第16話:去る者、追う者

―アルモス視点―




 大馬鹿をやらかしてから一週間が過ぎた。 

 普段通りの日常を送っている……とは言い難い。


 二人で食事をする時でも。


 読書をしている時でも。


 彼女の存在を遠く感じる。


 まあ、実際に遠いからな。

 明らかにパーソナルスペースが広がっているし。

 お互いの会話量も極端に減少している。

 俺がどれだけ話を振っても、すぐに会話が途切れてしまうし、無理に近づこうとすれば理由を付けて逃げてしまう。

 

 追い回すわけにもいかず。


 一度は、なるがままにと。


 任せてみようとも思ったが。

 一週間経った現在となっても、全く改善の様子は見られない。


 いや。むしろ、その逆のようで。


 どんどん離れている気すらする。


 それでも食事を作ってくれたり。

 いつの間にか本が積まれていて。

 今まで通りの配慮をしてくれるのが、むしろ痛々しくて、フィーアが無理をしているのは明らかだった。



「―――――アルモス様。お話があります」



 そして、その時が来てしまった。


 いつものように食事を終え。

 彼女の出方を伺っていると。

 出来るだけ俺の目を見ないように、俯いたまま近づいてくるフィーア。


 これまでなら、すぐに食器を下げて厨房へ引っ込んでしまった筈。

 手伝う間も与えなかったはずだが。


 彼女の浮かべる表情は。


 何かを決心したもので。


 間違いなく、明るい話ではないだろう。

 食器を片付けた彼女に誘われるまま、城の階段を上がっていき、やがて見慣れた屋上へたどり着く。



 ……………。


 

 ……………。



 併設された厩舎では、竜が何時ものように丸まっていたが。

 俺たちが現れたのを見ると、嬉しそうに視線を送ってくる。


 ………訂正、俺にじゃなくて。


 隣の女性だけに視線を送っている。


 この面食いチョロ竜が。


 やっぱりメスにしておくんだった。

 何なら、今からでも去勢すべきだ。



 ―――んで……屋上かぁ。



 随分ベタな展開とみるが。



「フィーア。話っていうのは、何かな?」

「……………」



 それは、刃物のような鋭さ。


 俺は、彼女の剣呑な瞳を初めて見ることになり。



「アルモス様。……もう、お帰りください」



 出てきた言葉は、追放処分だった。


 物語では割とテンプレの部類だが。


 特に力不足という訳でもない筈なんだがな。

 鋭い視線でこちらを見据えながら言葉を紡ぐ彼女が、今までよりずっと遠く感じる。

 


 ここ数日の期間は。


 

 彼女が決断するのに必要な時間だったんだろう。

 「選ぶ」ではなく「決断する」だ。


 最初から、その答えは。


 決まっていたんだろう。


 負けが確定している戦闘に突っ込むほど不毛な事はない。

 物語における盛り上がり…仲間を守るために一人で立ち向かうといえば聞こえは良いが、残された者たちはどうすれば良いというのだろう。


 死んで楽になる…すぐに考えなくなる側こそ。


 全て忘れて楽になれるほうがマシというもの。


 そういう意味では。

 残された者……永遠に苦しみ続けるフィーアはどうすれば良い? 

 


 彼女は死ぬことすら許されなかった。



 死霊種の寿命は……分からない。


 だが、責任感の強い彼女の事だ。


 陛下から任を解かれるまでは。

 一生…悠久、永遠をこの領地で生き続けるのだろう。



「私は、ロスライブズの管理者エルドリッジです。これからも、この地の守護を続けます。貴方には貴方の、私には私のやることがあります。ですから――」

「もう来るな……と?」

「―――ッ……はい。その通りです」



 ここに俺を案内してきたのは。


 有無を言わせず帰らせるため。


 準備の時間くらいくれ…とは思わない。

 そもそも、俺は所持品らしい所持品を持ってきていない。

 全部現地調達でどうにかなると思っていたからな。


 その事情を知っているからこそ。


 彼女も強硬策に出たのだろうな。


 表情を変えず、能面のように頷くフィーア。

 その決意に甘さなど存在しないし、一週間で覚悟は完全に固まっている。



 ………だから、しょうがないか。



「まぁ、そんな顔で言われてしまったらな」



 俺は彼女に背を向けて。


 ゆっくりと歩み始める。


 目的地は、勿論厩舎で。

 睡眠を終えて伸びをしているリオンは、俺たちの確執などまるで気付いていないように見えるが、彼の役目はただ空を飛ぶだけなので問題ない。


 俺が檻へと近付いてくるのを。


 待ってましたと言うかの様に。

 

 檻を開けると、気怠そうに這い出てきたデブ竜。



「リオン。ちょっとそこらへん散歩して来い。これ以上太ると、マジで飛べなくなりそうだ」

「……………? ―――ッッ!」



 やはり言葉は伝わらないようだが。

 何かを察したのか、急いで大空へと羽ばたいていくチョロ竜。


 それは、丁度フィーアと初めて出会った時と同じ反応だった。


 今回は彼女の気配ではなく。


 俺を見て恐怖したようだが。


 本当に、飛んでいる姿だけは綺麗なんだよな。

 妖精のように薄く、淡く煌めく二対の飛膜。

 光を反射して、さながら芸術の如き美しさを持っているのに、性格というか……他の部分が全てを台無しにしている。



「―――様ッ……何を」



 呑気に飛んで行ったリオンを眺めていると。

 

 後ろから、フィーアの声が聞こえてくる。

 振り返った先にいた彼女は明らかに狼狽しているようで、何とかしてさっきの表情を作っている。



「……どういう……ことですか?」

「どうもこうもな? 帰るとは、一言も言ってないんだが」

「―――ッ!」



 やはり、フィーアは。

 

