004 標1話 デスバトル!G消滅作戦ですわ 4


 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 夕食後の居間でルーンジュエリアとキサラが反省会を開いています。

 議題は、ちょっとざますぎたから反省しよう、です。

 三つあるソファーのしまの一つを占拠して始めたのはいいものの、二人は共に言葉がありません。

 見かねたラララステーラが隣の島から割り込んで来ます。


「なに?随分とお通夜だけど上手く行かなかったの?」

「ふみーぃ。おっきな虫に襲われて、うのていで逃げ戻りましたわ」

おっきな虫?」


 妹の言葉に姉が首を傾げていると横からメイドの助け舟が入ります。


「ラララステーラお嬢様、クロの親です」

「ああ。あれは尾々びびるわね。でもそれだけでしょ?」


 姉はますます首を傾げます。

 そこで妹から詳しい説明がなされます。


「大きさが百三十サンチメータでした」

「何それ?リアーナよりおっきいんじゃない!」

「キサラがそれに抱き着かれましたわ」

「うわっ!危ないとこだったんじゃないの?」


 五歳の妹よりはるかに大きな虫。

 それに抱き着かれたとか普通ではありません。

 そんな大きな虫がいるとか、それだけでも脅威です。


「はい。ルーンジュエリア様に助けて頂きました」

「それで退治したの?」

「まだですわ。けれど大きい相手にはそれなりの準備が必要だと確認できた事は収穫でしたわ」

「じゃあ準備が終わってないんだ」

「いいえ。大きさはともかく、高速で動き回る相手とか飛び回る相手なんかはどうしようって感じですが、あれは仕方無いですわ」

「ん?ジュエリアは剣術の鍛錬だと誰よりも速いって感想を、わたくしは持っているわよ」

「お姉ちゃんの気持ちは嬉しいですわ。けれども人と虫だと虫の勝ちですわ。

 蠅をトングで摘まめる様な、そんな機敏さ俊敏さが欲しいですわ」


 妹は妹でまたとんでもない事を言い始めます。

 誰が考えてもできる訳ない事を思いついてやろうとする妹のバイタリティーには驚嘆の念を禁じ得ません。


「そんな事無理でしょ?」

「道理には引っ込んでもらいますわ」

「いつも丁寧なジュエリアにそんな事が出来るの?」

「今後の事を考えると必要な技術ですわ」

「ああ、そうなんだ。虫なんかはどうでも良くて新しい鍛錬を考えているんだ」


 どうやら虫退治に付いての考えは終わっていて、次のステップを目指しているのだろうと推測します。

 ラララステーラが知っているルーンジュエリアは常に言葉で説明できる行動を取っています。

 道理を引っ込めるとは、まず目的を定め次にその裏付けを組み立てる事のうち、まだ目的が決まっていないのだろうと考えます。

 できないかどうかではなくて、どうやればできるかと試行するのが姉の知る妹です。


「ふみ?」

「ジュエリア様、そうなんですか?」

「ふみー。言われてみるとそうですわ。流石はお姉ちゃんですわ」

「それで?飛んでいる虫をどう落とすの?」


 一番興味がある事を聞いてみます。


「あのでかい蜻蛉は大きなコロニーでおりを作って、その広さを少しずつ小さくして動け無くなった所でとどめを刺しますわ。

 問題は空を飛ぶ小鳥ですわ」

「ええっ?ジュエリア様はあの大きな虫を退治する方法で悩まれていたのではないのですか!」

「キサラ。例えば、外であの大きな虫に襲われたらどうしましょ?」

「打つ手なしですね」

「と言う事ですわ」


 姉への答えは今ある魔法術の改良でした。

 特に代わり映えはしませんが、それを思いつきそれを実行する妹のバイタリティーには感嘆します。

 それと同時に妹に危険が及ばない事を理解できて安心します。


「うーん、ジュエリア。取り合えず地下室の虫に対する対抗策はできてるのよね?」

「はいですわ」

「じゃあ無難にさっさと終わらしたらいいんじゃない?」

「ふみ。そうですわ、そうしますわ!」


 優しく賢い姉の導きで妹の不安は無くなりました。

 あとは最後の虫を退治して終わりです。


 ルーンジュエリアはお布団の中で考えます。

 思い返すのはキサラを助けた五本のコロニーです。


(ヤとシューは短縮呪文のままで真似をされましたわ。そんな馬鹿な事ができる何かが居ると言う事ですわ)


 自分だったらできるだろうかと考えます。

 できっこない。相手はジュエリアより上ですわ。

 そんな判断を下します。

 コンタクトを取るべきか?

