029 標6話 伝説の聖女の伝説ですわ 3
昔々、人々を救った伝説の聖女オーロラ・オブ・マイスタージンガー。
ルーンジュエリアは今一度彼女について学びます。
オーロラ・グレアリムスは現在のハンタストンの農家に生まれました。
そして十歳の時、賢者キティ・ピューログランドにその才能を見い出されて現グレートワッツマンで師事します。
その
その場所こそが現ユニバースになります。
彼女の子孫はそこで畑を耕し平和に暮らしていました、
筈でした。
「ねえ。ユリーシャがオーロラ姫だったとしたら本当のユリーシャはどうなったの?」
「考えられるやり方は三つですわ。一つは心を入れ替える。この場合ユリーシャの心は白光聖女様の身体の中ですわ」
白光聖女の身体、それは既に土の下です。
つまりユリーシャが生き返る事はありません。
現状考えられる最有力候補です。
「二つ目は一つの身体に二つの心がある。もしそうでしたら白光聖女様の心を追い出す事が出来ればユリーシャは元に戻る事になっていますわ」
ルーンジュエリアはこの可能性が低いだろうと考えます。
何故なら十分な準備期間がある筈だからです。
失敗する可能性を早めに潰すのは全てについて常識です。
「最後の一つはユリーシャが白光聖女様になる場合ですわ。これは白光聖女様の記憶と考え方を持つユリーシャと言う事で、ユリーシャ本人であると言う事もできますわ。
ですがこの可能性はとても低いですわ」
「なぜ?」
「心の融合は自分が生きた証を望む場合ですわ。自分が生き延びる目的ならまったく意味がありませんわ」
淡々と身の毛がよだつような恐ろしい魔法術について説明する親友をお姫様が疑います。
その知識、その能力、お嬢様がオーロラ姫だと言われても納得できてしまいます。
「ユーコ、」
だから訊ねてみます。
ここまで来たら大同小異です。
大同ですから小異もブレンドです。
「なぜこんな恐ろしい事についてあなたは詳しいの?」
何を今更?
呆れた目で見返しながらお嬢様は答えます。
「最初に言っていますわ。まず初めに考える方法だと。そしてジュエリアが無能ならやるとも言った筈ですわ」
「そか。そう言っていたもんね」
じゃあ無能ではないあなたは何をするの?
それを聞いてみたい気持ちは高まりますが、その意欲が湧きません。
諦めてスルーします。
黙っていると、今度はお嬢様からの問いが届きました。
「リア様」
「ん?」
「グレアリムスの奇跡が起きたとして、何故それが起こったと判りますの?」
「ああそれは簡単よ。グレアリムスの少女がいきなり上級魔法術を使い始めるからよ。ついでに人も変わるらしいわ」
「ふみ?魔法術が使える事を隠さないんですの?」
「そうよ。だから誰もユリーシャにグレアリムスの奇跡が起きていないと思っていたわ」
安楽椅子探偵は考えます。
証言だけを根拠に現状を探ります。
「起きていないんですわ……」
希望が見えてきます。
「グレアリムスの奇跡はまだ起こっていないんですわ。だったら何故ユリーシャの祖母、お名前なんですの?」
「オディール・オブ・マイスタージンガー様です」
「ふみ?マイスタージンガーですの?」
個人家名は個人の名前です。
祖先と同じ名前を使わない事もありませんが、極めて例外です。
グローリアベルが答えを補足します。
「オーロラ姫は叙爵を辞退したけど国王陛下の顔を立てる為にマイスタージンガーの名前だけはもらったの。以来グレアリムスは一代置きにマイスタージンガーよ」
「一代置きって、一代置きにグレアリムスの奇跡が起きていますわ。なんでそれで誰も気づかないんですの?」
「ごめん。わたしも馬鹿の一人です」
「お
「はいはい。気付いたジュエリアは異常ですわ」
「まったくです」
「キサラ。この件に目途が付いたら久しぶりに話し合いの時間を作りますわ」
キサラは静かに一礼します。
お嬢様は既に通常運転です。
メイドはこれに安堵します。
「話を戻しますわ。何故オディールは死んだんですの?貴女ですわ」
ルーンジュエリアはお姫様お付きメイドの片方を掌で指し示します。
単に自分に近いから選んだようです。
「ご病気と伺っております」
「冗談はおよしくださいですわ。白光聖女様が病死って、どんな不治の病ですの?享年お幾つですの?苦しんで
「――安らかな最期だったってお父様が仰っておられたわ」
「つじつまが合わないですわ」
ありのまま今聞いた事をまとめると子孫の身体に次々と乗り移り何百年を生き続けていた白光聖女が安らかに今際の際を迎えた。
何を言っているのか判らないだろうとは思いますが、それ位に聞いていた本人にも何を言われているのかが分かりません。
「ユーコ。じゃあ今のユリーシャは本物のユリーシャって事でいいのかしら」
「幸いな事にその可能性が高まりましたわ」
「そう。そうなの。……良かった」
結論を先送りにしてお姫様は安心します。
ユリーシャは親友です。
その死を許す事はできません。
「ジュエリア様。もうそろそろお夕食の時間ですが、どういたしましょうか?」
「リア様は今夜うちにお泊りですわ。ジュエリアの部屋で白光聖女様について教えて欲しいですわ」
「ええ、そうね、そうしましょう」
白光聖女が生きていたのは間違いない事です。
では今は何処に居るのでしょうか?
