105 標17話 出撃!ファイヤースターターですわ 10


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 その頃、王都リーザベスにある王城内では避難の準備が進んでいました。

 けれども具体的な脱出行動は行なわれていません。

 それは巨大魔獣ザラタンの予想進路が不確定になった事が原因でした。

 王都を守るために孤軍奮闘するルーンジュエリアたちでしたが、訳も分からず避難準備を進める貴族や騎士団にとっては大きな障害になっています。

 そもそも進撃のザラタンによって破壊される幅が広すぎるので避難には事前の行動が必須です。

 しかしその予想進路は人為的介入によって大きく変更されました。

 総軍元帥であるサンストラック伯爵は騎士団の指揮を執り、フレイヤデイ侯爵は王族貴族の避難に関する情報の収集と伝達に徹していました。

 今もサンストラック伯爵ポールフリードは、自身のもとへ見張りやぐらから来た騎士の報告を受けています。


「ザラタンが進路を変更したのは確かか!?」

「は!ネオリーバは救われました!現在は雪原に巨大な壁が次々と立ちはだかりザラタンの進路を山側へ誘導しております!」

「ポール、俺も確認してきた。奴の大きさが大きさ故に小さくは見えるが、かなり巨大なアースウォールだ。視界をさえぎる事で王都をけた方向へと誘い込まれている。

 我々の避難先は山ではなくレージーン公爵領燃料森林方面へ変更すべきだ」


 ザラタンは海亀ですから腹這いで進む巨大怪獣です。

 王都へ南下直進して来るのであればリーザベスを捨てて東西に逃げるべきだと考えられていました。

 ですが今、その進路はルーンジュエリアたちの活躍によって大きく西に迂回しています。

 それならば王都脱出の必要は無し。

 安全策として逃げるとするなら東側です。

 幸いな事にリーザベス東方には燃料用として植林されている大森林があります。

 レージーン公爵領は冬の暖房をケチらないウエルス王国民にとって大切なまきを古くから計画生産しています。

 もしも燃料森林が無ければまきより高価な魔石を使う必要があり、平民にとって冬は厳しいものとなります。


「よし。サンストラック十四『王都よりの避難は東西方向』を取り消す。避難先はレージーン公爵領燃料森林だ。早馬を飛ばせ!」

「は!サンストラック十七になります。ザラタン対策サンストラック十七『ザラタン対策サンストラック十四を破棄、避難先はレージーン公爵領燃料森林とする』。早馬で山側へ向かった避難民を止めます!状況によっては山への避難も許可しますか?」

「現場の判断を許可する!」

「は!おい、早馬だ!」

「は!」


 サンストラック伯爵に従う騎士が命令書となる木札を書き上げ、共に従う騎士の一人に渡すと控えの木札を書き始めます。

 受け取った騎士はすぐにその場を走り去ります。

 サンストラック伯爵はフレイヤデイ侯爵へ状況を問います。


「プロムナード様。アースウォールと言うのを理解できぬが、どう言う意味だ?」

「今のザラタンは仕切りで区分けした競技場の中を走る鼠だ。ぶつけた体でアースウォールを壊しながら疾走しておる。山の半分を隠すついては見応えがあったぞ」

「ご令嬢の言葉を信じ王族の避難を思いとどまった事が功を奏したと言う事か。

 グレアリムス。見事なものだな」

「俺も同感だ。グレアリムスの協力を得られるとは思わなかった。だが、……」


 フレイヤデイ侯爵は言葉に詰まります。

 彼が知るグレアリムスとは大魔王ファイナルカウントダウンです。

 ユリーシャが白光聖女であるという情報は伝えられていません。


あとはザラタンの進路が変わらぬ事を祈るばかりか」


 大魔王が何を考えてヒューマを救うのか?

 侯爵は娘の身を案じます。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 ジャマーを築くユリーシャは気の休まらない状態が続きます。