 悩む暇なく良い子は眠りにつきました。



 翌朝です。

 いくら地下室が暗いとは言え、万が一の避難を考えると日が昇ってからの行動を取った方が安全です。

 ルーンジュエリアとキサラは扉の前に立ち構えます。

 さて、ここで疑問です。

 どうしてキサラがここに居るのでしょうか?

 闘うのはルーンジュエリア一人です。

 戦力的にまったく意味がないキサラが同伴する理由、それは……。


 一人で地下室に行く事がルーンジュエリアにとってはとても怖い事だからです。

 夜中に一人でトイレへ行けないようなものだと考えて下さい。

 地下室に一人で行くくらいなら身をていしてキサラを守る方が簡単であると言うのがお嬢様の判断です。


「行きますわ」

「はい。中に居ますか?」

「アレ?この部屋が最後の一匹のままですわ」

「開けます」

「アレ?あそこですわ」


 恐る恐るキサラが手に持った魔法術のトーチをかざすと壁に超巨大な虫が止まっています。

 間違いなく昨日のトンボですが、ここでルーンジュエリアには素朴な疑問が湧きたちます。


「壁に止まっていますわ」

「壁に止まっていますね」

「なぜ落ちないんですの?」

「え?」

「あんな大きな虫が足六本で壁に止まっているとか、どんな脚力だって言いますの?」

「わたしでは分かりません」

「まあいいですわ」


 ルーンジュエリアは新魔法術を呪文詠唱します。

 対人戦で相手に気取られずに魔法を使うことを考えているルーンジュエリアの編み出した今回の短縮呪文は女性の悲鳴に似せています。


「キャー!」

「ジュエリア様!」


 ルーンジュエリアの短縮呪文にトンボが反応します。

 しかし一瞬で二人の前に室内を立ち割る何本もの棒が並び立ちます。

 太さ四センチメートル、長さは床から天井まで四メートル以上、それが三十センチメートル間隔で横並びます。

 敵の接近に気づいたトンボが飛び立ちますが時すでに遅く、キサラを驚かせたに終わります。

 トンボはキサラの前でコロニーの柵にぶつかります。


「きゃっ!」

「キャー!キャー!キャー!」


 ルーンジュエリアの短縮呪文はおりの広さを狭め続けます。

 そしてコロニーの一本がトンボの腹先を貫通します。

 トンボはそのままばたき続けます。


「ふみぃ、終わりましたわ」

「ジュエリア様、ご無事ですか!」

「問題ないですわ」


 まず自分たちの確認をします。

 二人とも怪我は無いようです。

 次におりの中のトンボを見ます。


「生きていますね」

「生きていますわ」

「どういたしましょうか?」

「どうにかしてくれますか?」

「いえ、無理無理、無理です!堪忍お願いいたします!」

「ふみー」


 ルーンジュエリアは少しの間、考え込みます。

 そしてライトの呪文を詠唱します。

 昨日は散々邪魔されて一度も詠唱を完了できなかった呪文です。

 今日は誰に邪魔される事も無く詠唱が終わります。


「恍惶の柱、数多の揺らめき、数多の煌めき、集い絡まりてそこにあれ」


 地下室の暗い中でお嬢様の指先から光の線が現われます。

 と、思ったら消えました。

 そしておりの中で巨大な虫が二つに割れ落ちます。

 ルーンジュエリアはかっこ良く真っ二つにしたかった様ですが、現実は甘くありません。

 少し斜めにけています。

 ルーンジュエリアには不満たらたらでもキサラにとっては驚きの塊です。

 けた虫から視線を外す事もできずに疑問をていします。


「ジュエリア様、今の魔法術は一体……」

「ライトですわ」

「わたしの知るライトは光魔法です。獣ほどの大きさがある虫をぶった切りにする魔法術ではありません」

「それと同じライトですわ。覚えたいなら教えますわ」

「ご厚意は嬉しいのですが遠慮させてください」


 今度はルーンジュエリアがキサラの言葉に重みを感じて問い掛けます。


「何故ですの?」

「後戻りさせて頂けなくなりそうです」

「残念ですが配慮しますわ」


 ともかく、虫の始末が今の課題です。

 安全を考えて昨日の三匹もまだ片付けてはありません。


