第86話 いつもの小競り合いと食糧危機

 今年も恒例のアールクドットがデウゴルガ要塞と小競り合いをしている、という話が聞こえて来る。

 今年はどうやらいつもより規模が大きいらしく、デルゴルガ要塞の戦力と物資のみでは厳しいとのことで、ファラスの正規兵1000と食料、武器が旅立っていった。


 今ファラスに現存する戦力は通常時の3分の1程度とのことで地図を見ながらルイス教官に質問してみた。

「今迂回されて責められたらきついんじゃないんです?」

「視点としては間違ってないんだが、アールクドットからデウゴルガ要塞にいつもの2倍ほどの戦力が送り込まれている、それ以外の戦力を迂回させて奇襲をかけても疲労した兵と、待っているのはほぼ同数の元気な兵の戦いになるから問題ない、という話が1つ目だ」

 そう言って指を1本立てて続けた。


「2つ目はビサクレスト山、デウゴルガ要塞の向こう側にある山脈だな、あの山は夏でも雪深い。

 雪が降らないアールクドットから越えようとすると相当な準備と消耗を覚悟しなくては越えられないし、越えても1つ目の話につながるわけだ」

 2本目を立てた。


「と、いうわけで今日から図上演習だ。最初に任されるのは小隊だがいずれ中隊規模になる可能性があるからな」

 マス目で区切られた地図を広げると色とりどりの木でできたブロックをいくつかと、向こうとこちらを隔てる衝立を置いた。


「お前らは1人3個の自分の色を決めて駒をこの辺に自由に置け、おれはこっち側で部隊駒を全部使う。ルールはペドロとロペス辺りならやったことあるだろうが、将棋やチェスみたいなもんだ、それを5対5でやるだけだ」

 将棋と同じ様にターンごとに駒を動かすのだが、参加者は1ターンにそれぞれ駒を1つだけ動かし部隊の動きの確認をするのだそうな。


 1人の持ち駒は3つ、今回は歩兵駒が3つ。

 ルイス教官は3つの1グループが5つ。


「まあ、最初は相談無しでどこまでできるか試してみるといい」

 そういうとバラバラに攻める私達と統一された意思で動かされる5グループの駒は

 なんとなく包囲したほうがいいのかな、とフラフラしている間に各個撃破されて全滅した。


「まあ、ここまで連携せずに戦うことはほとんどないんだがな、伝令は一般兵だから少し前の状況が伝わってくるし、参考にしかならんということは頭に入れておいてくれ」


 そういうと次は最初に1度だけ相談していい、と言われ、向こうとこちらを隔てる衝立が立てられ相談し、部隊を私とロペスの2部隊、とイレーネ、ルディ、ペドロの3部隊に分け初期配置を行った。

 衝立を取ってみると完全に読み切られていたか、ルイス教官の5グループの部隊は1箇所に固まって配置された。

 相談はできないが、合流しなければならないということはわかる。

 3部隊の正面に置かれた5部隊の塊に対して、防御形態を取り、増援をまつが私とロペスの2部隊は背後を取り挟み撃ちにすればいいんじゃないかと動かしてみると、ロペスとの揃わない足並みに、あっという間に各個撃破され、3部隊の塊は後でゆっくり飲み込まれた。


「毎年こうなるんだけどな、じゃあ、今の反省会を一つずつ確認してくが……」

 ゲームとその振り返りを繰り返し、兵の運用を学んでいった。


 ───1ヶ月程後、デウゴルガ要塞攻めは未だに続き、今回は集団自殺でもすることに決めたのか、と大人達は笑い、士官学校内でも大きな勝利を前に浮足立った雰囲気が漂った。


「なんか最近、食堂のメニューが減ったね」

 2種類、日によっては3種類から選べていた昼食のメニューが1種類になり、おばちゃんがデウゴルガ要塞の戦いが終わったら元に戻るから今だけ我慢してね、と言っていた。


 それからまたしばらくすると、実地訓練として、3年、4年のABC班の士官候補生1人ずつをリーダーにして

 往復5日間の日程でリーダー1人に対してDE班の一般兵を5人程指揮下に入れて森へ行き、巨大猪グレートボアなどの野生の動物や角兎アルミラージを狩ってくるという課題について話を聞く。


