……幕間 ……爽快

 夏恋なこのバイクの後ろでうたた寝していたら、いつの間にかBBQ会場に着いており、気付けば七人で手分けして準備をする流れになっていた。

 それで私は勢いで調理班に加わったものの、料理経験なんて家庭科の調理実習くらいしかないので、戦力になれるかは怪しい。しかも残りのメンバーが同級生男子二人と行きずりの幼い少年朝日とくれば、下手っぴなりに皆で頑張る感じになるかな……と調理場に着くまでは思っていた。


「なんっ、だとぉ!?」「すっげぇぇ、料理の鉄人じゃんか!」「……話が違う」


 調理場で待っていたのは、朝日少年の料理無双だった。食材の下処理と超速カットをしつつ調味料を計量して混ぜていたかと思えば、フライパンとなべに油を敷いて火力調節したりと、手が四本あるのではと思うほどの機敏さとマルチタスク能力で大暴れしている。なんだかもう、料理アニメのワンシーンを見ている気分。レストランの後継者って、こんな幼いうちから日々修行に明け暮れているのかしら……大変なのね。


「ちょっとぉ、みんなも手伝って!」


 もう全部朝日あいつ一人でいいんじゃないかな~、とばかりに三人でぼーっと見ていたら、バッチリしかられてしまった。


「え、えーと……僕らは何したら?」


 それ。手伝えと言われても、ド素人の私たちでは邪魔にしかならないのでは。

 そう思って三人で苦笑いしていたところ……


「じゃ、マメさんはサラダ、ヤスさんと目堂めどうさんはくしの具材準備ヨロシク!」


 イベントらしさにも配慮したのか、私達にできそうな作業を見繕ってくれた。ほんと色々な意味でデキル子。しかもこの朝日、とんでもなく可愛らしい美少年で……天は与え過ぎというもの。学校ではさぞかし女子にモテモテに違いない――って、えっ、んん? 良く見たら……女の子、なの、では?

 もしやと思い朝日の全身をじっくり眺めてみると……やっぱりそう。まだ子供だから男女の違いが表れにくいものの、私が普段から人体のデッサンもしているからか、鎖骨や骨盤の形状で女の子だと判った。ただ、夏恋のような超人的な推理力はないので、男装の理由には皆目検討もつかない。

 ……とまあ、謎の男装美少女朝日くんちゃんが何者かはさておき、こうして仕事を振ってくれたので、おバカ男子と串作りに努めよう。


「よーしっ! 一緒に頑張ろうな、目堂さん!」

「……ん」


 お隣がやる気満々なのは良いけれど、料理が得意そうには全く見えない。つまり、私が頑張らないと串無しBBQになって……夏恋が悲しむ。

 それで少々の使命感を抱きつつ、手始めに四分の一サイズのカボチャをまな板に置き、薄切りにしようと力を込めるが……おかしい、全然切れない。カボチャの装甲が硬すぎるのか、包丁ウエポンがナマクラなのか……いや、うん、どう考えても腕力ストレングス不足だよね。知ってる。

 しかし戦闘開始十秒で白旗を上げる訳にもいかないので、苦肉の策ながら包丁を両手持ちにして再度立ち向かうと……今度はガコンと音を立てて切れた。だが――


「あ」


 その反動で刃ごと跳ねて、カボチャの欠片が横へ飛んでしまった。


「――っよっとぉ! ハイどうぞ」


 すると隣のアホ男子がパシッと片手で受け止め、こちらへ返してきた。……うーん、これではまるでの再現……またもや拾われる事になるとは。何度もみっともないところを見られて、ほんと恥ずかしいよ。


「あー、そうだよな。カボチャは硬いし、僕がやるよ。目堂さんは鶏肉切ってな?」

「……わかった」


 こちらへ鶏肉を渡し、私が苦戦していたカボチャを代わりに持っていくと、いとも簡単にスライスし始める。……むむむ、こちらも頑張って汚名返上しよう。

 そう意気込むと、渡された皮付き鶏肉をぶつ切りにするため、両手持ちで刃を立てて全力で垂直に切り込むが……つぶれるだけで全然切れない。ああ、私、なんて無力。


「ちょちょっ、そんなんじゃ切れないし、危ないぞ? こうやって左手は猫の手、んでやらかい肉とか皮は一回押してから手前に引いて切るんだ」

「んょわぁ!!!」


 いきなり手を握らないで! ショック死したらどうするの!


