病弱な従妹を理由に婚約者がデートをドタキャンするので、全力で治療に協力します!
灯倉日鈴
第1話
「ごめん、カトレア。ミミーの調子が悪いんだ。今日のデートは延期してくれないか?」
すまなそうに手を合わせたのは、リード。アンダーソン伯爵家の子息だ。
謝られた女性、カトレアはピルチャー伯爵令嬢。
成人したばかりの二人は、両家当主の意向で二ヶ月前に婚約したばかり。
普通なら少しずつ距離を縮めて仲良くなる時期だが……。
本日五回目となるデートは、待ち合わせの場所でドタキャンされた。
そして、デートのキャンセルも今回で五回目だ。
理由はいつも同じ、
「ミミーの体調が悪い」
から。
ミミー・ミレニアはアンダーソン伯爵の妹の娘で、リードの従妹だ。
両親が外国で仕事をしているのでアンダーソン家で預かっているという彼女は体が弱く、学校にも行かず仕事もせずに屋敷で療養しているという。
「あら? でも先週二人で移動遊園地に行かれたと仰ってましたよね?」
カトレアは「はて?」と首を傾げる。
王都の広場に数ヵ月に一度来る移動遊園地。
先週のカトレアとリードのデートはそこに行く予定だったが……。案の定、「ミミーが頭が痛いって泣いているんだ」とキャンセルされた。
そしてその翌日、ミミーが元気になったから二人で行ってきたと、ついさっきリードが意気揚々と語っていた。更にその口で今日のデートのキャンセルも告げてきたのだが。
「いつもお加減が悪いようですが、ミミー様は何のご病気なのですか?」
「生まれつき体が弱くて、
今まで一度だってドタキャンを責めたことのないカトレアに、満面の笑みで不平は我儘と
「ええ、勿論ですとも。お可哀想なご身内を思い遣るリード様の優しさ、わたくしは感動いたしました!」
「そう? 当然のことをしてるだけなんだけどな」
満更でもない顔で、後頭部を掻いて照れまくるリード。
「僕はそろそろ行くよ。ミミーが寂しがっているから」
じゃあね、と片手を上げる婚約者に、カトレアは心底心配そうに、
「ええ、早く行ってあげてください。わたくしもついて行きますので」
「……へ?」
目が点になったリードに、堂々と宣言する。
「わたくしが全力でミミー様のお身体を治してさしあげますわ!」
……。
「……治す? 君がミミーをかい?」
疑いの眼差しで眉を寄せるリードに、カトレアは自分の両拳を握って意気込んでみせる。
「ええ! これでもわたくし、治癒魔法の心得がございますの。国の認定証もありますわ。きっとお役に立てるかと」
この国では魔力を持って生まれてくる者が少なく、魔法使いは貴重な存在だ。更に、治癒魔法は通常の精霊魔法よりも難しく、術者は国から保護されている。
「それは凄いじゃないか!」
リードは手を叩いて喜んだ。
「父さんがカトレアとの婚約を決めた時、『魔力持ちは不気味だが何かと役に立つ』って言ってたけど、本当だね!」
「あら、
カトレアはオホホと上品に笑い飛ばす。
「それじゃ、僕の家に行こうか。あ、その前に角のパティスリーに寄らなくちゃ。ミミーがお土産にケーキ買ってきてって言ってたから。ミミーはそこのザッハトルテが大好物なんだ」
「まあ! わたくしもですわ。美味しいですよね」
「うん。あ、今回はミミーの分しか買わないよ。ミミーの看病の為に欲しがる物をたくさん買ってあげてたら、お小遣いが寂しくなっちゃって。でも、体が弱くて食の細いミミーには好物を食べさせてあげたいじゃん? カトレアは元気だからお見舞いの品はいらないもんね」
一回の台詞の中に三度も従妹の名前を出した婚約者に、カトレアは「リード様は本当にお優しいですわ」とニコニコする。
「それなら、わたくしが皆様の分を買わせて頂きますわ。婚約者のお家を訪問するのに何も持たずに参れませんもの」
「ああ、手土産は常識だよね。じゃあ、僕はベイクドチーズケーキで!」
「はい、畏まりました」
二人のやりとりに物凄い顔でドン引きする店員に、カトレアはカットケーキ五個と焼き菓子の詰め合わせを注文する。カットケーキはアンダーソン家は当主夫妻と令息とその従妹の四人家族+カトレアの分だ。そして、
「随分買ってるけど、その焼き菓子は何?」
「使用人の皆様への差し入れですわ」
「うちの使用人に? なんで?」
「嫁ぎ先にお勤めの方々には今後お世話になりますから、ご挨拶代わりに」
笑顔で答える婚約者に、リードは露骨に眉を顰めた。
「そういう点数稼ぎ、好きじゃないな。僕らは貴族だよ? 平民に
「気分を害されたなら申し訳ありません。使用人にも友人と同等の敬意を払うのが
「公私混同だね。
「精進しますわ」
大股でさっさと歩いていくリードの後を、二つのケーキ箱を両手に抱えたカトレアが足早に追いかけて行った。
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