもナリアムカラはユリーシャの願いを叶えるために目を閉じます。

 まるでそれに代わるように宝冠に刻まれた眼孔の様な装飾が明るさを帯びます。

 ナリアムカラは口を開きます。


『貴女は誰でしょうか?』

「お姉さまの妹でございます」

『どの妹でしょうか?』

「誰よりも気高く賢く美しく、健気で聡明で慈愛深く愛らしく理知的であり艶美ながらも可憐で朗らかな美しい妹です」

「ふっ。自分の口でよくぞ言う」


 ナリアムカラの背後でクリストマスが小さくつぶやきますが、日輪聖女にはそれを気に留める余裕がありません。

 明るさを帯びた宝冠の装飾でひざまづく少女を見下ろします。


『まさか……、生きていたのですか!』

「いいえ、死んでいます」


 ユリーシャは小さく舌を出して微笑みます。


『美しいと二回聞こえましたよ?』

「大切なことですから」


 言葉は終わり、しじが訪れます。

 装飾から明るさが消えたサークレットを付けたナリアムカラは閉じていた両目を開きます。

 見下ろすそこには日輪正教の流儀で聖女に祈りを捧げる少女が静かにかしずいていました。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ナリアムカラはメッセージ・サークレットを両手で被ります。

 目を閉じると自らの心のうちに訊ねる様に疑問を口にします。

 そしてそれに答える言葉を語るのもナリアムカラ自身です。

 居並ぶ聖騎士たちはそれを見つめ、その言葉に耳を傾けます。


「親愛なるメッセージ。訊ねたい事があります」

『なんでしょう?』

「貴女がグレアリムスの娘に言った、『生きていたのですか?』とはどう言った意味を含んでいるのですか?」

『答えねばなりませんか?』

「叶うならば、是非」


 メッセージ・サークレットは魔宝具です。

 その知識を隠すことはできますが、偽証はできません。

 宝冠に埋め込まれた記憶はサークレットの意識に日輪聖女メッセージの人格を形成します。

 彼女は彼女自身の意思でナリアムカラの問いに答えます。


『あのは私の妹です。姉が教えた魔法術で生き延びているようです』

「姉とは?貴女は第一女だったと記録されていますが?」

『私たち三人は姉妹同様の絆を持っていました。言うなれば義理の姉です。アルナ姉さんは生命せいめいと生死をつかさどる月の女神です』


 ここで言う月の女神とは日輪正教の常識で語る聖女を意味します。

 日輪聖女ナリアムカラはそれを正しく理解します。

 メッセージがアルナと呼ぶ女性。

 それは大魔王を滅ぼした救世英雄譚に出てくる聖女に違いありません。


「……アルナスタシア。月虹聖女ですか?

 では。それでは、あのグレアリムスは!」

『妹、オーロラです』

「そう言う事ですか。では明日あす、山に墓参しても墓の中には誰もいないのですね?」

『骨はあります』

「分かりました」


 メッセージ・サークレットに刻まれている眼孔を模した装飾から明るさが消えます。

 ナリアムカラは再び両手でそれを脱ぎます。

 しばらくの間だけ宝冠を見つめると、少しばかりの思考ののちに目の前に立つ操騎士たちに命じます。


「諸君。今回の墓参はまことの意味で形式的なものである事が判明した。

 親愛なるチャリアット」

「はっ!」

「国元に急使を送れ。セイラとジュエリアの所在が判明した。

 親愛なるハニービー」

「はい!」

「バオラ十三世閣下に先触れを。ウエルスに関する緊急の懸案あり」

「先触れですか?」

「そうです、父に。会ってみたく思います」


 神。

 すなわち聖女にも等しい力を持つ少女たちはルゴサワールドにとって脅威です。

 また、別の意味でナリアムカラ自身への脅威となります。

 敵としてサンストラックに手を出せばウエルス王国と事を構えなければなりません。

 ではホークスと同時にリーザベスを消せば良いのですね。

 彼女はそう判断します。

 そして考えます。

 なぜオーロラは自分が生きている事を口にしたのでしょう?

 ウエルスで何かが起きています。しかし今、新たな聖女が誕生する必要はありません。

 これは好機でしょうか?

 私の力を彼に示すこれ以上にはない舞台かもしれません。


 日輪聖女ナリアムカラの前に立つ四人のゴーレム操騎士、室内に控える聖騎士たちは彼女の心の内を知りません。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る