107 標18話 ルーン対ユリーシャ対グローリアですわ 1


 竜魔王国東方の地にある水晶鉱石国家ガリアロデーズの要都レイザーリム。

 天空魔竜大王に仕える五大将軍の一人であるポルターガイストの居城クリスタルアーバンはそこにそびえ建っています。

 七色に輝く七つの塔は全て五角柱の形を成し、五角錐の屋根を持っています。

 ノートとの戦いで瀕死の重傷を負った勇猛バロン将軍はこの城内で療養をしていました。

 そしてその怪我も回復し、今日きょうここを旅立ちます。

 最後にお世話になった礼を述べる為にポルターガイストとの謁見を願い出た所、これを許され彼は大扉の前に立っています。


 バロンはまだポルターガイストと会った事はありません。

 これまでにも会った事は無く、身分上の上位であるポルターガイストは自分から出向いて見舞う事はできなかったからです。

 上位の者が出向いて見舞いができるのは一度以上会った後か、最期の時だけです。

 自分の元へ招いて治療に差し障る事を危惧していたポルターガイスト閣下はこの会見をお楽しみにしている様です、とバロンは世話をしてくれていた城の者たちから聞いています。

 もちろんバロンもこの謁見を楽しみにしています。

 これまでにも色々と便宜を図ってくれたお礼も述べようと考えています。


 アーマードスケルトンの姿では自分の表情が分かり辛いだろうと、今は人間の髭もじゃ冒険者に変身しています。

 扉の前に控える騎士が合図しました。

 大扉が音も無くゆっくりと中へ開きます。


「バロン将軍、只今参上ー!」


 呼び出しの声にこたえてバロンが室内に足を踏み入れるとおごそかで美しい音楽が鳴り響き始めます。

 彼を迎えるメロディーはバッハ作曲ニ短調の導入部に存在するトッカータです。

 この世界にも小型の物ならオルガンと同じ仕組みの楽器はあります。

 しかしパイプオルガンの様な大型の楽器はありません。

 バロンとて他国での貴族に相当する竜魔王国の一人将軍ですから、芸術や音楽に対する知識は嗜みとして持っています。

 そんな彼をもってしても今流れている荘厳そうごんな音色と旋律には胸打たれます。

 バロンは常任将軍たちが立ち並ぶ御前位置で立ち止まります。

 部分的なリピートも含めて原曲よりも長く演奏されていたトッカータがそれに合わせて終わります。


 段上を見ると何も無かった最奥の壇の上で床が光り輝きます。

 そして椅子に座った赤衣の仮面騎士が床を透り抜ける様にり上がって来ます。

 仮面騎士は両手を大きく広げてバロンに笑いかけます。

 それと同時にパイプオルガンはトッカータの続きであるニ短調のフーガを奏で始めます。


「バロン将軍、よくぞ参られた。『さっそくご鑑賞頂いた我々の音楽はいかがだったろうか?』」

「は!なんとも素晴らしいものですな。感動しております」

「そうか。それは良かった。そう言ってくれるとこちらも準備したかいがあるというものだ」


 ポルターガイストは嬉しそうにそう言います。

 その予想以上の好感触にバロンは安堵します。

 身分上では大将軍ですが相手は一国の元首であり国王です。

 気が置けない相手である事は予想していましたが、なんらかの落ち度が見つかるかも知れませんでした。

 自己評価ですが、自分の対応に及第点はもらえたのではないかと考えます。

 しかし軽く息をき改めて周りに目を向けた時に、自分が取り返しのつかない失敗をした事に気が付きます。


 左右に立ち並ぶ常任将軍たちが落胆しています。

 はたにはただ真面目腐って気難しい顔をしているだけの様に見えます。

 ですがこの中にはバロンに旧知である将軍たちが含まれています。

 だから分かりました。

 彼らの瞳には失望が浮かんでいました。

 もちろん彼がその事に気づいたのは知り合いが並んでいたからです。

 普通なら全く気付かないのが当然だったでしょう。


(儂はポルターガイスト様に気を使わせてしまったのか?)