 ルーンジューシーは山の上、グローリアジューシーは甲羅の上ですから眼下を見ろす事で精神的な余裕が生まれました。

 対してユリーシャは山ほどの巨大な怪獣を真下から見上げるだけです。

 しかも自らの作り出す不透明なジャマーが邪魔でその動向を確かめる事が容易ではありません。

 ザラタンがアースウォールの破壊を諦め、それに沿って這っている情報は二人からの遠距離念話で届いていますがそれとこれとは別の話です。

 アースウォールに隙間を作りザラタンの様子を盗み見ると怪獣と目が合いました。


「咆哮!ジャマー‼︎」


 ザラタンから見ると人間種など蚊と同然です。

 けれど蚊をう人が存在するように怪獣にとってもユリーシャたちはわずらわしい存在です。

 一声いななくとユリーシャ目掛けてブレスを吹き出します。

 吹き付けられた炎で赤熱化したアースウォールにひびが入りますが、ザラタンが移動を開始するまでは崩れ落ちるのを何とか耐えてくれました。

 ザラタンの甲羅がぶつかるたびにアースウォールはゆがみ、たわみ、最後には崩れ落ちます。

 その通り過ぎた左側にはアースウォールの砕けた残骸が筋を成しています。

 人が通り越えるには十分に苦労しそうな丘が連なっている訳ですが、その後始末は誰かがやってくれると信じます。

 そんなユリーシャへグローリアジューシーから遠距離念話が届きました。


(ユリーシャ。じきにアルガローク山のふもとが見えてきます。そこでザラタンの進路を東に変更します。一度ロープを緩めますので巻き込まれないように退避しつつジャマーを築いてください)

「はい」

(ユーコ。ザラタンが東に向いたらロープを切ってください。以後は三人でジャマーを立てます)

(ふみ)


 了承の返事はしたものの依然としてアースウォールが邪魔なままです。

 ユリーシャはザラタンの進路変更を目視確認できません。


(ユリーシャ、向きを変えます。ジャマーを消しなさい)

「はい。――ひっ!ワープ!」


 進撃を続けながらもザラタンはアースウォールを監視していたようです。

 ジャマーが消えると同時に持ち上げていた鎌首をユリーシャへと向けてブレスを吐きます。

 転移で逃げ去ったユリーシャの立っていた場所は広範囲に焼き払われます。


(ユリーシャ!咆哮をわせた?)

「大丈夫です、わしました。ジャマー!」

「ジャマー!リア様、ユリーシャの所へ来ました」

「オッケー。ザラタンはジャマーによる誘導になれたようです。このままシープヒルズまで押し続けて、最後のターンでギラギャラティック・タイトロープを使って終わります。以後の南下は大きな町にぶつからない筈ですので監視のみで大丈夫でしょう。ジャマー!」


 王都リーザベスの回避に成功した三人の顔に笑みが浮かびます。

 あとは羊の放牧で有名な山岳丘陵地帯を回り込めば今回の作戦は終了です。

 転移魔法術で集合した三人は口頭でそれぞれの状況確認を行ないます。


「二人とも残りの魔力量は大丈夫?」

「私は転移前に魔石の交換をしたので、このまま最後まで行っても大丈夫です。ユリーシャは?」

「行けます。ですが帰ったらお休みをください」

「ふみ。許します」

「ありがとうございます」

「もうちょっとよ。頑張って!」

「はい!」「ふみ!」


 三人のザラタン回避作戦が始まってからまだ一時間も経っていません。

 リーザベスの住人達には逃げ出す暇も無かった筈です。

 グローリアジューシーは自分たちの努力が無駄ではなかったと言う手応えを感じます。


 ふいにジャマーへ掛かる圧力が無くなります。

 振動とか衝撃と言ったものを感じられません。


「グローリアジューシー様。どうなっているのでしょう?」

「ジャマーを消して向こうを見てみます?」

「待ちなさいユーコ。済まないけど上から見てくれる?」

「ふみ。ワープ」


 転移魔法でルーンジューシーは上空へと移動してザラタンを確認します。

 巨大なアースウォールの向こうには這いずり去っていくザラタンの後ろ姿がありました。

 ルーンジューシーはアースウォールの上に立つと二人へ連絡を取ります。


「コレクト。コレクト。リア様。ユリーシャ。来てください」

「何?」

「うわー。山越えコースに入りましたね」

「リア様、どうしましょ?」

「経過観察に入ります」


 巨大怪獣にとっては山岳地帯などものの数には入らないのか、シープヒルズ山岳丘陵地帯の手前でザラタンは南へと回頭しました。

 新たな被害が発生しないのならこれで作戦は終了ですが、ザラタンが目指す先には平野がありません。


「ザラタンを追いかけます。山間やまあいであればザラタンを退治する事が可能かも知れません」

「山を二つ超えてくれればどうにかできそうですね。ですが……、やれます?」

「ユーコはできます。ユリーシャは手に負えますか?」

「ご命令が下ったならどうにかします」

「よろしい。監視を続けます」


 ザラタンがシープヒルズ山岳丘陵地帯の裏を回って南下するなら問題はありません。

 困るのは山を越えようとした時です。

 高く険しい山の向こうにはフォリキュラリス辺境伯爵領があります。

 そして、高く険しく感じるのは人間が見た場合の話であり巨大怪獣ザラタンがそう思うかどうかは別の話です。

 

 そんな三人を見つめる目がアルガローク山から少し離れた山頂にありました。


(終わったな……)

「まだよ、エンジェル」


 ファイヤースターターは軽く右手を振りました。

 観戦の邪魔になりそうな、枝先やこずえで視界をさえぎっている木々がゆっくりと根元から倒れていきます。

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