問題はその一点です。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
むかしむかし。ウエルス王国以前の話です。
西に魔族たちの支配する領域がありました。
ヒューマやエルフ、獣人たちはそれを避けて国を築きました。
ある日その反対方向、東の彼方で大魔王が生まれました。
西の魔族は襲ってきません。
領土を隔てて籠もっています。
東の魔族は襲ってきます。
一人の勇者が立ち上がりました。
死後、大勇者の栄誉を受ける若き勇者。
付き従うは二人の聖騎士。
そして三人の聖女。
大魔王は強敵でした。
勇者は大魔王を追い詰めましたが、死の淵の大魔王は
大魔王は滅びました。
しかし超魔獣との戦いで勇者様と二人の聖騎士、そして私を除く二人の聖女が倒れました。
ただ一人の生き残り、白光聖女様はそう語りました。
それが人々の知る大魔王討伐です。
「ふみっ?」
ルーンジュエリアは石造りの大広間に居ました。
未見でイメージするパルテノン神殿がこんな感じだろうと思える様な太く大きい柱が天井を支えています。
誰もいません。
「みんな、ポセイドンが悪いんだー‼︎」
試しに叫んで見ました。
反響が重なりません。
どうやら大広間だと思ったのは通路だったようです。
ここでルーンジュエリアは気が付きます。
「これは夢ですわ」
夢だと気づいた所で自由に動ける訳ではありません。
自分が知らない事を見れる訳でもありません。
予知夢なら予知夢でそれも楽しいでしょうが、世の中そんなに甘くはありません。
ふと後ろを見る事が出来ました。
どこかのアパートの一室でベランダ窓の内側に食卓を囲んだ自分の三人の母親たちが居ます。
庭があるから一階ですね。
その風景に覚えはありませんので、記憶の断片が引っ張り出されただけでしょう。
服装がいつもの貴族風ドレスですが、自分の母親たちなので違和感を全く感じません。
特に振り返るとかするでもなく、それでいて目の前の風景が変わります。
見るからに正義の六人と悪役一人。
けれども弱い者いじめではありません。
魔王の方が強いのです。
勇者は力無き正義の様です。
男が三人、女が三人。傷ついた勇者と騎士二人。そして聖職者を思わせる魔導士淑女が三人です。
魔王に押されながらも勇者たちは健闘します。
何故ならみんなの未来が掛かっているからです。
「ふふぁふぁふぁふぁふぁふぁ。勇者よ。ここまではあっぱれ、良くやったと誉めてやろうて。
だがこれで分かったな?わしこそがこの世の王じゃ。この世に生きとし生ける全てはわしの物じゃ。当然お前たちの国もわしの物じゃ。ふ、ふぁふぁふぁふぁふぁふぁあ」
「違うぞ、大魔王!この世界に生きる全ては同じく平等なんだ。俺達はおまえを倒してそれを証明する!」
「ふふぁふぁ、ふぁふぁふぁふぁ。良かろう勇者よ。だがもはや最後の魔力も残っていまいて。次はどうするのじゃ?ふぁふぁふぁふぁふぁふぁあ」
「最悪ですわ。原典が丸分かりですわ。五歳の頃はこれがかっこいいと思っていたのが恥ずかしいですわ」
ルーンジュエリアはこの台詞を良く覚えています。
何故ならこの会話はルーンジュエリアが考えたものだからです。
四歳か五歳の頃です。
この誰もが知る救世英雄譚はどの親もが小さな我が子に読み聞かせる物語です。
子供たちはそれを目を輝かせながら聞いています。
ルーンジュエリアもそんな子供たちの一人でした。
虜になったルーンジュエリアは勇者たちのキャラデザを考えました。
「ふみ?」
幸いにも自分にそのセンスと能力がある事に気が付きます。
木の板に墨石で絵日記風のページを作ります。
断片的にかっこいいシーンだけですが描き上げていきます。
まだ年幼い二つ上の姉が喜んで読んでいます。
両親たちは感激して、漆を塗って保存します。
三歳上の下の兄は熱中している事を隠しています。
上の兄はさすがに六歳上だけの事はあります。
弟妹たちが寝静まった後に読んでいます。
ページの数は増えていき、ついに絵本が完成しました。
その後大きくなった妹たちもこの絵本を読んで育っています。
「聖女よ。わしは倒れはせんよ。勇者なき今どうする?ふぁふぁふぁふぁ」
「勇者様達は負けません!わたくしも負けません!」
敗北を覚悟した大魔王は最後のあがきで従魔たる超巨大魔獣を召還したのです。
そして罪無き人々を襲うべく都に向けて飛び立たせました。
勇者たちはそれを倒すべく一人を残して追撃しました。
一人残った聖女の大魔法術で大魔王は滅びました。
しかし大魔王の従魔を倒すためにそれを追った勇者たちがどうなったかは分かりません。
「ふみ?勇者様が死んでいませんわ?」
この物語は生き残った白光聖女様のお言葉を元にして書かれています。
けれども白光聖女様は勇者たち一行がどうなったかを知り得ないように見えます。
その辺りは所詮は物語です。
つじつまが合わない事の三つや四つはどうでもいい事です。
そうこう考えてうだうだしていると目が覚めました。
今日は一泊したグローリアベル様がお帰りになる日です。
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