第3話「仲間」

 小刻みな振動。そして、速い速度で移り変わってゆく景色、景色が止まったら室内に鳴り響くエンジン音。

 薄く目を開け楓はそれらの感覚を実感する。

「あれ、生きてる。ここは?」

「ようやく目が覚めたか。ここは車の中だ」

 運転席にいる男がルームミラー越しにこちらを見つめる。後ろ姿から長髪を後ろで結いで顎髭を生やした黒のスーツ姿の男、助手席には鞘に収められた刀がある。そして、瞳が赤い。

「あなたはヴァ、ヴァンパイアなんですか?」

「そうだ。お前もそうだろ。お前の場合は訳ありだけどな」と男が言うと口角を上げて笑みを浮かべた。

「あの、僕たちを助けてくれたんですか?」

「お前が今、無事ってことはそういうことだな。少なくとも今俺はお前たちの味方だ」

 運転している男は夜の車通りの少ない道を快速に飛ばして運転している。


「竜太は、竜太はどうなったんですか? もしかしてあなたが…」と楓が途中まで言うと運転席の男が話しを遮った。

「俺の事を疑う前に後部座席を見てから言ったらどうだ?」

 言われたとおりにワゴン車の後部座席を見てみると応急処置をしたのか、竜太の腹部に包帯が巻かれて酸素マスクも付けており、かろうじて呼吸はしているようだった。

「ギリギリだったんだ。まあ、まだ生きてるから安心しろ」

「あ、ありがとうございます。あの竜太は助かるんですか?」

 男は「それはこれから分かる」というと車を止めた。


 車を止めた場所は街灯がなく夜の暗闇に包まれて外観はよく見えないが車のライトで照らされる部分と目の前の建物の窓のカーテンから明かりが漏れていて、その情報から推測するに洋館のような大きな建物であることはわかった。


 楓がスマホで時刻を確認してみるともうすぐで日付が変わる時間だった。喜崎マートの近くから随分と車を走らせていたらしい。

 男は「降りろ」というと車のエンジンを切りトランクを開け、浅い呼吸をしている竜太を軽々と抱え上げ、楓はその男と一緒に目の前の大きな洋館に向かった。

 楓はその時初めて男と肩を並べて歩いたが身長が168センチの楓が見上げるほどの体格をしていた。

「今から医師に治療してもらうがこいつが助かるかどうかはわからない。最悪の場合を覚悟しておけ」

「最悪の場合って…」

 楓は立ち止まり、男の背中を呆然と見つめてから再び男の後をついていった。


 男が洋館のような建物のドアを開けると目の前には赤い絨毯が引かれた大きな階段があり、その階段は左右T字に別れ二階へと続いていて壁には絵画が飾られており雰囲気は英国風の洋館を思わせる。


 2人が洋館に入ってすぐに2階から小走りで階段を下ってくる50代か60代くらいの白髪交じりの白衣を着た男が駆け寄ってきた。

「大垣さんこの2人がさっき連絡した奴らです」

 その男の話を訊くとすぐに白衣を着た男は「ありがとう連堂君、その子はすぐに医務室へ運ぼう。出血がひどい」と言って連堂と呼ばれた男と大垣と呼ばれていた人物は玄関の扉を開けて右側にある通路を2人で走っていってしまった。急な出来事でよくわからず楓も2人の後を追う。


 医務室に着き「お前はここで待ってろ」と連堂と呼ばれていた男に制され楓は医務室の前の長椅子で腰掛け待っているとすぐに連堂と呼ばれていた男が医務室から出てきて楓の正面の椅子に座った。


「自己紹介が遅れたな。俺は連堂京介だ。ここでは大垣さんのボディガードみたいな事をしてる。この組織で大垣先生の次に偉いやつだと思ってくれていい」

 真横で見る連堂は赤い瞳はもちろんのこと楓と同様に牙のような八重歯が生えていた。

「僕は伊純楓といいます。あのお二人は一体…」

「俺らはモラドと呼ばれる組織のものだ。と言ってもお前には何もわからないだろうけどな」

 楓が当然ながら「はい…」とつぶやくと連堂は「わかった。お前もヴァンパイアなら知っておく必要がある。だから、1から教えてやる。いいか、この世界には人間とヴァンパイアという二つの生き物に分けて考えると大きく分けて5つに分けられる…」そう言って連堂はこの世界に存在する組織の話を始めた。

 

 連堂が言っていたことをまとめるとこうなる。

 1つ目は地上で暮らす人間。日中も夜中でも活動を太陽光の影響を受けること無く地上で活動できる生命体であり、知能が発達してテクノロジーの発展に貢献してきた。ヴァンパイアとの身体能力に差があり、見かけても竜太のように勇敢に戦うものもいるが多くは一目散に逃げるものなどヴァンパイアのことを嫌っているが生身での戦闘となると廃材置き場で起こったときのように圧倒的な力の差がある。