 今のバロンには自分が何を失敗したのかが分かりません。

 鳴り響くパイプオルガンの演奏を聞きながらポルターガイストは会話を進めます。


「時にバロン将軍。ジュニア王女の捜索は順調に進んでいるかな?」

「お気遣い下さりありがとうございます。

 先月ヨウガンドウム台高地を出発したわたくしは程無くクラウドアトラスなるマスシプーラ・ローパーと遭遇、これをシナノで撃破、」

「バロン将軍。撃破だったかね?」

「は!わたくしにとっては撃破のようなものかと」

「君の感想はいい。報告は正確に行ないたまえ」

「申し訳ございません。その後わたくしはディアバスの近郊にて大勇者ノート達と戦闘。ポルターガイスト様のご助力によって落ち延びた、と言う所でございます。

 現在わたくしはジュニア王女の情報を持つと思われるベンハーと会う為にプレノアを目指しております」


 世間話のように話題を振ったポルターガイストでしたがバロンの話が始まると身を乗り出して耳を傾け、それが終わると再び玉座の背もたれにもたれ掛かります。

 そして右手を顎に当てて少しの間考え込みます。


「……バロン将軍」

「は!」


 ポルターガイストの声にバロンは背筋を正します。

 そんなバロンに対してポルターガイストは右手のひらを左右に振って見せました。


「済まなかったな。これは報告ではないし、貴殿は余の部下ですらなかった。管理職としての職業病に起因した過ちと水に流して欲しい」

「もったいないお言葉。恐悦至極に存じます」


 バロンは手のひらを見せた右手の指先をこめかみに付けます。


「それでバロン将軍。君が思うにクラウドアトラスの目的はなんだろうか?」

「現在わたくしがジュニア王女だと推測しているシンディなるマスシプーラ・ローパーへの接触を妨害する事だと考えます」

「君がそう考える理由は?」

「本人がそう言っておりました」

「君はそれを信じるのかね?」

「ポルターガイスト様。実際に会い、言葉を交わしたからこそわたくしは疑う理由がないと考えます」

「ふむ。君の判断を信じよう」


 話すたびに身を乗り出してくるポルターガイストを見ているバロンは気の置けない距離を感じます。

 そのポルターガイストはバロンから聞いた話について真剣に考えこんでいます。


「では、何故その者は君の接触を妨害するのだろうか?」

「そこは不明でございます」

「そうか……」


 彼は玉座の背もたれにもたれ掛かり、顎に手を当てて考えます。


「バロン将軍」

「は」

「単純に君がジュニア王女に危害を与えるのではないかと危惧している可能性はどうだろうか?」


 バロンもその可能性には思い至っていました。

 彼が見たクラウドアトラスの行動はあるじを守る騎士のものです。


「十分にあり得る話ですな」

「となるとジュニア王女の姉妹である可能性はないから、考えられるのは娘達の一人だな」

「まったくもってその通りかと」

「だが、そうであるならば説得は難しいか」

「何故でございましょう?」


 このポルターガイストの見解には驚きます。

 バロンは次にクラウドアトラスと出会ったなら話し合う事で理解を深めようと考えていたのです。


「ジュニア王女の味方である根拠を示す事ができぬ。君は何かその様な物証を持っているかね?」

「ふむ。言われてみれば残念ながら有りませぬな」

「では、待ち伏せされたならば致し方ないが避けられるものならば出会わぬように逃げ回るが吉か」

「おっしゃる事は正しいと思いますが、そう簡単に避けて通れる相手ではありません」

「案ずるな。確か目的地はボルストであったな。そこまで余が送ろう」

「送ると言われましても、護衛でもお貸しくださいますか?」

「君にその必要はあるまい。ワープカタパルトで送ろう。馬車のようなものだと思って気軽に甘えてくれ」

「ご厚意に感謝いたします。お言葉に頼らせて頂きましょう」

「うむ。帰りも是非立ち寄ってくれ。急ぎの用事ならば何時いつであっても快く貸し出そう」

「感謝の極み」


 バロンは深くこうべを垂れます。

 深い感謝を示す作法です。

 ポルターガイストは次の話題に進みます。


「して。くだんの捜索が片付いたあとはどうされるのかな?ガリアロデーズに身を寄せる気があるなら、それなりの待遇で持て成すぞ?」

「もったいないお言葉。ですが一度母国くにに帰ろうかと思います」

「ラージャであったな」

「よくご存じで。スカラゲックでまぐろでもって暮らします」

「惜しいような気もするが君の事だ。すぐにでも第一線から呼び出しがあるだろう」

「遠慮したいものですな」


 謁見は終わりました。

 バロンはポルターガイストの御前をあとにします。

 小編成管弦楽団と合唱団が退場の音楽を奏でます。

 それは複合拍子の特徴ある曲でした。


 ハスラーの案内でバロンはワープカタパルト発進場へと移動します。

 バロンは先程の謁見で感じた違和について、ハスラーに質問します。


「ハスラー将軍。訊ねたい事がある」

なにかな?バロン将軍」

「ポルターガイスト様との謁見に際して儂はどの様にすべきが最善であったのか教えて頂きたい」

「ああ、ポルターガイスト閣下のおたわむれの事ですか」

たわむれと申されるのか?」

「ふふ。奥方様が亡くなられてしばらくあとから閣下が始められたお遊びだ」


 ハスラーは立ち止まってバロンへ向いて答えます。


「正直な所、閣下が何をご期待されているのか、その目的も望みも我ら総ての者は知らぬ。ただ、」

「ただ?」

「何かを期待されている事だけは間違いないと思っている」


 ハスラーの言葉は終わります。

 しかしバロンは感じ取りました。

 自らの主君であるポルターガイストの望みを叶えられない事にハスラーほかの常任将軍たちはおのれ自身のふがいなさを恥じている。

 それはポルターガイストへの同情なのか、ハスラーたちへの哀憐なのか、今のバロンには自分の気持ちが分かりません。

 ワープカタパルト発進場へ二人は着きましたが、出発は見送りの為にやって来るポルターガイストの到着を待ったあとです。



「二号天上反射板、角度修正」

「待て」


 ハスラーの指示をポルターガイストは制します。

 何か思う所が有る様です。

 その理由は次の指示で明らかになりました。


「ウエルス側にはノートとクラウドアトラスが居る筈だな。一号天上反射板と三号天上反射板を使うがい。奴らの死角を突く」

「聞こえたな?一号天上反射板、三号天上反射板、反射板角度修正。目標ボルスト」


 天上反射板の操作は机の上に置かれたボード盤で行なわれます。

 ボード盤内の目的とする反射板の角度を変えると、疑似的に放射されているレーザーがそれに合わせてボード盤内で目的地までのコースを描きます。


「バロン将軍。ともに付けたガーゴイル達は君を地上へろしたあとは自力でこちらへ戻ってくる。彼らに関する気遣いは無用だ」

「最後まで至れり尽くせりでしたな。このご恩には必ずむくいましょう」

「不要だ。もしも借りを返したいならたびの吉報を届けてくれ」

「は!必ずや!」


 バロンは光に乗って飛び立ちます。

 天上反射板にぶつかって折れ曲がる光束をポルターガイストとハスラーは空を見上げて見送りました。




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セリフ引用元:『劇場用アニメーション映画 ヤマトよ永遠に』

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