第10話「ゼロ」

3人は現場検証した場所から車を走らせ、東京都新宿区にある対吸血鬼部隊の本部に到着していた。本部は30階建てのビルで、山本隊の隊員の木並と鷹橋は1階ロビーで山本を待ち、山本隊長は27階の吸血鬼対策室室長の部屋を訪れていた。


 室長室は入って正面に室長のデスクがあり、入って右手の壁際には仰々しく高そうなツボが台の上で鎮座している。そして、室長の後方に大窓は東京の街を上からすべて見下ろせる程の眺めだった。

「喜崎町は山本隊の担当区域のはずだ。死体が無くなるとはどういうことだ?」

「近藤室長。大変申し訳ございません。私の力不足です」

 白髪交じりの四角い顔をした近藤室長は大きく空いた鼻の穴から発熱した脳を冷却するかのように息を吐き出した。

「力不足…ね。君たちが駆けつけて1分、1秒でも時間を稼ぐことが出来たら救えた命だったかもしれんし、亡くなったとしても連れ去られることはなかったかもしれんのだぞ」

 山本は指先きを伸ばしももにぴたりとくっつけて90°に体を折りたたんで謝罪する。

「死体が無くなるということがどれだけ辛いことか。親族の気持ちをよく考えなさい。奴らはこちらの考えなんてお構いなしなんだ。我々が奴らの先をいかなければいけないんだよ」


 一気に捲し立てた近藤室長は山本に背を向け、窓から東京を見下ろしながら言う。

「これからさらに警備に力を入れるように」

「はい」

 山本が踵を返してすぐに近藤室長が山本隊長のことを呼び、山本隊長は足を止めた。

「君の実力をかって新人の教育も任せてるんだ。それも含めて頼むよ」

 また返事をして山本隊長は部屋を出る。


「よお、山本。どうやら室長に絞られたみたいだな」

鳥田とりたさん! お久しぶりです。東京に戻られてたんですね」

 そう言った角刈りの男はゼロの最上位S級隊員の鳥田ある。鳥田はまるで岩石のようにどっしりとした巨躯で室長室の前で壁に寄りかかって山本のことを待っていた。そして、彼が来ているスーツは隆起する筋肉で今にもはじけ飛びそうなほどだった。

「ああ、大阪も大変な状況だったよ。今の世の中、日が差しているところ以外に安全な場所はないな」

 鳥田の大きな手からより小さく見える缶コーヒーを山本に渡した。

「久しぶりの再会だ。少し話さないか?」としっかりと磨かれた白い歯を見せた。


 2人は30階の上の屋上で手すりにもたれて並んで東京の街を眺めていた。

「山本もいつの間にかA級か。成長したな」

「いえ、ここまで来れたのも鳥田さんのご指導のおかげです」

「何いってんだ。今のお前があるのはお前の弛まない努力と世界の平和を望んできた結果だろ」

 遠くに見える夕日が地平線に沈み始めた。そして、風が音を立てて吹き始め2人の頬を撫でる。

「そんなお前も隊長だな。初めてお前が指揮する隊はどうだ?」

「なんとか動けてますよ。生きの良い新人にちょっと手を焼いてますけどね」

「それは新入りの嬢ちゃんのことか?」

 山本は少し目を細めてから頷き、それを横目で確認した鳥田は話を続けた。

「今日、喜崎町の現場に行ってたんだろ。入隊して間もない彼女にとっては父の死を思い出させてしまう気の毒な現場だったかもしれないな」

「ええ、俺の力不足であのような凄惨な現場につれていくことになってしまいました。彼女にはつらい過去を思い出させてしまったかもしれません」

 鳥田は残りのコーヒーを一気に飲み干してから缶を手で包み込むようにして握りつぶした。

「いや、それはお前だけのせいじゃない。これからああいう現場にはたくさん立ち会うことになるだろう。最近は奴らの行動も活発化してる。彼女も辛いだろうが避けては通れないかもしれん」


 そして、鳥田は一つ息を吐いて空を見上げた。

「木並が生きていればお前の負担ももう少し楽になったかもしれないのにな」


 山本は屋上から眼下に広がるビル群を見つめてしばらく考え込んだ。

「そうかもしれないですね…優豪さんは立派な方でした…」

 そして、視線を上げてから夕日を見つめ、目を細める。

「俺がゼロに入隊したのもテレビで木並さんの活躍する姿を見て憧れてこの世界に足を踏み入れました。そして、隊は違いましたがようやく同じゼロの隊員として一緒に戦うことが出来ましたし、飲みに連れて行ってもらいました。右も左もわからなかった新人の僕を優豪さんは正面から向き合ってくれた」

「木並はお前の事一番可愛がってたもんな」

 鳥田もはるか遠くに見える夕日を見つめた。

「…はい」

 そう言う山本の握る拳は徐々に力が込められいく。

「あいつは正義感の強いやつだったよ。同じ隊の後輩ながら密かに尊敬していた」

「そんな優豪さんを殺したヴァンパイアを俺は絶対に許せないです。最期を看取ることも出来ないなんて…」

「ああ、それは人間全員の意志だ。でも、感情に乗っ取られるなよ。やり返すチャンスは必ずあるからな」

「その言葉今日、木並にも同じこと言ったんですけどね。自分も言われるなんてもっと気を引き締めないとダメですね」

 

「麻帆ちゃんは木並の血を継いでるんだ大切に育ててやれよ。木並は俺と会う度に溺愛してた一人娘の話ばかりしてたからな」

 鳥田は山本の方を向いて太い眉を歪めて笑みを作った。

「木並も優豪さんの血を受け継いでいるだけあって訓練生のときから隊員としてのセンスは十分にありました。多少任務に出て実戦経験は積みましたが、まだ荒削りで目を離すと危なっかしいですし、同期の子と仲良くしてくれないんですけどね」

 山本は肩を落とすように言った。

「彼女はまだ若い。ゆっくり育てていけばいいさ。いずれこの世界を平和に導いてくれる隊員の一人になってくれるだろう」


 2人が屋上に来たときは辺りを鮮やかな太陽の光が東京の街を包み込んでいたが次第に太陽の姿は遠く見える地平線に沈んでいき辺りは薄暗くなってくる。

「さて、これからは奴らの時間だ警備に向かおうか山本」

 山本は力強く返事をして鳥田の背中を追いかけた。

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