「ん? 難しかった?」


 突然のセクハラ行為に驚いたが、相手は不思議そうな顔で首を傾げるのみ。……ま、まぁ、私の手捌てさばきがあまりにあんまりだから、純粋に教えたかっただけ、だよね。


「……べ、別に」

「なら良かった」


 それで言われた通りに構えて何度か刃を滑らせると、非力な私でもなんとか皮ごと切れた。


「……切りやすい」

「へっへっ、だろぉ〜?」


 ふーん、こんなお調子者で無神経そうなアホアホ男子だけど、意外にも料理が得意なのね。それに、ずぶの素人な私に嫌な顔ひとつせず教えてくれて、すごく面倒見が良いというか……普通にイイヒト、なのかも。そのせいか、他人――しかも男子相手なのに、こうして緊張せず話せてる。思えばさっきのクレープの時も、頑張って褒めてみたり、二人の漫才に参加したりできたし。……せっかく褒めてあげたのに困惑されたのは、正直納得いかないけど。

 うん、これはチャンスかもしれない。夏恋のアドバイスに従うって訳でもないけど……今なら素直にお礼が言える気がする。よ、よし。


「……あ、あの」

「どした?」

「……あの時も……拾ってくれてありがと」


 ふぅ……私、頑張った。半年越しにはなってしまったけど、これで最低限の義務は果たしたわ。

 そう思って安心していたのだが……ナゼか怪訝けげんな顔を返された。


「あの、時? ん、んんんー? 目堂さんとは、ついさっき会ったばっか、だよね?」

「……え」


 まさか、覚えていない、の?

 ウソ、でしょ?

 こっちはあんなにも胸キ――っ腹立たしい思いをしたというのに、このアホアホ男子は記憶にすらないと?

 通りすがりに気が向いて助けた、その他大勢の女子の一人ってこと?

 一人で勝手に右往左往してた私こそが、本当のバカってわけ?


 ……。


 …………。


 ………………。


 なんだろう、この敗北感は。

 こんなに悔しいと思ったのは、生まれて初めてかもしれない。

 別にこんなおバカ男子に覚えていて欲しかったなんて事、ないけど…………全然、これっぽっちも、ないけどっ!!!


「……頭まで馬なの?」

「ちょ、辛辣しんらつぅ!」

「……じゃあ鹿?」

「え、シカ……あああ、馬鹿ってこと!? ぬおおお、まるで大地みたいな事を……くっそぉ、あいつのせいで目堂さんに悪影響がぁ」


 あまりにも腹が立ったので、その相棒のようにいじってみれば、なんとも情けない顔をしてガックリと項垂れた。

 ……ふっ、ふふっ、少し胸がスッとした。ムカムカが治まって気分爽快そうかい。それどころか、何だか楽しくなってきたくらい。それもこの打てば響き渡るオーバーリアクションのおかげなのかな。これは天性の才――んや、天性の弄られ体質かしら……ぷふっ、なにそれ。おっかしいの。


「え……あの、目堂さん? なんでそんな楽しそう、なの?」

「……しらない」

「いやいや、知らないとかあるぅ?」

「……ひみつ」

「ちょ、そんなぁぁ」

「……ふふふ」


 再び見せるしょんぼり顔に、ニヤニヤが止まらない。

 うん、これは精神衛生上とてもいい。ムカムカ治療法の大発見。

 そうとなったら、思い出すまで続けることにしよ。

 だからこれは……全部あなたが悪いんだからね、ヤス君?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る