 段々露骨になってきたな、と嫌な予感だったものが確信に近くなり、やる気を出しているルディとロペスに対して、

 確信は無いけれどもなにか不吉な物を感じ取っている様に見えるイレーネに、まずい状況になっている、と確信している表情のペドロ。


 直立のまま動かない兵についてくるようにロペスが言うと、ルディと一緒に先頭にたって歩き始めた。

 少し下がって荷車を引く私とペドロにイレーネと続き、後ろには25人のガチガチの槍を担いだ一般兵が続く。 

 本来なら彼らに引いてもらうのが筋なのだが、身体強化が掛けられない彼らに任せると目的地まで時間がかかってしまうので行きは私とペドロが引っ張ることにした。


「どう思う?」

 ガラガラと木製の車輪が騒音を立てているので、遠慮なくペドロに聞いた。

「ファラスから食料を持ち出して前線に送ること自体は想定内だが、影響がでるほどというのはおかしいな」

「どういうこと?」

 私とペドロの話を聞いてイレーネも気になったようだ。


「ファラスやエルカルカピースから集めた食料は今デルゴルガ要塞に送っているだろう、という話はわかるな?」

「だから食料がなくてこんな変なこと始めたってことなんでしょう?」

 故郷の名前が出た途端、嫌な顔をしながらイレーネが答えた。


「大きくいうとそうなんだが、家から食料がなくなったらどうする?」

「そりゃあ、買いに行くに決まってるじゃない」

「だろう? じゃあ、ファラスの場合、不作の時や今みたいな時はどうしてるか知ってるか?」

「ウルファラかティセロスから買うしかないよね」

「そうだ、ウルファラの場合は東にあるちょっとした山を越えるから輸送費がかさむからいつもはククルゴ経由でティセロスから買っているはずだ。

 もうそろそろ入ってきても良さそうだが、そういう気配をみせていないということをおれとカオルが気にしているわけだ」

「じゃあ、食べるものなくなっちゃうじゃない」


「もうすぐ終わるから大丈夫だというのならいいんだが、こうしてハンターの仕事をするというのが指揮の練習のついでに食料がほしいだけなのか、食料がほしいから使えるものは何でも使いたいのか、それが問題だな」

 これ以上は答えは出ないので一般兵の彼らに早足でついてきてもらい、その日の夕方に猟場へ到着した。

 木々が生い茂る丘の前が開けているのでここを拠点とすることにした。


 各部隊から1人の計5人、彼らには悪いが先にテントの設営と火の番をしてもらうことにし、狩猟班に先に休憩を取らせ、

 居残り組はその後に休憩してもらう、と告げると一般兵見習い達は良い返事をしてテントの設営に入った。

 私とイレーネ用、ペドロ達3人の分、あとは見習い達の4人ずつ寝られるものを5つ、残りの5人は交代で見張りをする。


 持ってきた食料と言っても30人分の5日間の堅パンなのだけど、正直、虫が食べるのかすら怪しいが、食べられてなくなってしまうのはそれはそれで困る。


 何かあればこの拠点に戻ってくることを約束して、全員で手分けをしてイ・ヘロを拠点のあちこちにばらまいてから

 それぞれ部下と一緒に散開して獲物を探す。


 狩猟組として私についてくる部下はバビエル、ヨン、フアン、ホルヘ、ヘススという名前の5人。

 居残り組にはヘススに残ってもらうことにした。

 少年といっても今の私よりは年上に見えるところが悲しい。


 見習い達にシャープエッジとハードスキンをかければ怪我は減らせそうだが、それでも心許なく見えてしまうのは強さの基準が自分達やハンター達になっているせいだろう。

 身体強化が使えないのならせめて祝福でも与えられればいいのだけれど、なにかの拍子に教官達に知れると大変な事になりそうなので、彼らが危機に陥った時は氷の矢ヒェロ・エクハなんかで援護するに留めることにする。

 祝福といえば、他の神の神官と交流ができたら罰当たりめが! と怒られてしまいそうだけれど他の神での祝福も試してみたい。


 全員のつま先に極弱いイ・ヘロを付けて私を中心にする形で前に槍を持った3人、後ろに弓を装備した1人の隊形で森の奥へと進む。

 本来なら頭の上に掲げて煌々と照らして歩きたいのだが、光を見て逃げられても困るから足元だけでも見えるようにした。

 深く見通す目ディープクリアアイズを使って暗闇を見通しながら獲物を探した。

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