 根が純粋過ぎるよな。


 そんな彼女だからこそ、救いたいと心から思えるのだが。



「………ッ……この領に貴方の居場所はありません! あなたと私では…世界が違うのです。死者である私と、人間種である貴方とでは」



 彼女は、そう告げると。


 背を向けて歩き始める。


 それは、結局訂正できなかった勘違いだ。

 長命でもない人間と、悠久を生きる死霊種フィーア



 あぁ、分からんでもないさ。



 その言葉で納得する者もいるだろう。

 よくある、身分の違いとか色々。

 恋愛漫画でもよくある設定で、一度挫折するのが主人公の王道展開なのだろう。



 ―――が、生憎だったな。



 こちとら、文字通り身だ。

 相手の世界に無断で踏み込むくらいわけない。


 そもそも、前提条件としてだ。 


 簡単に諦めるような性格なら。

 俺は亡国の兵士になんぞなっちゃいない。


 生きるために、生き抜くために。


 必死に言語習得をしちゃいない。


 ……何より。生き汚く命にしがみついて、魔人になぞなっちゃいない。



「君は、また逃げるのか?」

「……………!」



 それは、あくまで憶測でしかない問い。


 彼女の口から実際に話を聞いた後でも。

 彼女自身の感情、どうしてそうなるに至ったのか…心情までを察してあげることは難しいから。


 経験していない者に。


 分かるはずなどない。


 だが、あながち間違ってはいなかったようだな。



「いつかは居なくなるから、孤独に逆戻りするから。だから、最初から近づきすぎないほうが良い? ――ふざけるな。そんなバカな話を俺は認めない」



 こちらに振り返ったフィーアに向かって歩き始める。


 俺の方から、ゆっくり歩み寄っていく。


 だが、こちらを向いたまま後ずさりする彼女も聖人様ではない。

 しつこい男は、力でどうにかすることもあるだろう。



「お帰り……ください!」



 瞬間、彼女の纏う瘴気の密度が。


 飛躍的……爆発的と跳ね上がる。


 恐らく並みの――いや。

 上位の魔族であろうとも竦み上がり、気絶する者が出る程の威圧。

 

 本当に馬鹿げているとしか。


 それしか、言いようがない。


 今までに感じた恐ろしいまでもの瘴気。

 あの威力でも、彼女は抑えていたのだ。

 悪戯に周囲へと恐怖を与えないように、極限まで抑えていたのだ。



 そして、これこそが。

 

 彼女の出来る本気で。



 女神が与えた加護のろいの片鱗。

 


 しかし、それがどうした。



「なぁ。その程度か?」

「………ッ!?」



 勿論、ハッタリなんだけどな。


 本当は俺も肝を冷やしている。

 彼女の威圧は、これ程までのものだったのかと恐怖している。


 だが、そんなことは全く重要ではないし。

 彼女に見せるべきではない。

 あれは彼女を守る最後の防壁であると共に、縛り付ける楔だ。


 本当の意味で彼女を救ったと言うには。


 今のままでは全くもって不十分。


 有りもしない希望を見せただけの愚者おろかものだ。



 ―――だが、俺は運が良い。



 なにせ、あのくらいの威圧であれば。

 恐怖をおくびにも出さずに平然としていられる化け物たちが、魔皇国には幾匹も存在しているから。


 彼女に寄り添える者たちが。


 俺以外にも、存在するから。


 なら、皆とフィーアを会わせよう。

 彼女に沢山の友を、仲間を寄り添わせよう。

 そのためには、今ここで引き下がるわけにはいかない。



はアルモス。魔王陛下の剣であり、彼女の愛する魔皇国の民を守る盾」



 誰か助けて転げまわりたい。


 ……我ながら恥ずかしいセリフだ。

 知人の前でこんな事を言おうものなら、末代まで馬鹿にされるだろうな。


 つまり、俺の代まで。


 今更だが、俺は軍属。


 命を賭して国民を守る義務を背負っている。 

 


 なればこそ―――



「君の事を救う。もう決して一人が良いなんて言わせない」

「駄目……ダメなんです」



 逃げるように後ずさるフィーア。


 ここまでくると、まるで自分が悪い事をしているように感じてしまうが、本人の意思を無視している時点で間違ってはいない。


 俺は悪い魔人なんだ。


 魔王に仕える騎士だ。


 非行に走って、何がいけないというのだ。

 自分を縛る楔など存在しないことが、どれだけ素晴らしいことなのかを彼女に教えてやることにしよう。



「今ならまだ間に合いますから。あなたが……大きくなり過ぎるのです」



 それは決して悪いことではない。

 俺としても超が付く大歓迎だし。


 実際にそうなってくれるならば。

 フィーアが孤独から抜け出すための第一歩になりえるだろう。 



 俺は互いの声を絶対に聞き洩らさない位置まで近づき、静止した。


 言うべき台詞はこうだ。



「叩き出してみればいい。負ければ素直に帰るさ」


 

 勿論嘘だ。


 例え大魔術で城から吹き飛ばされようとも。

 何度も、何度でも戻ってくるつもりでいる。


 とんでもなく諦めが悪いからな。

 だが、純粋な彼女にかける言葉としては、これで十分なのだ。

 

 無論、彼女が弱いなんて。


 全く思ってなどいないさ。


 かつて六大神より加護を授かりし者――時代が時代なら、勇者と言われていた存在。


 決して、油断などは無く。

 腰に手を掛け、抜剣しないまでもその一挙手一投足に注意を払う。


 

 ……実の所、俺自身は。

 こんな状況下にあっても多少の興奮を覚えていた。


 それは男として生まれた故。


 性…とでもいうのだろうか。



 勇者対暗黒騎士って―――凄く燃えるだろ?

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