126 標19話 お姉ちゃん育成計画2ですわ 7


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「「ジュエリアおねえちゃん。おたんじょうび、おめでとう!」っです!」

「ふみ。テリナ。リアナ。ありがとうですわ」


 今日、本日、この善き日、ルーンジュエリアは九歳の誕生日を迎えました。


 ウエルス王国及び周辺諸国では誕生日を祝う習慣はありません。

 これは乳幼児及び少年少女の致死率が高い事を原因としています。

 病気や怪我に会わなければ元気に育ちますが、万一そうなってしまった場合の治療はおもに自然治癒と魔法術です。

 この為に運が悪い子供の数は多く、子供の成長を祝うのは十分に大きくなった七歳と成人を迎える十五歳です。

 しかし満年齢は誕生日を基準としているのですから、家族は当然のように自分の家族の誕生日を知っています。

 パーティーやプレゼントはありませんが、お祝いの言葉を掛けることはよくある風景です。


 去年までであれば屋敷でお祝いの声を掛けられるだけでしたが、今年のルーンジュエリアは違います。

 転移魔法が使えます。

 前世の記憶から誕生日にお祝いの言葉を受ける喜びを知っているお嬢様は王都にある別邸へも出かけます。

 目的は騎士団づとめの兄たちからお祝いの言葉をもらう事です。


 事前に連絡を受けていた二人はサンストラック王都邸に集まっていました。

 長兄サントダイス、次兄ジーグフリードを低いテーブルを挟んだ向かいにしてルーンジュエリアはソファーに席を陣取ります。

 王都邸を管理する執事長ビクターみずからの淹れた紅茶が三人の前に置かれます。


「九歳の誕生日おめでとう、ジュエリア」

「ありがとうございますわ、ダイスキお兄ちゃん」

「ずるいですよ、兄上。兄上が先に話すと僕が大好きお兄ちゃんと言ってもらえません」

「ははは、そうだな。すまなかったジーグ」

「そんな事を言わなくてもジュエリアはジーグお兄ちゃんが大好きですわ」

「ああ、そうだなジュエリア。誕生日おめでとう」

「ありがとうございますわ、ジーグお兄ちゃん。大好きです」

「んー。俺には何故かジーグが俺よりも得をしているように感じるな」

「錯覚ですよ、兄上」


 ジーグフリードは紅茶を片手に笑います。

 サントダイスはソファーの背もたれに深く背中を預けます。


「しかしこの一年は凄かったらしいな。ジュエリアが持つ魔法術の天賦の才は知っていたつもりだったが、飛躍的に伸びたようだな」

「ハイランダー様にも勝ったとか。文武魔三道を極めるつもりか?」

「せっかく魔法があるのですから働いたら負けですわ。ジュエリアはその理想を追い続けて日夜鍛錬に励んでいます。特にこの一年は師と呼ぶにふさわしい方々との恵まれた出会いがありました。

 やはり自力の研鑽けんさんでは限界があります。手っ取り早く他力本願するのも賢い手段の一つですわ」


 ルーンジュエリアはこの一年間の出会いを思い返します。

 魔獣変化ラッシー、今更ながらのリナ様、大魔王ファイナルカウントダウン、預言者ヘルパー、ユリーシャこと白光聖女オーロラ姫。

 対戦経験で語るのなら初めてのサンストラック騎士団戦および大勇者ノート、エリスセイラ、巨大魔獣ザラタンやファイヤースターター&ブラッドウルフとの小競こぜり合い。そして渾身の大『失敗』作ゴーレムジュエリア戦です。

 特にグローリアベルを介したフレイヤデイと父ポールフリードの知識を手に入れたことで細やかな経験を『一度体験した事』として入手しました。

 これがとても大きなものであるとルーンジュエリアは信じています。


「経験とは数ですわ。人はある程度までなら必ず上達します。そしてそこへ自分を導いてくれるのは自身が切磋琢磨した時間です」

「お前の現在位置は他人にとってのある程度を超えていると思うんだがな」

「ジュエリアが運が良かった事は否定しません。ジュエリア自身ここまで到達するのは十数年先だと考えていました。ですが今ジュエリアのいる場所はジュエリアが出会った方々のたたずむ場所から比べれば遥かに下ですわ」

「そうは言っても今のお前なら、策を用いれば小国を落とすくらいはできる気がするぞ?」

「その時に真正面から戦うこと自体があり得ない前提だよね」

「それは違いますわ、お兄ちゃんがた。戦いをする為には人がります、武器がります。ジュエリアは一人なのですよ?」

「子供だな、ジュエリア。戦うつもりならどうにでもできるだろうって話だ」

「国を落とすと国をほろぼすでは意味合いが違いますわ」


 ルーンジュエリアは知っています。

 継続は力なり。これは鍛錬の話だけではありません。

 成ったあとにそれを続ける事がいかに大変かという訓示です。

 国を落として次にどうするのか?

