第4話
カトレアの献身的な治療はまだまだ続く。
「お粥が炊き上がりました」
「これはお腹の毒素を抜くお粥です。桃米と粉末にしたドラゴンの鱗と天仙山の穀類からできていて、栄養があって普通に食べても健康にいいのですが、毒素の溜まった方には以下同文」
「ぐぶぉぇええぇえええ! お、お兄ちゃま……」
「こちらは同重量のプラチナと……」
「がんばれ、ミミー!」
「煮豆ができました」
「これは血液の毒素を抜くお豆さんです。海底に生える翡翠真珠豆の一種で以下同文」
「ぼげぇえごええぇぇえぇ!」
「こちらは同重量のダイヤと」
「ほら、ミミー残すな! 全部口に入れろ!」
――すべての皿が空になった時には、ミミーは抜け殻になっていた。
「これでもう大丈夫なはずですわ!」
大仕事を成し終え額の汗を拭うカトレアと、
「よく頑張ったな、ミミー! これで健康になれるぞ!」
感動の涙を流しながら従妹の完食を称えるリード。
「さあ、ミミー様。ベッドから起きて自由に駆け回って、リード様に元気になったお姿を見せてあげてください!」
爽やかな笑顔で差し伸べられたカトレアの手を――
「……冗談じゃないわっ!」
――ミミーはペシッとはたき落とした!
「こんな酷いことしておいて、なに善人ぶってんのよ! お兄ちゃま、こいつはペテン師よ! 薬なんか全然効いてないわ! ……あぁっ」
罵倒するだけして、思い出したようにふらりとベッドに倒れ込む。
いつもの状態に逆戻りしたミミーに、リードは焦ってカトレアを怒鳴りつけた。
「一体どうなっているんだい? カトレア! まったく君は役立たずじゃないか!」
「そんな……」
カトレアは真っ青になる。
「申し訳ありません。わたくしの力不足で……」
「謝ってすむ問題じゃないだろう! 可哀想なミミーに無駄な負担を掛けて。これは賠償モノだよ!」
深々と頭を下げる伯爵令嬢を存分に罵る伯爵令息を、被ったシーツの隙間から眺めながらミミーはこっそり舌を出す。
「本当に申し訳ないですわ……」
カトレア平身低頭したまま、左手を真横に突き出した。空中から取り出したのは、一本の青い小瓶。
「こうなったら、最終手段です」
「さ……最終手段って?」
いきなり顔を上げたカトレアに怯むリードに、彼女はかつてないほど妖艶に微笑んだ。
「これは妖精の羽や精霊の髪、ユニコーンの角など、ありとあらゆる神聖な材料をわたくし自ら調合し作り上げた
「おお、凄いじゃないか! どうしてそれを最初に使わなかったんだ?」
「それは……
カトレアは悲しそうに眉を下げ、
「この霊薬は、体調の優れない方にしか効果がありません。もし健康な方が飲んだら……内側から臓腑を灼かれ、地獄の苦しみのうちに死に至るでしょう」
彼女はふっと息をついてから、パッと表情を明るくした。
「でも、それはミミー様には関係ありませんものね! 早速飲んで元気になってもらいましょう」
親指でピンッと蓋を弾き飛ばし、瓶を片手にミミーに迫るカトレア。
「ひっ、ひぃ……っ」
ベッドの上の少女は、尻をついたまま伯爵令嬢を避けるように後ずさる。可愛い顔は恐怖に歪んで涙目だ。
「……ミミー?」
従妹の様子に、リードは訝しんで首を傾げる。
「どうしたんだい? ミミー。
「いや、むり、いや……」
猫なで声で諭す従兄に、ブンブンと首を横に振る。恐怖で歯の根が噛み合わず、カタカタ音を立てている。
「ミミー様、動かれると上手く飲ませられませんわよ」
カトレアはこの上なく慈悲深い笑顔で言う。
「サマンサ、手伝ってくれない?」
「はい、カトレア様」
メイドは素早くベッドに近づくと、ミミーを背後から羽交い締めに拘束する。
「ちょっと! あんた誰の味方よ!?」
「私がお仕えするのはカトレア様のみです」
誰だって、蔑んでくる相手より恩人に味方したい。
カトレアがベッドに膝を掛け、ミミーににじり寄ってくる。
サマンサが顎を掴んで開けさせた唇に、瓶が押し当てられる。
「さあ、元気になりましょう? ミミー様」
愉悦に目を細め、カトレアが瓶を傾けた、瞬間!
「いやああああぁぁ!」
ミミーは両手でカトレアを突き飛ばした。衝撃に霊薬の瓶は宙を舞い、床に落ちて粉々に砕け散った。
そのまま彼女はメイドを振り払い、脱兎のごとく部屋から逃げ出した!
「ミ、ミミー!?」
従妹の元気な全力疾走に呆気にとられたリードは、助けを求めてカトレアを振り返り……、
「病気が治って良かったですね」
にっこりと微笑む婚約者に、何故かゾゾゾッと寒イボを立てた。
「ミ……ミミー! 待ってくれ!」
リードも慌ててその場から逃れる。
――ミミーは完治した。……詐病という病から。
二人を見送って、カトレアは床に手を翳して割れた瓶を元通りにして中身を回収すると、ぐんっと腕を伸ばして大あくびをした。
「もうちょっと骨があるかと思ったけど、大した退屈しのぎにならなかったわね」
眠そうに目をこすってから、ピルチャー伯爵令嬢は一抹の未練も残さずアンダーソン伯爵屋敷を後にした。
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