 2つ目が政府の対吸血鬼部隊「ゼロ」。全員人間で部隊は構成されており、その人間の中でも高い身体能力を持つ人間が選抜され、アトンと呼ばれるパワードスーツの着用や人間が開発した最先端の武器を使いこなしヴァンパイアと同等に渡り合う戦闘力を有する。彼らはいわば人類の希望の星であり、ヴァンパイアはどんなやつでも必ず殺して絶滅させ人間の市民の平和を守るのが目的。


 3つ目がヴァンパイアだけで構成される組織「ALPHA」。かつてのヴァンパイア全盛の時代を取り戻す事を目的としている。廃材置き場で遭遇したヴァンパイアは黄色い光を放つ武器を持っていたことから次に説明する野良のヴァンパイアは武器を持っていることがほとんど無く恐らくALPHAに属するヴァンパイアである。


 4つ目が野良のヴァンパイア。ALPHAや次に説明するモラドには所属しておらず人間の世界に身を隠しながら生活したり、ヴァンパイアの世界に紛れ込んで生活するなど宗教的な考えは持っておらず自分たちの生活することだけを考えている。


 そして、5つ目が連堂、大垣が所属する組織モラド。ヴァンパイアと人間の共存を目的にしており、モラドに協力する人間も少数存在する。モラドでは医師である大垣のツテを使って人間の血液を分けて貰う代わりに人間を襲うヴァンパイアを倒し、人間の安全を守っている。しかし、人間の味方をしていても対吸血鬼部隊「ゼロ」にはヴァンパイアである以上殺される危険性はあるし、同じヴァンパイアでも人間を忌み嫌うALPHAに狙われることもしばしばある。


「ちょっと待ってくださいモラドの皆さんはヴァンパイア同士で殺し合いをしているってことですか?」

「ああ、そうだ。俺らの目的のためだからな」

 連堂はスーツの胸ポケットからアルミのような金属で出来た手のひらサイズほどの箱から赤いタバコのようなものを取り出し火を点けた。

「俺らはあくまでも人間の味方をするヴァンパイアだ。ここに居るヴァンパイアは俺らを絶滅に追いやった人間が憎いとは思っていない。元々共存していた人間だって悪いやつばかりじゃないと思っているからだ」

 連堂は口から赤い煙を吐き、楓の方を向いた。

「お前は殺し合いをしたくなくてもALPHA、そしてゼロは俺らのことを全力で殺しに来る。そして俺らは2種の共存という目的のためにそいつらを殺す。現にそいつらに何人も仲間がやられてる。それが、この世界の現実なんだよ」

「そんな…殺し合いをするだなんて」

 連堂は長い足を組んで天井に向かって話すように視線を上げた。

「俺はこの組織の人間とヴァンパイアが平和に暮らせればそれでいいと思ってる。だから、降りかかる火の粉は払うだけだ」

 しばらく楓が逡巡する間に前方の医務室のドアが開いて術衣を着た大垣が出てきて、それに気づいて座っていた2人は立ち上がって大垣を見た。

「大垣さんお疲れさまです。手術はどうでしたか?」

 連堂が大垣にそう言うと大垣は静かに首を横に振った。

「……」

 大垣を見て楓は言葉を失い膝から崩れ落ち、床に手をついた。照明が一瞬光ることを途切れたように消えてまた点灯する。

「竜太…助からなかったんですか?」

 大垣は小さく首を縦に振った。

「恐らくこのままでは普段の生活を続けることは出来ないだろう。最悪の場合も考えておいてほしい」

「そんな、僕は竜太を守れなかったのか…あの時、僕が家に泊めていればこんなことは起こらなかったのに…。僕のせいだ…」

 楓は頭を抱えて涙でグチャグチャにしたなり腹の底から叫んだ。

「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 床に額を押し付けて泣き叫ぶ楓に連堂はしゃがんで背中に手を置いた。

「顔上げろ、望みはまだある」

 そう言った連堂は手に持っていたタバコを手で握りつぶすようにして火を消し、携帯灰皿にしまった。

「お前は確か伊純って言ったか。友達を救う方法が一つだけある。ただし、覚悟決めろよ」

 虚を突かれたように楓の事を見下ろす連堂を楓は見上げた。そして、縋るように訊いた。

「救う方法ですか?」

 連堂は楓の目を覗き込むようにして言った。

「それはお前の友達をヴァンパイアにすることだ」

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