「キサラ。この状態なら後始末をお願いできますか?」

「はい、お任せ下さい。それで……こちらも手を借りて処分してもよろしいでしょうか?」

「ふみ。男手は必要ですね、構いませんわ」

「有難うございます」


 勝利の朝です。

 始まったのがついさっきですからものの五分と言うところです。

 地下から一階に上がろうとしたキサラはルーンジュエリアが奥の別の部屋の前に立っている事に気が付きました。


「ん?」


 慌てて主人の元へ戻ります。

 ルーンジュエリアは既に戸を開けていました。

 荷物出し入れの都合上、戸のちょうつがいは廊下の奥側に付いています。


「ジュエリア様。いかされました?」

「初めまして。お目汚し、失礼いたしますわ」


 一言述べるとルーンジュエリアは部屋の中に入ります。

 そして入り口の前に立ち止まると自己紹介を始めます。


「ジュエリアは当伯爵家の第ニ女ルーンジュエリア・オブ・ハッピーレイ=サンストラックですわ」

「ジュエリア様?」


 ルーンジュエリアは見つめる部屋の奥、キサラはそこに何かを見つけました。


「ジュエリア様、お逃げください、スケルトン。アンデッドです!」


 そう叫んで見たものの自分の主人に慌てる様子はありません。


「……ジュエリア様?」

せんだっては御助力頂きありがとうございました。これからもお互いに相対する事無く触れず別に在れば共に栄えるものと確信いたしますわ」


 キサラには訳が分かりません。

 悩むメイドにルーンジュエリアは説明します。


「――ジュエリア様……」

「キサラ。あの方はアンデッドではなくじゅうへんですわ」

「魔獣変化、ですか?」

「ふみ。おそらくシロホネトビリスですわ」


 じゅうへん

 百年の時を生き続けた動物は魔獣になる場合がある事は知られています。

 ルーンジュエリアは目の前の小さな魔獣もそれであろうと判断しています。


 そして、用は済んだときびすを返します。


「それでは大変お騒がせいたしました。これで失礼させて頂きますわ」

(……ラッシー)

「ふみ?」


 何かの声が聞こえました。

 おそらく目の前の小さな魔獣変化でしょう。


(……ラッシー、だ――……レイア……サンテ、レイアはそう呼、んでくれて、いた――)

「――ラッシー。ご機嫌よう」


 廊下に出たルーンジュエリアは戸を閉めます。

 背後からメイドが訊ねます。


「見過ごしてしまって良かったのですか?ジュエリア様」

「あのシロホネトビリスはこの館のぬしですわ」

ぬし、ですか?」

「ふみ。別の何かが来るくらいならこのままの方が良いですわ」

「ですが魔獣ですよ?」


 メイドの単純な質問に分かり易く答えます。


「キサラ」

「はい」

「相手の実力が分からない様では相手の本質を図れませんわよ?」

「分かりました。では、先程の魔獣はそれ程の存在なのですか?」

「今のジュエリアでは勝てませんわ」

「たかが魔獣にジュエリア様が……信じられません」

「ま。今はですわ。目標三年。あるいは、別の策ですわ」


 目標があると言うのは良い事ですわ。

 お嬢様は心のたかぶりを感じています。


「ジュエリア様」

「ふみ?」

「わたしは仕事上ラッシーの事を報告しないばなりませんが構わないでしょうか?」

「ふみー」


 ルーンジュエリアは少し悩みます。

 報告されると面倒な事になりそうです。


「報告しなければならないキサラの立場は分かりますが――口を閉じなさい」

「お仕置きされる時は一緒に居て頂けますか?」

「ふみ。それまでにはどうにかしますわ。キサラには問い詰められるまでバックれていて欲しいですわ」

「かしこまりました。どうか良しなに」


 外に出るとすっかり景色が明るくなっています。

 虫退治が終わったらそのまま朝の鍛錬へ向かう予定でしたので、シャツとズボンので立ちです。


「お待ちください、ジュエリア様ー」


 ルーンジュエリアは広場に向かって駆け出しました。

 

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