 そこは魔法でどうにかできる物事ものごとではありません。

 人の手を借りる必要があります。


「皆様。あまり突っ込んだ話をされると反逆罪か国家転覆罪を疑われますぞ」

「無用です、ビクター。ジュエリアが国をおこすならスクリーン大山脈のふもとです。あそこなら何も心配はありません。

 第一にウエルス王国は我が祖国であり、グローリアベル様が嫁ぐ予定の国ですわ。ウエルス亡きフレイヤデイに幸せはありません」


 グローリアベルの記憶を持っているからでしょうか?

 ルーンジュエリアはサンストラック同様にフレイヤデイにも愛着を持っています。


「スクリーンのふもとにはドラゴンランド竜神国があるだろ?」

「ああ、あの国は事実上王都を占領したらおしまいだな」

「ワイバーンの巣まで行けばドラゴンランド国境の外ですわ」

「あそこに国をおこすのか?」

「他国を占領するよりも後腐あとくされがないですわ」

「「はははははははは」」


 スクリーン大山脈のふもとに国が無い理由は、そこが大魔獣の世界であり危険で人間種が入り込めないからです。

 そこに建国したとして誰も攻めては来ないだろうと言うのがルーンジュエリアの見解です。

 この場にいる全員はそれに異を唱えません。


「僕は思うんだけど、国を亡ぼす為の力がないだけで策なら今でも持ってるよね?」

「だったら将来的に俺が王になりたいって言ったら国をくれるか?」

「嫌ですわ。国家運営は誰がするんですの?陰でジュエリアが支配してお兄ちゃんから疎まれる、そんな悲しい未来は願い下げですわ。

 もっともグレースジェニアお母様がお兄ちゃんに国を持つ力量が備わったと判断されたのでしたら考慮しますわ。グレースジェニアお母様の政治的判断は信用できます」


 そこまで話して初めてサントダイスとジーグフリードは王の仕事に気づきます。

 それは貴族の領地経営となんら変わるものではありません。


「成る程ー」

「それがジュエリアの判断か」

「俺はサンストラックだけでいいかな?領地経営の勉強にでも力を入れるか」

「兄上。僕も追従します」

「その頃ジュエリアは他家に嫁いでいる筈ですから、お兄ちゃん達の活躍を陰乍かげながら応援しますわ」

「皆様それがよろしいかと」


 執事長ビクターは考えます。

 ルーンジュエリア様が他家に渡るのはサンストラック家にとって好ましくない事でしょう。

 ならば王家に嫁がせると言うポールフリード様の判断は間違っていない、と。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ルーンジュエリアはジェントライト邸を訪ねます。

 エリスセイラから念話魔法術で相談を持ち掛けられたからです。

 詳しくは実際に見て欲しいという願いと共に、ジェントライトの領地政策に係わるものだという言葉も伝えられました。

 お嬢様は母の許可を得ると単身でエリスセイラを訪ねます。


「ルーンジュエリア様。ようこそおで下さいました」

「ふみ。してセイラ、ジュエリアに見せたいものと言うのはなんですの?」

「はい、こちらでございます」


 転移魔法でジェントライト邸前に降り立ったお嬢様をエリスセイラは先導して招きます。

 百メートルほど屋敷から離れると屋敷の裏山へと振り向き、そのふもとにある畑の辺りを指し示します。


「あちらをご覧ください」

「ふみー‼︎」


 男爵令嬢が促す先には巨大な雪像がありました。

 それを見たルーンジュエリアが真っ先に思い出すのは羊ケ丘の銅像です。

 驚くお嬢様はその像と全く同じポーズで雪像を指さして叫びます。


「セイラ!あれは、なんとしたんですの!」

「話に聞くリーザベスの雪まつりをこの地でも開催しようと考えました。つきましてはルーンジュエリア様の雪像を飾りたく思っております。ご許可を」

「ふー、やっておって今更」

「ルーンジュエリア様像あっての雪まつりでございます」


 そこにあったのはルーンジュエリアの巨大な雪像です。

 もちろん木で組んだ骨組みを埋め込み、倒壊防止を対策してあります。

 雪を固めたのは魔法術でしょう。

 見た瞬間でお嬢様にもそれくらいは判断できます。

 転移魔法術で上空にワープアウトした時になぜ気が付かなかったのか?

 お嬢様は自分の見落としにあきれます。


「全高二十メータの雪像であれば客を集めるのもやすかろうて。そう、安易にそろばんをはじいてはいませんの?」

「すぐには無理と考えております。ですが先々のジェントライトで冬の名物になってくれればと考えてございます」

「国家百年の計は最初の五年十年は持ち出しです。そこは心しなさい。

 それが分かっているなら許します」

「ハイール!国家のためー!」


 エリスセイラは指先を伸ばした右腕を前方斜め上へと差し出して叫びます。

 びっくりしておのれの主人と苦笑いするルーンジュエリアを交互に見つめるリリーアンティークはその言葉の意味を知りません。


「セイラ」

「はい」

「認めます。あんたが大将ですわ」


 その言葉を受けた男爵令嬢は軽く微笑むと、スカートをつまんでひざを折りました。

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